七月・2
旧知と言うほどでも無いが、そこそこ仲の良い友人から窮地に立たされてる俺。
さて、中学時代の恋愛経験Lv.13(※年齢 = 彼女いない歴)な自分だったら、ここで慌てふためき挙動不審、速やかに墓穴を掘っただろう。
だが今は違う、なんと言ってもこないだまで既婚者だった俺だ。
車の助手席に長い髪が落ちていたとか、それをカミさんに見つかったとか、あらゆる修羅場を乗り越えてきたではないか。
ちなみにその長い髪の毛は、大酒を飲んだ友人を家まで送り届けた際、その友人の奥さんが落としていったものだった。
……大丈夫、まだあわてる時間じゃ無い。
『話せば分かる』って犬養毅さんも言ってたじゃん。後で撃たれたけど。
「見られちゃったか」
「見ちゃいました」
軽くジョブ。言わば様子見。
「うむ、ならば仕方ないな」
「仕方なく青ちゃんを抱きしめたの?」
ぐふっ、せ、先制の左フックが刺さる。だがここからだ。
次の攻撃には加齢に もとい華麗に避けようと
「いや、そんなつもりじゃなく」
「じゃあ本気?」
ごはぁっ、はいムリでした!
スゥエー回避不成立、急所を的確に突いてきた右ストレートを喰らい、俺は結婚時代ですら感じたことのなかった、女子からの凄まじい圧に耐えきれず、その場にくずおれた。
「べ、別に悪いことをした覚えは……」
「そりゃあ青ちゃんにとっては『イイコト』でしょうよ」
ま、まだあわあわ、あわてる時間じゃない、ここから挽回してみせる!
という気概でいたが、とうの昔に泡を食ってた俺です、我ながらふがいない。
と言うのも、山口の気迫がものすごいものだったから。
これかなり真面目だな、ではこちらも真摯に向き合って、誤解はキッチリ解かないと。
「ああえっと、どう説明したものやら」
「その場の感情で動いた結果みたいに見えたけど?」
やめて! もう俺のHPはゼロよ!?
「うん、まずごめんなさい」
「なんで謝るの?」
「いや、なんか誤解させたみたいなので」
「誤解」
「そう」
「ふーん?」
これがミキちゃんぐらいの幼女なら、話はとっくに終わったかも知れんが、その点中学生ってすげぇよな、最後まで不信感たっぷりだもん。
「信じてもらえてない顔だなそれ」
「そりゃまぁ」
「さっきも言ったけど、俺には従弟妹が多くてさ」
「?」
突然何を言い出すんだこの童貞は? と言わんばかりに目が細まる。
「泣いてるチビたちをあやす時は、抱っことかのスキンシップが基本なんだよ、そこはオーケー?」
その言葉を聞いた瞬間、山口が「あちゃー」って表情になった。
「初川さぁ……」
「なに」
「それ青ちゃん本人には、絶っっっっ対に言っちゃダメだからね?」
「ええ、なんでさ?」
「アホかー!」
「でゅふっ!?」
はい、今のは心理戦じゃ無く、肉体言語で怒られました。
みぞおちにキレーに決まった右ストレートのせいで息が出来ず、呼吸が乱れまくる。
と言うか、お前ピアノ弾くんだから指は大事にしろよ、やるなら掌底にしなさい掌底に。
脳内で余計なお世話を焼きつつ悶絶していると、流石に焦ったらしい山口から謝罪の言葉が降ってくる。
「ごっ、ゴメン、大丈夫?」
そして前屈みになった俺の額に、今度は近寄ってきた山口のヒザがヒットする。
追撃コンボで瀕死状態、俺は仰向けにひっくり返る。
「うわー!?」
「安心しろ、ただの致命傷だ……ッ」
「うわわわ本当にごめんね、あんなに勢いが付くとは思わなくって」
「でも」
「うん?」
「あれが山口の本音ってことだろ?」
「うっ、うんまぁ。初川の気持ちがあれじゃあ、青ちゃんが可哀想だし、それに……」
「可哀想?」
「ボクも同じなのかなって」
「は?」
心底意味がつかめなかった。何がどう青野と同じなわけ?
「いや山口と青野は違うだろ」
「へ?」
「なんだよ意外そうな顔して、当たり前だろ」
「えっ、うん、そう……なんだ」
ピンポンパンポーン♪ 例のSE音が鳴り響く。
いやそうも何も、二人ともかけがえのない友達だ。いや松元を含めれば三人か。
と言うか、考えてみれば女子の友達が多いって、かなり贅沢な立場だよな。
生前(?)はもっと仲良くしておけば良かったと、後悔もしてる。
まぁ来年のバレンタインを期に、かなりおかしくなるんだけども。
「ところでさ」
「ふえ?」
「なんかスッキリした顔になってるけど、誤解は解けたってことでいいのか?」
さっきまでとは違い、憑き物が落ちたような顔をしておられる。
「う、うん。確かに青ちゃん家の事情を知ってるなら、思いっきり抱きしめて慰めちゃうかもだし」
いや俺もそこまで深くは知らないし、そもそも「思わずハグしたくなるような家庭環境」ってどんなよ。
……もしかして、青野の家って結構ヤバいのか? ちょっと心配になってきたぞ。
「あー、山口さんや」
「なに?」
「話せる範囲でいいんだけど、青野の家の事情、詳しく教えてくれないか?」
「それは別にいいけど、急にどうしたの?」
「いや何というか、ちゃんと知っておかないといけないような気がしてさ」
そこで山口は、まじまじと俺の瞳を覗き込んだ。
「……初川ってさぁ」
「ん?」
「やっぱり初川だね」
どういう意味だよ。
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……呆れた。いやもう心底呆れた話だった。
山口から詳細を聞いた俺は、部屋に上がるなり鞄を放り出し、制服のままベッドに突っ伏した。
(なんちゅーバカげた話だ)
青野の両親が不仲になった原因。
それを聞いたとき、俺はあまりのガッカリ感に膝から崩れ落ちた。
(『ヨメのメシがマズイ』、だと?)
ラノベの一翼を担う人気ジャンルが、まごう事なき厳然たる事実としてそこにあった。
なんでも旦那さんが「お前のメシは美味くないなぁ」と零したところ、それ以降奥さんが食事を作ることを拒否。
結婚直後からそんな事態に陥り、家族揃っての食事は旦那さんの手作り、あるいは店屋物か外食に。
積もり積もって15年、今も絶賛継続中。
俺なら三歳で悟りを開いて出家するレベルだ、事実はラノベよりも奇なり。
「と言うかバカなのかその親たちは」
思わず声に出して呻いてしまった。
とは言えそんな些細なきっかけでも、いずれ離婚にまで発展してしまう未来を、俺だけが知っている。
よく『夫婦げんかは犬も食わない』とは聞くが、あれはその夫婦と立場が対等か、もっと上の人間が、自分の経験則からはじき出した結論だ。
しかし食事のたびに両親がふつふつと怒りを溜めている光景は、子供にとっては積み重なる地獄の構図、まさに積載ハウス。
あの日駅でハグした時の、青野の顔が忘れられない。
初めて人の体温を知ったような、そんな感じの顔だった。
「なんとかしてやりたいけど、俺みたいな子供が何をどうできるって話しだよなぁ」
「なんのおはなしー?」
「うん、おとうさんとおかあさんがケンカしてる友達がいて」
……ってミキちゃん?
「あれ? もう夕飯の時間?」
「そうだよー、だからよびにきたのー」
「ああそうなんだ、ありがとね」
なでなで。
「うふふー」
はぁー、子供ってなんでこんなに可愛いんだろう。
自分も二十歳を超えた息子を見て、まだまだ可愛いと思ってましたよええ。
あれはアレだな、成人した子供ですら可愛く思える感情ってのは、その子を育ててきた時間が思い起こされるからだよな。
初めて笑ってくれた日。
初めて喃語をしゃべった日。
初めて寝返りを打った日。
初めてつかまり立ちをした日、
初めて「パパ」と呼んでくれた日、etc.etc...
そういった記憶が共にあるからこそ、自分の子供はいつまでも可愛い訳で。
しかし青野の両親は。
我が子に愛情を注ぐはずだった時間とワンセットで、相手へのわだかまりを常に想起してしまうのだろう。
それはとてもツラいことだ。
「おにーちゃん、なんだかむずかしいかおしてる?」
「え、そんな風に見えた?」
「うん、なんだかかわいそう、よしよししてあげるー」
よしよしされた。
あーなごむ、やっぱり子供はこの世の宝。
悲しい顔をさせるヤツは、何人たりとも許さない。
「きょうのゆうごはんは、ミキもちょっとだけてつだったんだー」
「そうなのかー、じゃあきっと美味しいんだろうね」
「ほしょうするよー、だからたべにいこ?」
「保証付きかぁ、それは楽しみだ」
それじゃお袋もニッコニコだったろうな。
……。
………ん?
…………んんー?
「あっ、そうか!」
閃いた、我ながらなんというグッドアイデア!
少々仕込みが必要だが、これなら上手くいきそうだ。
俺は自分の考えを簡単にメモに控え、喜び勇んで階下へ降りていった。
新型コロナウィルス騒動により、春からの転職先が無期限のお休みに入ってしまいました。
事実上の内定取り消しですねぇ…… _(:3 」∠ )_モウダメダー




