第六章 星空の下の恋人
本作は、2015年に製作されたSFアクション映画『レプリカント・イブ』の原作を基にノベライズした作品です。
怒涛の展開、クスッと笑えるドタバタ劇、そして熱い友情と少し切ないSF展開。映画版の世界観や勢いをそのままに、小説ならではのテンポでお届けします。初めての方も、映像版をご存知の方も、最後までワクワクしながらお楽しみください!
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気がつくと、彼女は薄暗い車内の助手席に座っていた。
ゆっくりと目を開け、自分の左腕を見る。そこには無機質な金属製のブレスレットが冷たい光を放って装着されていた。
カチャリ、と車のドアを開け、彼女は夜の闇の中へと足を踏み出した。自分が誰なのか、なぜここにいるのか、彼女の記憶には何も記録されていない。
「あ」
そこへ、自動販売機で買ってきた金色に光る缶コーヒーを二つ抱えて、オサムが小走りで戻ってきた。車の外に出ている彼女の姿を見て、ホッとしたように顔をほころばせる。
「目、覚めました?」
オサムは彼女の前に立つと、少しバツが悪そうに視線を落とした。
「さっきはごめんね。決して悪気があったわけじゃないんだ。言い訳するつもりはないんだけど……君ともっと親しくなりたかったんだ。君と……」
真剣な声で語りかけるオサムの言葉の意図を、彼女はまだ理解できない。ただじっと、目の前の青年を見つめ返した。
「コーヒー、飲みます?」
オサムは手にした缶コーヒーを一つ差し出すと、自分用の缶のプルタブをカシュッと開けた。
「乾杯」
オサムに倣って、彼女も受け取った缶を不器用に持ち上げる。そして、見様見真似でコーヒーを口に含んだ。
「んっ……」
初めて味わうコーヒーの強い苦味に、彼女は思わず顔をくしゃっとしかめた。
「どうしたんですか?」
慣れない苦さに戸惑う彼女を見て、オサムは不思議そうに尋ねる。そして、彼女の全身をジロジロと見回した。
「着替えたんですか? あんなところで、そんな格好して倒れてんだもの。車まで運んでくんの大変だったよ」
オサムの目の前にいる彼女は、先ほどまで着ていたコーヒーまみれの服ではなく、黒く光沢のある奇妙なレザースーツのような衣装に身を包んでいた。
オサムの脳裏に、先ほどの礼子の強烈なビンタが蘇る。
「何もしてません。本当に。あいつら二人も帰ったし」
オサムは両手を振って必死に潔白をアピールするが、彼女の口から出たのは、オサムの予想を遥かに超える言葉だった。
「ここ……どこ?」
「え?」
「私……いったい……」
虚ろな目で周囲を見回す彼女に、オサムは目を丸くした。
「礼子さん? どうしたんですか?」
「あなたは?」
自分を『礼子』と呼ぶ目の前の青年に、彼女――イブは問いかけた。
「僕? 僕は、オサム。さっきまで君とデートしてたじゃないか」
オサムの言葉に、イブは記憶を探るようにわずかに目を伏せたが、彼女の中にその概念は存在しなかった。
「デートって……何?」
「何って……」
記憶喪失にでもなったかのようなイブの様子に戸惑いながらも、オサムはふと、とんでもないことを思いついた。この状況なら、少し都合の良い嘘をついてもバレないのではないか。
「それは……僕と君が、恋人だからだよ」
オサムは少し照れくさそうに、しかしハッキリとそう告げた。
「恋人って……何?」
イブの純粋な問いかけに、オサムは頭を掻く。
「そんな急に何って聞かれても……お互いに助け合ったり、守り合ったり、愛し合ったりする仲のことだよ」
「助け合う」
イブがオサムの言葉をオウム返しにする。
「そう」
「守り合う」
「そう」
「愛し合う」
「その通り」
オサムが満足げに頷くと、イブは首を傾げて再び問いかけた。
「愛し合うって……何?」
「例えば……キスしたりとか」
「キス?」
「うん」
イブは少しの間沈黙し、オサムの顔をじっと見つめた。そして、まっすぐな瞳で一つの結論を口にした。
「キス……してみて」
「今!? ここで!? そんな急に……」
予想外の展開に、オサムは慌てて後ずさる。しかし、イブは真剣な表情のままオサムの目の前へと歩み寄った。
「恋人……キスする」
逃げ場をなくしたオサムは、激しく鳴り始めた心臓の音をごまかすように息を呑んだ。そして意を決すると、イブの手からそっと缶コーヒーを取り上げ、自分の分と一緒に車の屋根の上に置いた。
再びイブに向き直ると、緊張で少し震える声で優しく囁いた。
「目、瞑って」
言われた通りに、イブが素直にゆっくりとまぶたを閉じる。
オサムはそっと彼女の肩に手を添え、顔を近づけた。不器用に、二人の唇が柔らかく重なり合う。
その瞬間、オサムの頭の中は真っ白になった。まるで世界が甘く溶けて消えていくような、めまいにも似た不思議な感覚。初めて触れる温もりと、甘美で穏やかな時間が二人を優しく包み込んでいく。
時が止まったかのような静寂の中、満天の星空の下で重なり合う二人のシルエット。
その上空を、一筋の美しい流れ星が静かに横切っていった。
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