残り1.5秒の長考
残り1.5秒の長考
アークの長考が続く。
原因はちぐにゃにゃんじゃない。ちぐにゃにゃんの配信の後だ。ちぐにゃんにゃんの配信の後には……
アークのぐるぐるまわる思考をさらにドライヴさせるように、耳には魂を揺るがすようなビートと、叫ぶような歪んだギターサウンド! 腹の中で熱が脈動するかのようなベースが鳴り響く!
あの宇宙の墓場で偶然みつけたディクに入っていたこのうえなくアツイサウンドが、誰も止めることなくいまも躍動し続けている!
そのビートがアークの中でうごめく疑念と絡み合い、ほんの小さな爆発のようなひらめきを起こす。
これだ!
この曲だ!
その気づきにたどりついた瞬間、アークの脳内ですべての記憶がつながりだす。
記憶が急速に過去へと引き戻されていく。
この曲につながる光景が、アークの脳裏に投影される。
アイアン・ボトム・サウンド銀河の片隅で集結したSS艦隊に包囲され、グラジ・ゲートに突っ込んでタダ・サバイバー銀河に逃げ込むことになった、あのできごとの発端に思考が飛ぶ。
ポイント・ナイン・ナインの宇宙の墓場で遭遇した、宇宙の神秘に一発くれてやった件について気持ちよく話した後、俺はあの時なにをした?
俺はデータディスクを操作盤の読み取りドライブに突っ込み、いつかどこかの過去からやってきた名もなき音楽をナイン・シックス・ポイント・ナイン96.9銀河標準メガヘルツにのせて、あの歪んだサウンドと躍動するビートを宇宙の果てにむかって送り出した。
「よし、曲が終わったら、本日の海賊放送はここまでだな」
自分がそう言ったことまでもがよみがえってくる。
さらにアークの記憶が過去へと戻る。あの音楽が入ったディスクを手に入れた宇宙の墓場でも、意味不明な幽霊宇宙戦艦に俺達は襲われたよな。
あ・の・と・き・も、思い出してみれば、この曲を俺達は宇宙に向かって放送していたんだ。
静寂包まれたアイアンブルーとガンメタルグレイで構成された艦橋で、軍隊式の敬礼で遠い昔に散っていった者達に哀悼の意を表した記憶がよみがえる。そして、再生し終わったデータが再び最初にもどり、宇宙にむかって流れ出したのはこの音楽だった。
その後に起きたのは、死骸と化した宇宙戦艦が俺たちを撃ちまくった、理解不能な恐怖のできごとだった。
そうだ、すべての事件は、この曲を流した時に起きたんだ!
アークの脳内ですべてがつながる。
「この曲だ!」
三秒間の長考に沈んでいたアークが突然叫んだ!
「この曲!?」
パンダ船長とネガ以外の乗組員全員がそう言った。そしてただ一人ネガだけが
「くそが!?」
と言った。
パンダ船長は冷静で深淵なる思考に沈んだまま、一言も言葉をもらさなかった。
「この曲だ! 俺達はいつもこの曲を放送するといきなり撃たれる。ついこの間、タダ・サバイバー銀河にバックレるはめになった、アイアンボトムサウンド銀河でシンセティック・ストリームに突然襲われた時もそうだった。もっとさかのぼって、ポイント・ナイン・ナインに存在する宇宙の墓場で偶然この曲を流した時も、正体不明の幽霊宇宙戦艦が襲いかかってきたことを覚えているだろ! もうこの曲に原因があるとしか俺は言えん!」
アークの言葉に全員がポカーンとする。
「にゃ? にゃにゃにゃにゃにゃぁ?」
サディが驚きのあまり、一瞬ちぐにゃにゃんへと戻る。
「た、確かに、条件だけで言ったら……、当てはまりますけど……」
AXEが呆然と言う。
「ただの……」
ミーマが理解しがたいという表情で緑の瞳を点にする。
「歌詞もない曲ですよ」
タッヤが冷静に言って
「くそがぁ!?」
とネガがしめた。
艦橋に流れる音楽が終わり、乗組員達はそれぞれの思考に入り込み沈黙が漂う。そして、再びブ厚い硬化テクタイト製窓に、極大エネルギーのビーム兵器が対抗障壁領域と衝突する閃光が満ちる!
対抗障壁によって相殺される、極大威力のエネルギーが生み出す余剰電磁波が船体に干渉し発生する、遠い雷鳴のような轟音が、無言の沈黙におちいったアイアンブルーとガンメタルグレイで構成された艦橋を不気味に揺るがす。
「SS艦からの第ニ斉射、再び直撃。左舷後部対抗障壁にて相殺。船体への損傷ありません」
ミーマが状況を告げる。
「対抗障壁領域使用率3%。もうじきコタヌーンさんが補助動力機関に接続を完了します。船体温度急速上昇中。冷却開始は遅れますが、航行に問題はありません」
タッヤが計器を読む声が艦橋に響く。
「事の真偽は不明ですが……。公開チャンネルでの通信を提案します。この理不尽な警告なしの先制攻撃について、理由を聞いてもいいはずです」
あでやかにさらすうなじに手をそえ、AXEが静かに言った。
「デッカイシュホウダンヲブチコムマエニ、デカイシュゴヲタタキコメ」
とはイクト・ジュウゾウ。
「確かに、AXEの言う通りだ。俺達はシンセティック・ストリームみたいな、積極的平和主義のクソ野郎じゃねえからな」
アークは静かにそう言った。




