さらばちぐにゃにゃん! 〜ナマモノを食らい尽くした子猫ちゃん〜
さらばちぐにゃにゃん! 〜ナマモノを食らい尽くした子猫ちゃん〜
「うううう……」
AXE作。圧倒的シンクロ率! ちぐにゃにゃんセット(ヘッドセットマイク付き猫耳カチューシャ&つけ尻尾)+秘密平気! ちぐにゃにゃんスイッチ! をフル装備したサディがうめいている。
「さらば、キャプテン・パンダと愉快な仲間達号。ということは、この船は再びガチでバチバチの海賊放送船に戻るということだ。となれば、ちぐにゃにゃんを愛するリスナー達とも悲しきかな、お別れしないといけないよな。そういうわけで、サディ。いや、ちぐにゃにゃんよ、最終回の放送をしなければなるまいな?」
ちぐにゃにゃん運営、二次大惨事の眉毛ガ灰として、厳しい表情でアークが告げる。
「有終の美は大切ですからね」
AXEが遠くをみつめながら言う。
「これが最後の稼ぎ時、レッドゾーンを飛び越えて、事象の地平面の先へと突入するスーパーチャージをみせてください」
とはタッヤ。
「くそが……」
と震えるサディをみつめるネガ。
「次は、私の腐った組織ダ! 海賊放送! にまかせてね。それでは! いきます! ナイン・トゥー・ポイント・トゥー! 92.2銀河標準メガヘルツ! RADIO・ちぐにゃにゃん! NOW ON AIR!」
ドクロマークの上に猫のシールが貼られた赤いボタンに、ミーマが半透明の拳を振り下ろす!
アイアンブルーとガンメタルグレイの艦橋に、お魚をくわえた猫耳少女のサムネイルが一斉に表示!
「RADIO・ちぐにゃにゃん! ラストLIVE! NOW ON AIR!!」
のまあるい字体の赤い文字が明滅する!
「もってくれよ! あたしの魂!」
サディはうめきながら器用に背中に手を回し、22回転の猫娘パワー上限までハンドルを回した秘密平気! ちぐにゃにゃんスイッチのレバーをONへと倒す。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あぁぁ! にゃにゃにゃにゃにゃあっ!?」
「ついに……。この日がやってきたのにゃん。ちぐにゃにゃん。みんながくれた応援とスーパーチャージの力でお魚をいっぱい食べれたにゃん。そうしたら、猫耳と尻尾以外にも、どんどん身体が小さくなってモフモフになって、ついに本当に子猫になる日がやってきたのにゃん。子猫になるのが夢だったけれど、子猫になるともう配信はできないにゃん。もうすぐちぐにゃにゃんは子猫になって、Space Synthesis System標準語がしゃべれなくなってしまうのにゃん……。夢が叶う日のはずなのに、とっても嬉しい日のはずなのに、ちぐにゃにゃん、みんなと離れるのがとってもとっても悲しいにゃん……」
ちぐにゃにゃんことサディの横では、ちぐにゃにゃん運営・二次大惨事の眉毛ガ灰が
「上出来だ」
という表情で腕を組み立っている。
圧倒的シンクロ率! ちぐにゃにゃんセット(ヘッドセットマイク付き猫耳カチューシャ&つけ尻尾)! の制作者であるAXEが、熱くなった目頭をそっと着物の袖で抑えている。
これで次は私の番ねと、ミーマはにこにこシートのうえで足をぶらぶらさせている。
レッドゾーンをぶっちぎり、事象の地平面を通過した領域まで達したスーパーチャージ額に、タッヤは失神してシートに静かに横たわっている。
「なんだろう……。子猫に近づいてきたせいか、みんなのコメントがにじんで読めなくなってきたにゃん。きっとそろそろバイバイの時間にゃん……」
ちぐにゃにゃんが漆黒と真紅の着物の袖で、とめどなく流れていく運営には見えない涙をぐいっと拭う。
「頃合いだな」
眉毛ガ灰ことアークが操作盤のボタンを押す。
七千万ゼニーに変えた、クソグロいブツをつかまえた時に偶然みつけたディスクに入っていた、ひどく感傷的な音楽が流れ出す。
後先考えずに主砲をブッ放しまくった結果、財務的に瀕死の重傷を負い宇宙をさまようことになったあの頃。宇宙の果ての墓場で、あるという保証などなにひとつないお宝を探した日々。ついこの間のことなのに、もう二度とは戻れない、遠い遠い旧き良き時代のようなあの日の思い出がよみがえる。
「うぐ……、あぐ……。もう……何も、わからないにゃん……」
秘密平気! ちぐにゃにゃんスイッチがもたらす、魂耐用限界点まで注ぎ込まれた猫娘パワーを燃やし尽くし、サディが運営さんには見えない涙をとめどなく流す。
「さようならの時間にゃ……。ちぐにゃにゃんは子猫になるにゃん。みんな、最後まで応援ありがとうにゃん! みんな! バイバイにゃん! ちぐにゃにゃんは子猫になって、語尾がにゃんどころか、にゃんしか言えなくなってしまっても、みんなのことを絶対に忘れな……にゃ? にゃゃ!? にゃん! にゃにゃにゃ……ニャアーン、ニャアーン……ニャアーーーーン!」
ついに子猫になってしまったちぐにゃにゃんのニャアだけが、感傷的な音楽の中で寂しく響く。
「……ニャアーン、ニャアーン……ニャアーーーーン!」
子猫の最後の鳴き声が電磁的振動にのって、どこまでも続く宇宙の果てを目指して飛び去っていく。そして、ひどく感傷的な音楽がただ流れるだけになった。
しばし、アイアンブルーとガンメタルグレイで構成された艦橋のいつもの面々は、ただ鳴り響く感傷的な音楽に聞き入り、何も言わなかった。
やがて音楽が終わり。艦橋に静寂がやってくる。
「ラストLIVE。終了です……」
ミーマが静かに、猫のシールが貼られた赤いボタンを押して放送を終了する。
「いい最後だった。お疲れ様。サディ」
ちぐにゃにゃん運営・二次大惨事の眉毛ガ灰が、ちぐにゃにゃんの頭から猫耳カチューシャを外し、背中のちぐにゃにゃんスイッチをOFFへと倒す。
「素晴らしいシンクロ率でした。制作者としても本望です」
AXEが涙に濡れる目をふせて、サディのお尻からつけ尻尾をおごそこかな手付きで外す。
「く、くそが……」
ネガはそっぽをむいて、静かに毒づく。
「有終の美でしたね」
AXEがその手に残る、役目を終えた着け尻尾をじっとみつめる。
「良い最後だったなぁ」
「良い最後でした」
最終回ということで、艦橋までやってきていたコタヌーンとオクタヌーンが涙をぬぐう。
スーパーチャージ額が事象の地平面を突破したあたりで失神したタッヤは、いまも静かに意識を失っている。
子猫になってしまったちぐにゃにゃんは、真っ赤なリンゴみたいに赤い瞳をただまっすぐに星の海へと向けて、もう何も言わなかった。
いま、ひとつの時代が終わった。
知的生命体が生きる惑星も、その惑星に生命を育む恒星も、決して永遠などではない。惑星も太陽も死ぬ。銀河さえ死ぬ。光り輝く銀河が渦巻き浮かぶ宇宙もいつかは死ぬ。それはまぎれもない残酷なまでの真実だ。
永遠に存続するものなどなにひとつない。この世界でさえ、死というものから逃れることはできない。
その運命から逃れられないことは、通常の三倍カワイイ猫耳少女のちぐにゃにゃんもまた例外ではない。いま、ちぐにゃにゃんというひとつの時代が終わったのだ。
だが、宇宙は死んでも何度でもよみがえる。死に絶えた宇宙は悠久の時が流れた果てに、また新しい宇宙を生みだすのだという。
果てしない宇宙は、終わりなき永劫回帰の輪の中にあるのか?
いいや、違う。次にやってくる宇宙は、永劫に回帰し続ける繰り返しなどではない。次に生まれるのは新しい世界。数えきれないほどの新しい星々が瞬く海と、生命体達のざわめきで時空を満たし、この宇宙とはまったく別の無限の可能性に満ちたここではないどこかの世界。
ちぐにゃにゃんは夢を叶え、いまこの舞台を去った。それはひとつの時代の終わりだ。そして、宇宙がよみがえるように、いま新しい時代がやってくる。
酷く感傷的な音楽が終わり、世界が沈黙に包まれる。星の海はただキラキラと瞬き一切の音はなく、いまこのうえなく静かに凪いでいる。
ちぐにゃにゃんはこの海を去った。そして、何も聞こえなくなった。
放送は死んだのか?
いいや違う!
魂を揺るがすようなビートと、心が叫ぶような歪んだギターサウンドが! 腹から突き上げるの脈動のような重低音のベースが鳴り響く! 熱く激しく野蛮で、冷酷な暴力性までもを感じさせる、詳細不明な無名の音楽!
あの宇宙の墓場で偶然みつけたディクに入っていた、この上なくアツイサウンドが、いま時空を電磁的に振動させる!
さあ! ここからは新番組! 私の出番!!
ミーマが装着したヘッドセットマイクのスイッチに手をそえて、半透明の拳をふりあげる!
「エイト・ゼロ・ポイント・ワン 80.1銀河標準メガヘルツ! RADIO・ROT'n'ROOLL! いきます!」
足でリズムを刻むアークが親指を立て、ミーマにGOサイン!
「腐」
と書かれた紫のボタンに、ミーマが半透明の拳を振りおろそうとしたその時、事件は起こった。




