ポイント・ナインナインに針路を取れ!
ポイント・ナインナインに針路を取れ!
アイアンブルーとガンメタルグレイに包まれた艦橋。その最奥に存在する艦長席から、ゴツい艦長服に身を包んだパンダが、もはや無駄口に近いことを延々と話続ける乗組員達をみつめている。
議論がどれだけ脱線しようと、空転しようと、紛糾しようが、サディがマシンガンを抜いても、もはや意味不明な領域に突入しようと、パンダ船長は決して乗組員達の議論に口をはさまない。
微動だにすることなく無言で艦長席に鎮座し、常にまっすぐに前に向かう姿勢を崩さず、ぶ厚い硬化テクタイト製窓の先に広がる宇宙の先をみつめ続ける。それが、海賊放送船イービル・トゥルース号の最高責任者パンダ船長。
その研ぎ澄まされた英知が言葉を発するのは、乗組員に英断を求められた時だけだ。
そして今、その時が訪れた。
「船長。お聞きの通り、この船の財布はすっからかんのぱんぱかぱーん寸前でして、どこかの星に降りてゼニーを稼ぐにしても、ドッカンドッカンブッ放す主砲弾も残りわずか。ということは、この船の本来の稼ぎ方、ド派手に主砲をブッ放し、あらゆるものを燃えあがらせて、そこに待ってましたと海賊放送を受信するラジオを売りさばくという、いつものドスゲエ炎上商法も使えません。というギリッギリの極限状態の崖っぷちで、うるわしの本船はゆーらゆーらしているわけであります。ここはひとつ、船長のご英断でもって、ドカンとひと山当てる心当たりはございませんか?」
いつもいつもいつもいつも、ギリギリの極限状態に突入してはじめて、船長に無理難題をふっかけるアークに、パンダ船長はいらだつことも、そわそわすることも、怒りでぷるぷるすることもなく、いつもとまったくかわらぬ様子で……
「ぱふぉっ」
と言った。
「アーク。船長はなんて?」
むー。というふくれっ面に、さらに口までとんがらせたサディがアークにたずねる。
「アイアンボトムサウンド銀河! ポイント・ナインナインに進路をとれ! 船長はそう言った」
アークがキリッと表情を引き締めて言う。
「アイアンボトムサウンド銀河の……ポイント・ナインナイン?」
サディが、なんですか? それ? まったくご存知ありません。という顔をする。
「アークが以前、怪しい古本屋で買ってきた、銀河ヒッチハイクガイドに検索をかけてみます」
ミーマがそう言って情報操作盤に情報を打ち込む。
「アイアンボトムサウンド銀河、ポイント・ナインナイン……。ここって……。あちこちの銀河でドッカンドッカンドンパチやった末に、スコスコちゅどーんと爆裂爆散して散っていった船達の残骸があつまる宇宙の墓場……。さらにさらに、銀河ヒッチハイクガイドに書かれた注意書きによると……。大宇宙戦争で沈んだ宇宙戦艦が、今も幽霊船としてさまよっているとか……」
モニターに表示されたおぞましい情報に、氷砂糖のように半透明の顔をミーマが青ざめさせる。。
「とっくの昔に終わった戦争に首を突っ込むってのも、面白いかもしれないね?」
さっきまでの表情から一転し、ニヤリと不敵な笑みを浮かべたサディが言った。
「そこにゼニーが成る話が転がっているってこと?」
AXEが、えー? それ、ほんとうにダイジョブなんですか? という表情で言う。
「何か他にこの船の財布をうるおすアイデアのある人はぜひ」
タッヤが静かに怒りをにじませて言う。
「俺には他にゼニーになるアイデアがまったくねえ。これはもう、行くしかねえな!」
アークが意味不明に力強く言う。
「クソが」
アークの横で黙って話を聞いていたネガは、船のスロットルを踏み込むと、アイアンボトムサウンド銀河に向けてゆっくりと操縦桿をかたむけた。
「アイアンボトムサウンド銀河行き」
宇宙にぽっかり開いたグラジ・ゲートの前に浮かんだ、宇宙標識板にはそう書かれていた。
燃料はまだまだあるが、財布というメインタンクはすっからかんに近い。財務的に大ピンチの海賊放送船は、アイアンボトムサウンド銀河行きのグラジ・ゲートの前にやってきていた。
え? グラジゲートってなんだって?
OK! 説明しよう!
銀河は果てしなく広大だ。あまねく銀河がひしめきあっているのだけれど、すぐそこにあるのはずのお隣さんとか言う銀河まで、通常の時間軸では生物学的に耐えきれないほどにクソ遠い。すぐそこにあるはずの、お隣の銀河に住むクソ野郎のあんチクショウに、銀河最速の速度を持つ、射程無限という設定の極大威力のビーム兵器をブッ放しても、あんチクショウに届く前に撃った奴がくたばっちまう。射程無限の極大威力のビーム兵器が届いた頃には、そこには憎きクソ野郎の墓すら朽ち果て消え去っている。そのぐらい意味不明に、とにかくやたらとこの宇宙は広い。
普通にやったら銀河を渡り歩くなど夢のまた夢。たったひとつの銀河を脱出する前に、たいていの奴はくたばり果てて、宇宙に漂う暗黒物質にかえってしまう。
普通じゃダメなんですか?
その通り。だから異常な手段ってヤツがあるのさ。
この宇宙を作ったんじゃないかと噂される、全知全能絶対無謬を自称する神とか言う存在は、銀河から銀河へも渡り歩けない、そんなできそこない級につまんねえ世界を作っちまった無能さ加減を責められて、全銀河全会一致で全知全能絶対無謬の称号を剥奪されるんじゃないかと、頭の先からケツの穴、果てはつま先までガクガクブルブル震えあがって、この世界になんとかつじつまを合わせるために、冷や汗ダラダラ不眠不休でチートなブツを創造したもうた。
クソみたいに意味不明に離れた遠い銀河に、なんと一瞬でブッ飛ぶ、スーパーリアルロボットが機密ポケットに隠し持つ、今世紀初見のビックリドッキリマシーンみたいなチートブツ。
宇宙空間の特定ポイントに飛び込むと、なんと一瞬で別の銀河までブッ飛ばされる。各惑星停車の銀河鉄道は真っ青、銀河超特急も虫の息の、銀河最速の無料公共移動手段。
そのチートなブツの名を、Galaxy Running Joy Gateと銀河の民は呼ぶ。Space Synthesis System標準語では、銀河を走ってランランラン門という意味のなかなかセンスある名前だ。銀河を飛び交う船乗りどもはそれを、god's rush job Gate 神のやっつけ仕事門と呼んだりもする。一般的には略してGRJ-Gate。グラジ・ゲートと呼ばれることが定着している、銀河のチートオブジェクトだ。
こんなブッ飛んだチートオブジェクトを、冷や汗ダラダラの不眠不休で作った疲労がたたって、いらい神は寝床についたまま、二度と起きてこねえと言われてるくらいのブツさ。
「さあて、財布の底が抜けて燃料が切れて、うるわしの本船がぴくりともしなくなる前に、お宝ってヤツを見つけ出しに行きますか!」
アークが右の拳を左の手のひらに叩き込み、やたら元気にそう言った。
「アーク。なんだか元気だねえ」
アークの左隣に座るサディは、目を細めてアークをみつめる。
「なんてったって宝探しよ。ワクワクしないほうがどうかしてると思うぜぃ?」
アークはサディにそう言った。
「お宝があると決まっていればワクワクしますが、あるかないかわからないので、ガクガクブルブルしかしませんね」
船の財布事情が悪くなると、ご機嫌事情が大変に悪くなる、巨大スズメのタッヤが羽毛をむくらせて言う。
「まあまあまあまあ。これは船長のご英断であるからにして、ここはワクワクドキドキで向かうしかあるまいよ」
アークはタッヤに、まったくもってまあまあという感じではなくそう言った。
「アイアンボトムサウンド銀河……。なんだか鉄の匂いのする男らしい銀河」
なぜかミーマがうっとりと、ぽっかり宇宙にあいたグラジ・ゲートをみつめて言う。
「男らしいというか……。かつてドンパチしまくった、大宇宙戦争の激戦地の成れの果てですよ。この先は」
AXEはそう言いながらレーダーをみつめ、周囲にSS艦がいないか警戒をたやさない。
「長らくずーっと見捨てられているとは言え、そのドンパチしまくった大宇宙戦争のおかげさまで、この先はシンセティック・ストリームどもの勢力圏ではあるからな。気合いれていくぞ!」
アークの声に、サディの耳がピクリと動く。
「ってことは、この先にはSS艦がわんさといると。これはあたしの腕が鳴る機会が多そうじゃないの!」
さっきとは一転。真っ赤なリンゴみたいに赤い瞳をギラギラさせて、急に殺気……ではなく、やる気がサディにわいてきたようだ。
「サディさん。これ以上撃つと財布の底が抜けて、この船は沈んじゃうんですって」
さっきよりもさらにご機嫌事情が悪化したタッヤの、むくれきった声がサディの背中にビシリと着弾した。




