船上の婚礼
帰国した二十二名の戦士は暖かな声援を浴びながら凱旋を果たした。
既にウォーレンとその仲間がグランヴェールを斃したことはアーレリウム国にも聞こえていたのである。
アーレリウムのオウエン王もまた彼らを城の大広間に呼び出すと、戦士一人一人の手を取って、その武勲を称えた。
「よくぞ成し遂げた」とオウエン王は大変満足した様子であった。
しかし息子であるレオスリックの番になると、それまでの態度を一変させてたちまち不機嫌になり、玉座に腰を下ろしてレオスリックを問い質した。
「レオスリック、お前はなぜゼファード国に参ったのだ?」
「ウォーレンから預かった剣が、己に主の危機を伝えたのです」
「それで?」
王はますます不機嫌になり、目を見開いた。その瞳は老いてなお獰猛な獅子の眼であった。
「それで、なぜわしに報告もなしにただ一人ゼファード国に向かったのだ?」
「居ても立ってもいられず」
「馬鹿者が」
オウエン王は一蹴した。
「だいたい貴様、わしと族長らの前でウォーレンの居らぬ間は自分が護国の責を負うと誓ったではないか! それがなぜ一言も言わず黙っていなくなるのだ! もし我が国に異変あればなんとするつもりだったのだ!?」
「父上、返す言葉もございません」
うなだれるレオスリックに対しオウエン王は追い打ちをかけるように言った。
「分かっておろうな? お前には罰を与えねばならん」
「お待ちください、お父さま」
王の傍らに座っていたエヴァンジェリン王女がオウエン王を諫めるために動いた。
「お兄さまが城から出られるよう手引きしたのは私です。罰を与えるのならば、どうか私に」
「エヴァ、お前は黙っていろ。わしはレオスリックが城から出たこと自体を怒っているのではない。自ら誓ったことを投げ出したことを咎めているのだ。いかに力が強くとも口軽き者は信頼できぬ。父から信頼されぬ者が将来王となれると思うか!」
「王よ、恐れながら申し上げます」
今度はウォーレンが進み出て、レオスリックを庇った。
「陛下、レオスリックが誓いを破ったことは事実ですが、それはひとえに彼が優れし戦士であるゆえ。陛下もご存知であるように、戦とは必ずしも思惑通り進むとは限らず、刻々と変化する戦況の中で当初の命令に逆らわざる得ないことがあります。レオスリックのしたことは正にそれで、彼は私を助けようとしただけなのです。決して陛下と族長らをないがしろにしたわけではないと、存じ上げます」
「それはもっともだな、ウォーレンよ。しかしレオスリックがお前を救おうとした気持ちに嘘はないとしても、わしに一言も言わず出て行ったのはやはり看過できんな。そのゆとりがなかったとは思えぬ」
「それは、その通りであろうと存じます。しかし、そもそも私が不覚をとったのが原因、そしてレオスリックの助けなくばグランヴェールを斃すことも叶わなかったということを鑑みて沙汰を下さるよう、何卒申し上げます」
「駄目だな」
ウォーレンは王の前に伏して拝むように言ったが、オウエン王はぴしゃりと言い返した。
「レオスリックよ、王としてお前の短慮な行いは見過ごせぬ。よって我が王国からの追放を申し付ける。灰の中より新しき生命が立ちあがるまでの間は、我が王国の土を踏むことは許さぬ。よいな、しかと言い渡したぞ」
王が息子に投げかけた言葉は、大広間にどよめきが起こした。
とりわけウォーレンは稲妻に打たれたような衝撃を覚えた。
レオスリックが追放だと?
偉大な戦士であり、王と王国の為に何度も命を懸けた男を追放するだと?
それも友の命を救けに向かったという理由で?
そんな馬鹿な。
「王よ――」血迷われたか。
その言葉をウォーレンは寸での所で飲み込んだ。
代わりの言葉を吐き出すのにはしばし時を要した。
「――何卒、何卒お考えなおしては下されぬか? それはあまりにも重い罰に思われます!」
しかし王はあくまで頑なだった。
「ウォーレン。口軽き者への罰として一度申し付けたことを、わしが撤回すると思うか?」
「しかし!」
「よいのだ、ウォーレン。もうやめよ。その気持ちだけで己には十分」
この場においてはウォーレンよりも追放を言い渡されたレオスリックの方がかえって冷静だった。友を助けるため城を出た時より全て覚悟の上だったのだ。
「こうなることは分かっていた。父上は正しい。理由はどうあれけじめはつけねばならぬ。しかし己は後悔しておらぬぞ、百度生まれ変わっても己は同じことをしただろうよ」
レオスリックは王の前に跪いて「心得ました」と拝礼すると、ウォーレンに「お前と決着をつけられなかったことだけが心残りだが、後のことは頼む」とだけ言って大広間から去っていった。
あまりの展開にウォーレンは動けなかった。
巨人の前でさえ堂々と剣を構え、いささかも動揺しなかった男が膝から崩れ落ちた。
「おおおお。なんという、なんということだ。こんなことがあってよいのか」
オウエン王は玉座から立ち上がって、地に伏して慟哭するウォーレンの肩に手を置き、慰めるように言った。
「そう嘆くな」
「嘆かずにはおられませぬ! レオスリックにあのような仕打ちをするとは!」
「レオスリックにはあのくらい言わねば通じぬ」
「なんですと!?」
ウォーレンはいよいよ頭に血が上ってくるのを感じた。
それでもなんとか自制し、王に道理をまくしたてた。
「陛下! 陛下は私がゼファードに発つ前に、正義を為そうとする勇者を止めることは王にもできぬと申したではありませんか! それが為に、正義の為に罰せられたのならレオスリックがあまりにも不憫、何卒、何卒お考え直して下さい!」
噴火寸前の火山のようになりながらも、涙を浮かべて友を助けようとするウォーレンに対し、オウエン王は穏やかな目を見せた。
その瞳にやや気勢を削がれたウォーレンは、何を申しても王を変心させることは不可能だと悟り、がっくりとうなだれた。
だが王は自らの手を貸してウォーレンを立たせてやると、窓際へと誘い、そこから城下に広がる光景を指して言った。
「見やれ」
言われるがままにウォーレンが窓の外を見ると、二つの国を隔てる海の向こうから続々と船が来航してくる。
それはあたかもウォーレンたちがグランヴェールの猛威を知った日のような光景であったが、今日やってくる船は漁船などではなく、遥かに大きなガレー船であった。
なんだあれは。
怪訝な顔をしたウォーレンを見て、王は自らの頭をぴしゃりと叩き「脅し過ぎたか」と悪戯小僧のように微笑んだ。
「ウォーレンよ、今日はめでたき日ぞ。あまりしょぼくれた顔をするな」
「何がめでたいというのですか!」
「決まっておろう。我が子たち三人の、婚礼がめでたいのだ。すぐに支度せい。めでたき席でそのような武具姿ではいかぬ」
「婚礼?」
いよいよ頭が混乱してきたウォーレンはいつの間にか召使たちに囲まれ、予め王が用意していた服へと着替えさせられていた。
追放の不名誉を受けたものを見送る者などいない。
レオスリックもまた誰にも見送られることなく城を出た。
未練がないと言えば嘘になるが、彼は決して振り返りはしなかった。自分はすべきことをしたと確信していたからだ。
これより長い長い、どこへ行くのかも決まってない旅が始まる。
一瞬ゼファード国のシルヴィアのもとに参ろうかと思ったが、すぐに思い直した。
追放の身たる男が一国の王女に会うべきではないし、いま会えば王女の哀れみを乞う形になる。
レオスリックのプライドはそれを許さなかった。
「もし」
不意に声を掛けられたレオスリックは顔を上げた。
「お待ちしておりましたよ。レオスリックさま」
そう言ってにこりと微笑んだのはゼファードにいるはずのシルヴィアその人だった。
ありえぬ、とレオスリックは瞠目した。
「そんな馬鹿な。これは幻か? それともやはりそなたは化生の類か?」
「いえ、そうではありませんよ」
王女は大男が子供のように目を丸くするのを面白がって口に手を当てて笑った。
「さぞかし驚かれたでしょうが、これも全てオウエン王のお考えになられたこと。詳しい話は我が船でいたします。どうぞこちらへ」
レオスリックは頭をひねりながら、とにもかくにも王女に付き従い港へと向かった。
数刻後、レオスリックは豪奢な服に身を包み船上にいた。
その船にはアーレリウムから続々と族長たちが乗り込んできており、やがてオウエン王、エヴァンジェリン、そしてウォーレンも姿を現した。
いずれも祝いの日に相応しい見事な服でめかし込んでいる。
「義兄弟!」
そう呼びかけながらレオスリックは人波をかき分けてウォーレンの元へ近づいた。
レオスリックの姿を認めるとウォーレンは片目を瞑って苦笑した。
「お互い父上にしてやられたな」
「ああ、全くだ。陛下の頭は一つだが、グランヴェールなどよりよほど手強い。私もお前も揃ってあのざま」
今や王の意図は明らかになっていた。彼はレオスリックを罰するつもりなどなかったのである。
真実はこうだ。
レオスリックはゼファード国へと赴き、シルヴィアを娶って将来のゼファード王となる。
そしてウォーレンはエヴァンジェリンを娶り、将来のアーレリウム王となる、と
どうもいつの間にやら王同士でその様な約束を交わしていたらしい。
「陛下がお前を追放すると言われた時、私は身を引き裂かれる思いだったぞ」
「己もだ、義兄弟。しかし今となっては父上に感服している。『灰の中より新しき生命が立ちあがるまでの間追放する』とはグランヴェールの禍によって焼かれたゼファード国を復興させるまで帰ってくるなという意。短気なこの己が途中で役目を投げ出さぬよう、心を鬼にして釘を刺したのだ。なんと厳しく温かな言葉だろうか」
「全くだ、レオスリック。私は未熟者ゆえ、これっぽっちも陛下のお心を酌むことができなかった。しかし私はここで誓うぞ! 今はまだ到底陛下には及ばぬが、将来は陛下に劣らぬ王となりアーレリウムを栄えさせると!」
「それは己もだ! これより己は己の義兄弟の生まれたゼファードを一生をかけて護り、栄えさせると誓うぞ!」
互いにそう誓って頷きあった時、ウォーレンは腰の物をまだ返していなかったことに気が付いた。
「レオスリック、今こそお前の剣を返上しよう。サックヴェルグは噂に違わぬ剛剣であったぞ」
「おう。そろそろホーリーブリンガーも俺の腰に馴染んで来たところで、すっかり忘れておったわ。お前の剣も中々悪くない剣だったぞ」
レオスリックはにやりと笑い、剣を返す前にその刃で自らの掌を僅かに斬った。
ウォーレンもそれに倣い、サックヴェルグで自らの掌を斬って血を流した。
そして互いに剣を返すと、掌を重ねて血と血を混じり合わせながら今一度誓った。
「別々の道を歩むといえど、我らの友情は不滅だ」
「当然だ。己はしばらくゼファードを離れられぬが、たまには顔を見せに来いよ」
二人の勇者はひしと抱き合い、双眸から熱い涙を流した。
その後、船上で二組の婚礼の儀が行われ、ウォーレンはエヴァンジェリンと、レオスリックはシルヴィアを娶り二人はそれぞれの王国の後継者とった。
やがてオウエン王とルーシャル王がこの世を去ると、ウォーレンはアーレリウムの王となり、レオスリックはゼファードの王となったが、二人はあの日船上で誓った言葉を違えることなく、二つの王国を大いに栄えさせた。
めでたし、めでたし。




