二日目開始、不穏な気配
ちょっとキリが悪いんですが、文字数的な問題でこれで投稿。
二日目。
ログイン直後に空腹値がヤバいことに気づいた。
そういやそうだった、戦闘はしてないとはいえ街中駆け回ってればそりゃそうなるわな。
実際に空腹を感じるわけではないが、多くのステータスにマイナス補正がかかる。
んー、困ったな。とはいえもうやるしかないから外に行くが。
お小遣いが稼げそうなクエストをやればいい? もう五時間かかるのは嫌なんだ……。
でも何も考えずに外に行くのはまずい。初心者狩りの存在を知ってしまった以上、対策なしで出ていく気にはなれない。とりあえず、最低限の金を手に入れてリスポン地点を設定することを最優先にすべきだろう。他のすべてはそれからだ。
というわけで初心者っぽいソロプレイヤーを見繕い、後をつけるようにして外に出る。もちろん周りへの警戒は怠らない。何かあったら彼を生贄にできるよう心構えをしておく。
剣を持った彼は草原を突き進み、草に隠れて見えなくなった。
音で大体察せられるので、距離を詰めつつ後を追う。
しばらくしたところで戦闘音が聞こえた。一気に距離を詰める。
草が邪魔で何が相手かわからないな……
「なんで三匹もいるんだよ!」
あ、ゴブリンだ、これ。
わかりやすい悲鳴のおかげで状況がわかった。
周りを気にする余裕もないだろうと薄く見える程度の距離まで近づく。
完全に俺と同じパターンで不意打ちを受けたようだが、近接職だけあって三対一でも上手く戦っている。
「くっ、はあっ!」
一匹キル。他の二匹もふらふらだ。ただ彼の方も棍棒を結構喰らってるので体力はやばいんじゃないだろうか。イエローは確実、レッドにまではいってないくらいか。
魔法の詠唱を開始する。
タイミングは彼がもう一撃棍棒を受けるか、ノーマル・ゴブリンがもう一匹減ったら。
そこで介入する。
「二、匹目っ!」
「エア・エッジ」
倒した瞬間――というか倒せる一撃を放った瞬間を狙って囁くように魔法を撃つ。
数メートルの距離を一瞬で詰めた風の刃は、ゴブリンを剣が切り裂くと同時に彼を助けるようにもう一匹のゴブリンを切り裂く――
――ことなく彼を切り刻む。
「!?」
めっちゃ驚いた顔で魔法が飛んで来た背後を振り返ってるが、既に俺は身を隠して二度目の詠唱に入っている。
ここまできて見つかるようなヘマはしない。たぶん声も聞こえてないんじゃないだろうか。
え? なんで彼を狙うかって?
よく考えろ、彼を助けてどうなる。
パーティー組めば近接役が手に入るかもしれないが、そんなもん初心者狩りの前では焼け石に水だろう。俺をリスキルした連中ソロはほとんどいなかったぞ。初心者が二人になってもカモが増えるだけでメリットが薄い。二人で行動するより一人で行動した方が目立たないという意味では、むしろマイナスですらある。
対して、彼をキルすれば経験値と金が手に入る。ここまで至れば危険度もほとんどない。
やらない理由がないだろ。
というか、それ以前に最初からそのつもりでつけてきたのだ。今さら方針を変える気はない。
HPが無くなった彼が消え、生き残ったゴブリンは逃げ出そうとしているが逃がすか。
こういうときこそ魔法職の本領だ。
飛び道具なら十分届く。
「エア・エッジ」
直撃、HPを削り切る。
レベルが一つ上がり、100クロンゲット。ついでにノーマル・ゴブリンの角とかいう素材ゲット。
でも、昨日駆け回ったときに見たけど、この素材やっすいんだよな。10クロンにしかならない。
「さ、次の獲物だ」
MP的にはあと一発が限界だが、探してるうちに回復するだろう。空腹のせいで回復速度が落ちているのが面倒だが。
いずれにせよ動かないわけにもいかない。戦闘音のせいで初心者狩りがくるかもしれないし、逃げないと。
話は変わるが、カルシナには初心者の天敵ともいえるウサギがいる。
さて、ゲームでウサギと聞くと何を警戒するだろうか。
クリティカル? 大丈夫だ、このウサギは体当たりなんてしてこない。
角? 杞憂だ、そもそも生えてない。
毒? 残念、発想は悪くないが運営の悪意を甘く見ている。
そのウサギは見た目はノーマル・ラビットと変わらない。というか見分けがつかない。攻撃力も防御力もノーマル・ラビットと変わらない。
こう聞くとただの雑魚モンスターのように聞こえる。
実際、性質さえ知っていれば雑魚だ。
しかし、ただの雑魚モンスターであろうとも悪意というエッセンスが付与されるだけで厄介な敵になるのはゴブリンで思い知った通り。
こいつもその例外ではない。何も知らなければこいつ一匹でパーティーが崩壊することも珍しくないのだから。
……ということをウサギ一匹によって今まさに崩壊しようとしているパーティーを隠れて眺めながら思った。
「ひでえな、これ……」
たまたま四人パーティーを見かけて、やべえこっちソロだぞ襲われると思って慌てて隠れたらこれだよ。
一匹のウサギが現れ、それを倒そうと近づいた前衛二人が突然戦いだしたのだ。これだけ聞くとただのよくある裏切りだが、実際は違う。裏切りならタイミングおかしすぎるし。
『コンフュージョン・ラビット』
パーティークラッシャーの異名を持つ、ノーマル・ラビットの外見に運営の悪意を詰め込んだ兎の姿をした邪悪。
"半径一メートル以内に"プレイヤーが入った場合、プレイヤーを混乱状態にする。
触れたら、ではない。接触の有無に関わらず足の先でも範囲に入ってしまえば終わりだ。このゲームは混乱に陥ると理性が飛ぶため、精神値が一定以上ない限り状態異常にかかっていること自体に気づけない。攻撃を受けてもヒールされても混乱は解けない。初心者が自力で治すのはほぼ不可能だ。
戦闘能力はノーマル・ラビットと同じなので、ソロであっても遠距離から撃ち抜けば何の問題もない。混乱にしたところで仲間がいればポーションで治せる上、ある程度の耐性があれば防ぎ切れるため知っていれば雑魚だ。逆にいえば初見はまず引っ掛かる死神だ。
見た目で判別不可能とかクソすぎるだろ。
「哀れな」
仲間内で戦う彼らを見物しながら呟く。剣闘場の観客の気分だわ。
初めて2、3日って感じだし、知らなかったんだろうなぁ。
いやー、昨日のクエスト中にこいつのせいで負けてリスポンしたパーティーが言い争う姿を見ながら、『俺もやったなあ』みたいなこと話しながら眺めているパーティーの雑談を聞いてたんだよね。
例によって攻略サイトには載ってなかった。ここまで来ると書いてる奴らはもう公式の手先では?
ちなみに掲示板には載ってた。ユーザーの悲鳴が多すぎて探すのクソ面倒だったけど、調べておいてよかった。
「本当、普通こんなもん配置するか?」
初心者狩りや運営の悪意の詰まったモンスターなどのせいで、初心者は自衛のためにパーティーを組むことがほとんどだ。
だが、こいつはそういう野良パーティーにこそ刺さる。
パーティークラッシャーの異名は伊達ではない。こいつのせいで負けると大体ギスる。チュートリアルで運営の悪意を浴びたプレイヤーは疑心が浮かびやすい。リスキル地獄の洗礼を受けたプレイヤーならなおさらだ。
そんな状況で誰かが急に攻撃されれば『なにかされた』より先に『裏切ったのか』が来るのは仕方ない。俺だってそう考える。
プレイヤー間の信頼? そんなもん最初のリスキルで消し飛んだわ。
結果としてコンフュージョン・ラビットのことを知らない場合、よほどの信頼がない限りリスポン直後から裏切った裏切ってないの言い合いが始まってパーティーが崩壊する。リスポン地点を設定していない場合はそれすら許されずリスキル地獄へ直行だ。
パーティーを組まざるをえないのに、パーティーを組んだらギスらせにくるというこびりついたヘドロよりうざったい悪意。運営は頭から納豆を被るべきだな。一緒に腐ってろ。
「さて」
ま、今はチャンスだしあのパーティーに集中しよう。
助ける? そんなわけないだろ。プレイヤーは基本敵だ。場合よっては経験値袋にもなるが。これだけのチャンス、宿代を調達するためにもキルしないという選択肢はない。
恐らくレベルは俺より3、4くらい上か。面子は盾持ち、大剣、魔法使い、ヒーラーか。うち前衛二人は混乱して戦闘中でもう瀕死。止めようとしている魔法使いは2、3発くらいこっちもやばめ。ヒーラーはおろおろしているだけで何もできていない。せめて魔法使いを回復させればいいものを。
まあ、言わないけど。
あ、魔法使いがコンフュージョン・ラビットに攻撃した。こいつを倒せばどうにかなると思ったか。
……ならないんだよなあ。
運営はそんなに優しくない。残念ながら性根から腐りきっている。
炎の魔法一発で兎が消し飛ぶが、治らない前衛を見た魔法使いが絶望の表情を浮かべる。
哀れとは思うが、隙だらけだ。
「エア・エッジ」
過たず魔法使いに直撃、HPと共にアバターが消え去る。
さようなら、縁があったらまた会おう。たぶんないけど。
「誰!?」
驚愕を浮かべたヒーラーの少女がこちらを見る。
いやー、ダメだろ。攻撃されてるのにその場に留まるって。前衛が使い物にならない以上、今の君はソロの回復役みたいなものだよ?
「エア・エッジ」
ソロの回復役って獲物以外の何でもないよなー、とか思いながら放った魔法が彼女を――越えて盾持ちに直撃。HPが消し飛ぶ。
もう一発いける、詠唱開始。
……あ、ヒーラーさんが大剣持ちに近寄って斬られた。何やってんのあの人。
「逃げないと、早く!」
なるほど、見捨てていくつもりはないということか。
じゃあ先に回復させようぜ。まあ回復させたところで混乱は治らないから意味は無いが。
攻撃能力のある前衛にまともな判断力がない以上、隠れながら戦えば負けはない。初心者狩りに見つかる確率が上がるから騒ぐのはやめてほしいけど。
剣を避けつつ大剣持ちに話しかける彼女を見据え、隠れながら狙いを定める。
「エア・エッジ」
大剣持ちに直撃、3キル目。これで残りは彼女だけだ。逃がす気は、ない。
不穏な気配(発生源は主人公)
ちなみに、コンフュージョン・ラビットは人懐っこいです。つまり、近づいてきます。近づいてきます(大事なことなのでry)。
ノーマル・ラビットは逃げるので、ここが見分けポイントです。見分けポイントなんですが……見分けポイントにすら悪意を込める運営の愉悦に対する執念よ。
また、生息地が視界の利かない草原なので気づいたら範囲内、なんてことも珍しくありません。なので索敵能力が重要になります。下手なダンジョンよりも盗賊などの職業が重要視される草原、それが初心者の最初のフィールドという絶望。
もう一つちなみに、コンフュージョン・ラビットは混乱させることと懐いてくること以外は生態も素材も完璧にノーマル・ラビットと同じです。経験値すら、同じです。面倒で危険なのに経験値も売値も最底辺のモンスターと変わらないという……
さらにさらにちなみに、レアモンスターではありますがノーマル・ラビットを十回見かけたと思ったら一匹はコンフュージョン・ラビットだと思っていい、くらいにはいます。つまり、わりといます。同時に、混乱で壊滅するパーティーもよく見かけます。