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第10話「鬼の目にも見残し」

『して、話とは? 小娘の身体から出て行けとかか?』


「お話が早くて助かります」


『おかしなことを言う。我を望んでいるのは小娘ぞ? この娘の憎しみは深い。易々と手離すわけなかろうて』


「存じております。ですから私と遊びませんか?」


『遊ぶ? 人如きが我と遊ぶなど生き急ぎ過ぎてはいないか?』


「まぁ、そう言わず。戯れだと思って如何です? そこの人間を賭けて」


 桃李は涼季を指差す。その人差し指が自らに向かった時。涼季は身体を震わせた。


 彼は何をする気だ。「死ぬな」ということは命のやり取りを自分にさせようとしているのではないか。鬼がこんなに恐ろしいだなんて知らなかった。人より悍ましい者が在るだなんて知らなかった。


 涼季は背筋が粟立つのを感じ、初めて無知な己を恥じる。けれど喉元で留まる非難の声は決して出てこない。すっかり竦んでしまった身体では抵抗すら困難だった。


「そいつ、を……好きにして、いいってこと……?」


「ええ。それこそ貴女方が勝った暁には、煮るなり、焼くなり、ご自由に」


 香の声が響く。途切れ途切れに告げられる問い掛けを桃李はやんわり肯定した。


「やるわ! いいわよね!?」


『勿論だ。だが我にやらせろ。人間に好き勝手にさせるわけにはいかん』


「勝てるなら、なんだっていいわよ……!! 絶対殺してやるんだから……アイツはパパを……」


「では交渉成立ということで宜しいですか?」


『そうなるな。ほんにこの小娘は意思が強い。我を押し戻そうとするとは中々侮れぬ』


「そのようで。上手く癒着出来てないようですが……」


『舐めるなよ小僧。お前を殺すなど赤子の手をひねるが如く容易いわ』


「そう怒らずに。場所を移動しても構いませんか?」


『好きにするがよい』


「お言葉に甘えて」


 桃李は壁に向かって右手を突き出す。すると、その手がゆっくり壁に沈んだ。

 目を丸くする涼季を余所に、桃李は肘まで右手を突っ込むと「このくらいですかね」と零した。壁に変化は無い。けれども、彼が右手を引き抜くと同時に眩い光に包まれた。

 思わず固く目を瞑り、慣れた頃に目を開ける。目の前に現れたのは光の通路。壁に埋め込まれたそれは彩色を纏い、人一人余裕で呑みこめるほどの円を象っていた。


『お前、空間を繋げるのか』


「ええ。少々広い場所が必要でしたので。安心してください。変な場所には繋げていませんから。戸田君もぼさっと立ってないで、ちゃんと着いてきてくださいね」


「うるせぇなぁ! 分かってるつーの!」


 壁の中を通るという突飛な行動に涼季の頭は付いていかない。虚勢を張ってはみるものの、これから訪れる何かに漠然とした不安を抱え、ゴクリと生唾を呑み込むだけで精一杯だった。


 通路の中は眩しいくらいの光で溢れている。けれども、この先に広がるのは自らの墓場になるかもしれないことを思えば、足が鉛のように重く感じた。

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