第9話「鬼の首を取ったよう」
「俺はどうすればいい」
「何もしなくて結構ですよ。ただ一緒に来てくれさえすればいいです。その際、死なないように気を付けてくださいね。戸田君は贄ですから俺は助けません」
「ハッ! 死んだらどうすんだよ? 交渉決裂じゃねーの?」
「……君は嫌なところによく気付く……その通りですよ。ですから間違っても死なないでくださいね」
神妙な面持ちで階段を昇っていく桃李の後を付いて行く涼季。声は真剣そのもので、気を引き締めに至る。
階段を上がりきり、ローマ字で〝KAORI〟と示している扉の前で二人は足を止めた。
「邪魔しないでくださいね」
何の相談もない。作戦も何も聞かされていない涼季は目を瞠り声を上げようとした。しかしそれは適わない。とてつもない勢いで扉が吹き飛んだからだ。
ゴオッ! ともバンッ! とも判別出来ない、どっち付かずな轟音と共に涼季の身体は吹き飛ぶ。勿論、桃李の身体も共に。フローリングに尻餅を着く涼季をよそに、桃李は鬼の奇襲に耐えてみせた。
「だから言ったじゃないですか。自分の身は自分で守ってくださいって」
「急にこんなんなるなんて思わねぇだろ!? なんだよアレ!?」
非難の声に涼季は身体を起こしながら怒声を上げる。驚愕や怒りや何やらで些か混乱していた。
「静かに。主役のご登場ですよ」
桃李の言葉に涼季が押し黙る。先程まで扉があった場所から、香が姿を現した。
足を引きずるように身体を揺らし歩く様は何とも痛々しい。鬼に侵され身体を乗っ取られているにも関わらず癒着が上手くいかないが故の弊害だった。顔色は最悪だ。土気色の顔を上げ、香は眉を吊り上げた。
「なんで……アンタ達がここにいるのよ!?」
「落ち着きましょう香さん、とその中にいる食法さんも」
『どうして分かった』
脳に直接語りかけてくるような悍ましい声。ボイスチェンジャーを何重にも潜ったような声が二人の耳を侵す。香の口が言葉を象っているにも関わらず、鬼の声は理に添わない。脳味噌を揺らすような言葉に涼季は不快感を露わにした。
「羅刹さんかとも思ったのですが、それにしてはやることが性急過ぎます。高校生くらいなら、お金に執着していてもおかしくありませんしね。カラオケに行きたい。服が欲しい。漫画を読みたい。友達と遊びたい。いやはや人間の欲というのは際限がない。ですが、貴方が香さんに憑いた理由は〝遺産〟ですね。ここの土地は結構値が張りますし、家も大きい。愛娘の香さんには、さぞかし莫大な遺産が入ってくることでしょう。
幸い彼女は殺したいと思うほど恨んでいる人間が居りましたし、ターゲットに持ってこいという感じですか?」
『だとして、お前はどうする? 無能な人間は引き返した方が良くないか?』
「俺の話聞いてくれますか? 貴女方の為に用意したんですよ。憎くて憎くてしょうがない筈の人間を。どうぞ、お二人でご相談ください。俺……いえ、私に、お話の機会を頂けませんか?」
『……悪くない』
ニヤリと口角を上げているのが分かる程、食法の声は何かを含んでいた。背中を這い上がるような寒気が二人を襲うが、桃李はそれを億尾も出さない。涼季は初めての不快感に脂汗を掻き顔を歪めていた。
気持ち悪い。怖い。逃げ出したい。そんな思いで立っているも足は棒切れにでもなったかのように言うことを利かない。磔にされているような感覚に吐き気が込み上げてくるようだった。




