手がかり
路地の奥、日の当たらないこの場所は、闇というものを更に強調しているように感じる。
「守るといったのに、飛び出してきてしまったのは間違いかもね。」
ミアは独り言を言いながら先へと進む。
「いたいた。」
子供の足だ。そう遠くへは行けまいと思っていたミアは、すぐに子供を見つけた。
「ちぇっ、これっぽっちかよ。絶対どっかのボンボンだと思ったのになあ。」
子どもとは思えない言葉遣いで独り言を喋っている。
「お嬢さん、それ、どこで拾ったの?」
「!?」
ミアはその子ども、いや少女に話しかける。
少女は目深にフードをかぶっているため、顔は見えない。だがミアは、声によってそれを判断したのだ。
「さっきの・・・。
こ、これは、さっき拾ったんだよ。」
明らかに動揺している態度で、少女は答える。
「そう、正直に言えば、まだ見逃してあげるわよ。
嘘ついたら、現行犯で逮捕もできるの。
私、軍人だから。」
「うっ。」
捕まりたい人間などいない。まして子供なら尚更かもしれない。
「わ、分かったよ。返せばいいんだろ!」
そう言って少女はバルトルトからくすねた財布を投げつけた。
そのまま振り返り、駆け出そうとする。
だが、ミアはそれを見逃さず、少女を捕まえた。
「ちょ、ちょっと!何するんだよ!
話は終わっただろ!」
「まだよ。
あなた、誰かに狙われる覚えはある?」
「?
知らないよ、そんなの!
いいから放せ!」
ミアの意味深な発言に対し、少女は喚き散らす。
「残念ながら、そうは行かないわ。」
だが少女の言葉に、ミアは従わなかった。
ミアは先程(少女と対面した時)から四人程の視線を感じていたのだ。
しかし、誰が見られていたかまでは分からなかったのだ。
だが少女が移動を始めた途端、その視線が全て少女の方へと移ったのだ。だから気づくことができた。そしてその視線には、さっきも含まれていた。
「大声を出さないで。
あなた、だれかに狙われてるわ。」
ミアは少女に耳打ちする。
「なんで僕が・・・。」
「いいから、走るわよ。」
ミアはそう言うと、少女を抱えて走りだした。
その直後、気配を殺していた四人が突如として路地の脇から飛び出し、後ろから追いかけてきた。
「意外と速い。」
後ろを軽く振り向きながら、ミアは相手が相当腕の立つ連中だと気づく。
だがすぐに、そんなことは心の片隅へと消えていった。
ミアの視界には、金色に輝く髪がうつったからだ。そして首には、何がつけられているかは分からないが、ネックレスがかけてあった。
「あなた、本当に狙われる理由、知らないの?」
「知らないよ!
いいからどうにかしてよ!」
もう一度ミアは尋ねたが、やはり少女は知らないという。
ミアは四人を撒くため、様々な場所を曲がってはいるが、いっこうに振りきれる気配はない。
「戦うしかないのね。」
ミアはそろそろ覚悟を決めねばと一考した。
「あなた、どこかに隠れていなさい。」
「え!?」
ミアは立ち止まり、少女を下ろす。
「だけど、絶対に一人で何処かへ行かないでね。まだ誰か居るかもしれないから。」
「う、うん。」
少女もさすがに危機感をもっているのか、ミアの言うことに従う。
「貴様、ガキとはどういう関係だ。」
すぐ後ろまで来ていた四人が立ち止まる。
その内の一人の男(リーダー格であろう)が残りの三人を制止する。
ミアが戦おうとしているのに気づいたのだ。
「彼女とはさっき会ったばかりの初々しい関係よ。」
「ならば、無用なことはしないことだ。死にたくなかったらな。」
「残念ながら、そうは行かないわ。」
ミアは敵意むき出しで四人に答える。
「さっき会ったばかりの関係だろう。守る理由はないはずだ。」
「軍人が国民を守るのは当然の義務、これが理由になるわ。」
「税も払っていないガキが国民だと?
笑わせてくれる。」
「他にも理由があるのよ。あなた達も、死にたくなかったら還りなさい。」
ミアの声音が急に冷たくなる。
ミアの周囲にあるマナが、大きく震える。
「お前ら、やるぞ。相手は一人だ。」
狭い路地の中、魔装の光が辺りを照らす。
その光が収まった瞬間、宙に浮いている、ミアと男の右蹴りがぶつかった。
その衝撃で地面がえぐれる。
ミアが剣を出さなかったのはそれが本当の獲物ではないからだ。普段は止めの一撃にしか使わない。
「お前たちはガキを探せ。この狭い路地じゃ一人で戦うのが精一杯だ。」
相手の力量が詳しく分からないこの状況では、横幅二、三メートルしかない路地の中では良い判断といえるだろう。
その言葉で、残りの三人は二人の上を飛び越えミアの背後に着地。少女を探そうとする。
しかし、ミアに対してその判断は間違っていた。
「行かせないわ!」
その言葉と同時にミアは右足の力を抜く。
男が右蹴りの勢いを殺せず、そのまま空振ったところを、ミアは左足で蹴りを放ち、男を壁に叩きつけた。
「ぐっ!」
男は壁にたたきつけられた衝撃で動けなくなる。
「捉えろ!灼熱の両腕よ!」
ミアはそのまま飛び退き、魔法を詠唱。
その瞬間、路地は一気に熱気に包まれる。
「なんだこれは!」
「やばい、逃げろ」
空間が割れ、左右の壁から炎に包まれた大きな両腕が現れる。
三人の内二人が腕から逃れようとするが、それよりも速く、腕が二人を捉えた。
「握りつぶせ!」
両腕は二人の男を凄まじい力で握る。嫌な音が、路地の中に響き渡り、二人の男は地面へと落ちる。
ミアはそのまま振り向き、残った一人の方へと飛ぶ。
「そう簡単に行くか!」
だが残った男は、自分の武器であろう弓を展開、なめらか且つ無駄のない動き、そして恐るべき速さで矢をつがえ放つ。
その間わずか一秒もかからないであろう速さだった。
だが矢がミアに着弾する直前、ミアが二つに分裂した。
「何!?」
最後の一人は驚きこそしたものの、動揺することなく落ち着いた態度で右手に矢を造る。
だが二人のミアはそれに臆することなく突っ込む。
男は二人のミアが自分の右手の範囲に入ったところで、右手に持った矢で同時に薙ぎ払った。
だが薙ぎ払った瞬間、ミアの姿が同時に消えた。
「ど、どこだ!?」
「こっちよ。」
その言葉と同時に、背後に立ったミアが裏拳を放ち、男を気絶させた。
ミアは最初に壁に叩きつけた男の前に立つ。
「なんて力だ。」
「これが本当の魔装の使い方よ。テストに書いた答案とはわけが違うけれどね。」
ミアは自分の書いた答案のことを言うが、男には当然意味が分からない。
「さて、人が集まる前に、聞いておきましょうか。何が目的?」
ミアは剣を出し、男の首筋に突きつける。
「さあな、お前に言うことはない。」
当然と言うべきか、男はミアの質問には答えない。
「ここで死にたくなかったら、早くえることね。」
「死ぬ?
なにを言ってやがる。
死ぬのはてめえだ!」
「!?」
ミアは背後に立った男の気配に気づいた。先程裏拳を食らわせた男だ。
男が右手に持った矢でミアに斬りかかろうとするが、ミアは振り向きざまにその男の頭を斬って落とした。
「あめぇな。」
だが、地面に転がった直後、脇腹が熱くなる。
壁にたたきつけられて動けなかったはずの男が、脇腹にナイフを突き立て、そのまま抱きついてミアを拘束する。
「ぐっ!放せ!」
「一つ勘違いしていたなあ。
俺達は死を恐れない。『組織』のためならなあ。
お前のその力は脅威だ。
俺の命を犠牲にしてでも、ここで消しておかなきゃなあ。」
「『組織』?まさか!?」
ミアは相手の真意を悟り、男を振り払おうとする。
だが男の力は思ったよりも強く一向に離れない。
「あばよ嬢ちゃん。俺達に歯向かったこと公開するんだな。」
その言葉を言い終えた瞬間、男の体が爆発し、ミアの体は閃光に包まれた。
隠れていた場所のすぐ近くで、ドゴォーんという大きな爆発音が鳴り響いた。
その直後、爆風が近くを通り過ぎる。
隠れていた少女、アリアは何事かと顔を出す。
だが二つ程路地を曲がったところなので、当然見えるわけがない。
アリアはどうしても気になったので、ミアと離れた場所へと向かった。