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(挿話)歴史に残るのは

時間は、一か月前に遡る。


安心院と一緒に文化研究部で、異世界から来た偵察部隊について説明した、その日のこと。


俺は、内閣府に設けられた特異事象対策室へ連絡を入れた。


半年間にわたる調査記録。


異世界人と思われる者たちの出現日時。


奴らが調べていた場所。


そして、奴らの一人から剥がれ落ちたと思われる、黒ずんだ金属片。


伝えられるものは、すべて伝えた。


数日後。


安心院と俺は、特異事象対策室へ呼ばれた。


案内されたのは、地下にある小さな会議室だった。


壁際の棚には、分厚いファイルが並んでいる。


長机の向こうには、対策室の職員が三人座っていた。


そのうち二人は、俺たちと同じ能力者だった。


一人は、宮坂遼(みやさか・りょう)。


二十五歳の男性。


召力が少なく、召喚できるのは一羽の梟だけ。


大きさも身体能力も、ごく普通の梟と変わらない。その代わり、召喚中は梟と視覚を共有できるらしい。


もう一人は、高木文香(たかぎ・ふみか)。


同じく二十五歳の女性。


何の変哲もない紙を生成できる。


紙の色や大きさは自由に変えられるが、特別に硬いわけでも、刃物のように鋭いわけでもない。


能力だけを聞けば、二人とも戦闘にはほとんど向いていない。


けれど、この二人は、現時点で特異事象対策室に所属している数少ない能力者だった。


二人とも家柄や学歴に問題がなく、政府による身辺調査、筆記試験、適性検査、複数回のカウンセリングと面接を受けている。


能力の強さではなく、その力を政府機関の中で扱わせても問題がないと認められた者たち。


言い換えれば、政府が身元と人格を保証できる能力者だ。


そして、もう一人。


二人の上司にあたる、田中仁志(たなか・ひとし)という初老の男性がいた。


能力を持たない、ごく普通の公務員だ。


「提出していただいた記録は、確認しました」


宮坂が、机の上の資料へ目を落とした。


「次の新月は、六日後です。その夜、我々も現場へ向かいます」


「信じてもらえるんですか?」


安心院が尋ねる。


「現時点では、信じるとも、信じないとも言えません」


答えたのは、高木だった。


「あなた方の報告が事実なら、放置できない問題です。だからこそ、対策室に所属する能力者が直接確認する必要があります」


妥当な判断だと思う。


高校生二人が、異世界から軍隊が来るかもしれないと訴えた。


それだけで政府が動くはずはない。


けれど、対策室に所属する能力者が異世界人を目撃すれば、ただの証言ではなくなる。


政府職員による、正式な調査結果として扱われる。


「ただし」


宮坂が続けた。


「対象への接触は行いません。今回の目的は、あくまで存在と行動の確認です」


「ええ。それで構いません」


俺は頷いた。


こちらも、奴らを捕らえられるとは思っていない。


それに、下手に刺激すれば、こちらが偵察に気づいていることを知られる。


「一つ、確認させてもらえるかな」


田中が、俺たちへ顔を向けた。


「あなた方は、異世界人が一年以内に大規模な行動を起こす可能性が高いと考えている。提出された報告書には、そう書かれていました」


「はい」


「概要には目を通しました。ただ、半年分の記録をすべて精査できたわけではありません」


田中が、机の上の資料へ手を置く。


「その判断に至った根拠を、この場でもう一度説明してもらえますか?」


「分かりました」


俺は、机の上へ並べられた調査記録のうち、最も古い一冊を開いた。


「最初に姿を確認した頃、奴らが現れるのは、新月の夜に一度だけでした」


ページをめくる。


日付。


時刻。


目撃した人数。


調査していた場所。


安心院と二人で残してきた記録が、半年分並んでいる。


「一度に現れるのは二人か三人。道路や建物を遠くから確認して、短時間で姿を消していました」


次の記録を開く。


「三か月前から、現れる人数が増えました。複数の班に分かれ、同じ夜に別々の場所を調べるようになった」


さらに、次のページ。


「先月は、新月の前後に三日続けて現れています」


田中が、記録へ目を落とす。


「人数だけでなく、活動する頻度も増えている……」


「それだけじゃありません。調べている内容も変わっています」


最初の頃、奴らが見ていたのは、この地域全体だった。


大きな道路。


川。


駅。


橋。


高い場所から街を眺め、どこに何があるのかを確認していた。


ところが、少しずつ調査の対象が絞られていった。


幹線道路の幅。


橋の構造。


道路の合流地点。


時間帯ごとの交通量。


警察車両や救急車両が、どの道を通り、どれくらいの時間で到着するのか。


同じ場所を、時間帯を変えて何度も訪れている。


「最初は、この街がどんな場所なのかを調べていた」


俺は、直近一か月の記録を田中の前へ置いた。


「今は、どの道を使うか選んでいます」


田中の表情が険しくなる。


「大規模な部隊が移動する経路を調査していると?」


「断定できる証拠はありません」


俺は答えた。


「ただ、数人が潜伏するだけなら、橋や幹線道路の構造、警察の動きまで調べる必要はない」


奴らが調べているのは、自分たち数人がどう動くかじゃない。


大勢がこちらへ来たあと、どう進むかだ。


「それでも、なぜ一年以内だと?」


「集めた情報には、鮮度があるからです」


道路は、工事で変わる可能性がある。


交通量も季節によって変動する。


警察や消防の体制。


防犯設備。


緊急車両の到着時間。


どれも、何年先まで通用する情報じゃない。


「危険を冒して集めた情報を、何年も放置するとは考えにくい」


それに――。


「奴らの動きは、明らかに加速しています。何かを急いでいる」


理由までは分からない。


向こうの世界で、何が起きているのかも分からない。


それでも、行動には焦りが表れている。


以前より人数を増やした。


活動する日数も増やした。


より多くの場所を、短い期間で調べようとしている。


それだけ、こちらに発見される危険も高くなる。


慎重さより、速度を優先せざるを得ない理由があるはずだ。


「今の速度なら、情報の収集は数か月で終わります」


俺は、最後の記録を閉じた。


「奴らが、集めた情報をすぐに使うつもりなら。一年もかからないと思います」


会議室が静かになった。


田中が、宮坂と高木の顔を交互に見る。


「現場確認は、予定どおり行いましょう」


宮坂と高木が頷く。


「本来なら、もう一人は能力者を同行させたいところですが……」


田中が、小さく息を吐いた。


「人が足りないのが、正直なところです」


「二人で問題ありません」


宮坂が答える。


「僕が梟を飛ばし、上空から対象を確認します。高木さんには、地上から記録を取ってもらいます」


「分かりました」


田中は頷いた。


「確認が取れた場合、どうなりますか?」


俺は尋ねた。


「正式な調査報告書を作成し、内閣府内の関係部署へ提出します。危険度によっては、警察庁や防衛省にも情報を共有することになるでしょう」


「それで、警察や自衛隊が動くんですか?」


田中は、すぐには答えなかった。


「それを決める権限は、我々にはありません」


予想していた答えだった。


「対策室にできるのは、調査し、記録し、危険性を伝えるところまでです。その先は、報告を受けた各機関と政府の判断になります」


特異事象対策室は、内閣府に設けられた政府組織ではある。


能力者や異客について資料を集め、調査し、関係機関へ報告することはできる。


その一方で、自衛隊や警察を独自の判断で動かせるほどの権限はない。


田中たちに、動く意思がないわけじゃない。


それでも、対策室にできるのは報告を上げるところまでだ。


そこから先。


報告書がいくつもの部署を巡り。


会議が開かれ。


責任の所在を確認し。


誰かが判断を下す。


それを待っている余裕はなかった。


対策室が異世界人の存在を確認しても、それだけでは足りない。


政府を動かすには、もっと上の立場にいる人間の力が必要になる。


時間は、あまり残されていない。


なりふりは、構っていられなかった。


◇


対策室を出たあと、安心院とは駅で別れた。


俺は人気の少ない場所まで歩き、携帯を取り出す。


連絡先を開く。


そこに残っている名前を、しばらく見つめた。


――蒼月梓(あおつき・しずき)。


以前は、俺が何度連絡しても出ることはなかった。


サモンズを抜けた人間と、関わるつもりはない。


そういうことだと思っていた。


けれど、今なら。


兄の計画は止まり、サモンズの内部も以前と同じではなくなっている。


俺は、梓さんの番号を押した。


呼び出し音が鳴る。


一度。


二度。


三度。


やっぱり出ないか。


そう思いかけたところで、通話が繋がった。


『もしもし』


変わらない、軽い声。


『修坊、どうしたん?』


一瞬、言葉に詰まった。


『というか、一樹によー勝ったな。やるやんか』


「……ありがとうございます。ただ、兄も全力ではなかったと思います」


『そりゃ、可愛い弟に全力は出せんわな』


梓さんが楽しそうに笑う。


『……っと、すまんすまん。何の用やったっけ?』


相変わらずだ。


「はい。サモンズは今回の計画について、政治家とも結託していたと、兄から聞いています」


梓さんの声から、わずかに笑いが消えた。


「異客や能力者について、すでに知識を持っている。なおかつ、政府を動かせるだけの力を持った政治家を紹介していただきたいんです」


『ああ、そういうことかいな』


梓さんが、納得したように声を漏らす。


『予想はしとると思うけど、俺はその辺、担当しとらんかったからな』


「そうでしょうね」


『ははっ、言うやん』


電話の向こうから、笑い声が聞こえる。


『凛(りん)ちゃんのことは知っとるやんな?』


「はい。ただ、氷室(ひむろ)がサモンズへ来てすぐに、俺は抜けました。ほとんど関わりはありません」


『政治家周りを担当しとったんは、凛ちゃんや。能力者を分離したい連中とも、ずっと話しとった』


梓さんの口調が、少しだけ真面目になる。


『凛ちゃんに、修坊へ連絡するよう言っとくわ』


「ありがとうございます」


『あ、ただな』


梓さんが、思い出したように付け加えた。


『俺、サモンズの幹部から降ろされてん』


「……降ろされた?」


『修坊らに情報を流したやろ。まあ、ケジメやな。そんで今は、指揮命令権も持っとらんのよ』


深刻そうな口調ではなかった。


まるで、部活の役職を外されたとでも話すような調子だ。


『せやから、できるんはお願いまでや。凛ちゃんが修坊に連絡するかどうかは、凛ちゃん次第やで』


「そうですか」


それなら、氷室が無視できない言葉を渡せばいい。


「梓さん。氷室に、こう伝えてもらえますか?」


『うん?』


「計画の延期で、政治家への対応に苦慮していないか、と」


電話の向こうが、静かになった。


能力者特区を作る。


その成果を約束することで、サモンズは政府内の能力者分離派と協力関係を築いていた。


ところが、兄は計画を一年間延期した。


サモンズにとっては、わずか一年の延期かもしれない。


けれど、計画に協力していた政治家にとっては違う。


約束していた成果を示せない期間が長引けば、それだけ政治的な損失も大きくなる。


「俺なら、特区計画が延期になった穴を埋めるだけの、別の実績を与えられます」


『別の実績?』


「能力者特区を作った政治家ではなく、能力者とともに、異世界からの侵攻を阻止した政治家という実績です」


わずかな沈黙。


それから、梓さんが小さく笑った。


『でかい餌、用意したなぁ』


「使えるものは、何でも使います」


『ほんま、一樹の弟やな』


「褒め言葉として受け取っておきます」


『分かった。そのまま伝えとくわ』


「お願いします」


『それにしても、修坊からまた頼られる日が来るとはなぁ』


どこか楽しそうな声だった。


「なりふり構っていられませんからね」


『そっか』


梓さんが短く笑う。


『すぐに凛ちゃんに言うとくから、まぁ、あとは頑張りや』


「ええ。ありがとうございます」


通話を切る。


氷室が、この話へ食いつくかどうか。


それは、まだ分からない。


◇


その日の夜。


知らない番号から、電話がかかってきた。


『橘修二君ですね』


低く、落ち着いた男の声だった。


「はい」


『氷室凛です。蒼月さんから、話は聞きました』


思っていたより早い。


「連絡をいただき、ありがとうございます」


『礼はまだ結構です』


感情の読み取りにくい声だった。


『異世界からの侵攻。それを裏付けるものは、どの程度揃っていますか?』


「現時点では、状況証拠が中心です。ですが、次の新月に、特異事象対策室の職員が現地調査を行います」


『政府所属の能力者ですか』


「二人いると聞いています」


『なるほど』


氷室は、しばらく黙っていた。


『修二君の言うとおり、こちらは少々、困った状況にあります』


「特区計画が延期されたからですか?」


『ええ。こちらから協力を求め、政治家には相応の危険も負わせました。それにもかかわらず、成果を示すことができなくなった』


サモンズが困っているだけじゃない。


政治家との間を取り持っていた氷室自身も、信用を失いかねない状況にある。


『あなたの提案には、興味があります』


「それでは――」


『ただし、今のままでは政治家を動かせません』


氷室が、俺の言葉を遮った。


『異世界人の存在。組織的な偵察活動。そして、侵攻の可能性。それらを、高校生二人の証言だけで信じろとは言えない』


「分かっています」


『次の新月に、対策室が何を確認するか。まずは、その結果を待ちましょう』


氷室の判断は冷静だった。


俺が同じ立場でも、そうする。


『政府職員による正式な報告が上がったら、改めて連絡してください』


「そのときは、政治家との会合を用意してもらえますか?」


『証拠の内容次第です』


「分かりました」


『では、次の新月のあとに』


それだけ告げて、氷室は通話を切った。


携帯を耳から離す。


氷室との接点は作った。


あとは、対策室の二人が異世界人を確認できるかどうか。


次の新月に、すべてがかかっている。



◇


六日後。


新月の夜。


俺たちは、廃ビルから少し離れた建物の一室に集まっていた。


室内の明かりは落とされ、窓には暗幕が掛けられている。


壁際には、複数のモニターと観測機器が並んでいた。


ここにいるのは、俺と安心院。


対策室の宮坂と高木。


それから、非能力者の技術職員が二人。


廃ビルの出入口や通路には、対策室が異客の観測用に開発した薄型の圧力センサーが隠されている。


姿を認識できなくても、そこを歩けば重量と移動した位置が記録される。


「私も準備するね」


安心院の足元へ、緑色の召喚陣が広がった。


光の中から伸びた何本もの蔓が、窓の隙間から外へ出ていく。


道路脇の植え込み。


歩道の隙間。


廃ビルを覆う蔦や、周辺に生えた雑草。


元からある植物へ紛れ込むように枝分かれし、幹線道路や橋の周辺まで広がっていった。


「そんなに遠くまで分かるんですか?」


高木が尋ねる。


「細かいことまでは無理です。でも、誰かが近くを歩けば、大体の位置と人数は分かります」


宮坂も窓際の椅子へ座り、灰色の召喚陣を展開した。


現れたのは、一羽の梟。


技術職員が、その身体へ小型カメラを取りつける。


宮坂が目を閉じると、梟はわずかに開けられた窓から音もなく飛び立った。


モニターの一つに、梟から送られてくる映像が表示される。


ただし、異世界人が映っていても、非能力者には認識できない可能性が高い。


映像の目的は、対象が起こした物理的な変化も含め、現場の状況を記録することだった。


俺たちは、言葉を交わさずに待った。


人気のない夜道。


遠くを走る車の明かり。


風に揺れる街路樹。


しばらくして、安心院の表情が変わった。


「来たよ」


「人数は?」


「六人。前より増えとる」


梟が高度を下げ、廃ビルへ近づいていく。


宮坂の眉が、わずかに動いた。


「……見えました。六人です」


俺と安心院も、モニターへ目を向ける。


暗い色の服。


身体の一部を覆う、見慣れない形の防具。


腰へ提げた武器らしきもの。


半年間、何度も遠くから見てきた姿だった。


「間違いありません。これまで、この街を調べていた連中と同じです」


「服も装備も、前に見た人らと同じやね」


全員の服装には、共通した特徴があった。


襟元の留め具。


腰回りの装備。


防具の構造。


細かな違いはあっても、同じ組織の装備だと考えるのが自然だった。


高木が、俺たちの提出した画像と六人の姿を見比べる。


「二名は、過去の画像に映っている人物と同一だと思われます。残る四名も、服装と装備の形式が一致しています」


その一方で、非能力者の技術職員たちは、困惑したようにモニターを見つめていた。


「どこですか?」


「画面中央。廃ビルの入口前です」


高木が指を差す。


けれど、技術職員の視線は、六人の姿を捉えることなく通り過ぎた。


「……私には、誰も見えません」


その直後、別のモニターから電子音が鳴った。


廃ビルの入口に仕掛けた圧力センサーが反応している。


画面上に、光点が一つ現れた。


二つ。


三つ。


そして、六つ。


人間一人分の荷重を示す反応が、次々と廃ビルの中へ入っていく。


技術職員の表情が強張った。


「確かに、何かが歩いています」


「記録を保存してください」


高木が告げる。


「私たちが確認している六名の位置と、センサーの反応は一致しています」


六人は廃ビルの中で短く言葉を交わすと、二人ずつ三組へ分かれた。


一組は屋上へ向かい、高い場所から市街地全体を観測する。


一組は幹線道路へ移動し、道路の幅や交通量を調べ始めた。


残る一組は橋へ向かい、その構造や接続する道路を記録している。


指示を出す者。


周囲を警戒する者。


器具へ情報を記録する者。


言葉は、ほとんど交わしていない。


動きを見るだけで、訓練された集団なのは明らかだった。


安心院が、周辺へ広げた植物を通して三組の位置を捉える。


その報告に合わせ、梟が順番に対象の姿を確認していった。


固定カメラの映像にも、草が踏まれ、砂利が沈み、空き缶が何かに蹴られて転がる様子が残されている。


以前より、調査内容が具体的になっていた。


街全体を眺めているだけじゃない。


大勢をどの道から進ませるか。


どの場所なら、妨害を受けずに移動できるか。


そのために必要な情報を集めている。


二時間ほど経った頃。


「三組とも、廃ビルへ戻ってきたよ」


安心院の言葉どおり、六人が廃ビルへ集まった。


それぞれが持ち帰った情報を、一つの器具へ集約しているように見える。


そのとき。


一人が動きを止め、夜空を見上げた。


視線の先には、宮坂の梟がいる。


「気づかれたかもしれません」


宮坂が呟く。


梟が高度を上げる。


異世界人はしばらく夜空を見つめたあと、仲間へ何かを告げた。


六人は素早く器具をしまい、別々の方向へ散開する。


「追跡しますか?」


俺が尋ねる。


宮坂は一瞬迷ったあと、首を横へ振った。


「いいえ。存在と活動内容は確認できました。これ以上は危険です」


俺たちは、戦うために来たわけじゃない。


やがて六人は、安心院が植物を広げた範囲からも姿を消した。


どこへ戻ったのか。


どこから、この世界へ出入りしているのか。


そこまでは分からなかった。


宮坂が視覚共有を解き、ゆっくりと目を開ける。


高木は、保存された映像とセンサーの記録を確認した。


「映像と荷重の記録、どちらも保存できています」


それを聞いた宮坂が、俺へ顔を向ける。


「橘君」


「はい」


「あなた方の報告は、事実でした」


室内へ、重い沈黙が落ちた。


誰も、喜んではいなかった。


◇


現地調査の翌日。


俺たちは再び、特異事象対策室の会議室へ集まった。


机の上には、宮坂と高木が作成した報告書が置かれている。


『人間型異世界存在に関する現地調査報告』


表紙には、二人の署名と対策室の印があった。


報告書には、昨夜確認された事実だけが記されている。


能力者四名が、人間に酷似した六名の存在を同じ位置に確認したこと。


非能力者には、肉眼でも撮影映像の中でも、その姿を認識できなかったこと。


圧力センサーには、目撃人数と一致する六人分の荷重と移動経路が残されたこと。


対象が三組へ分かれ、市街地や交通網を組織的に調査していたこと。


さらに、六人のうち二人は以前にも確認されており、残る四人にも服装や装備の共通点が認められた。


特異事象対策室は、俺たちが半年間追ってきた異世界人の存在を正式に認めた。


ただし、それでも侵攻が決まったわけじゃない。


奴らが何者なのか。


どこの世界から来たのか。


何を目的としているのか。


推測を排した報告書には、そこまで書かれていなかった。


それでも、高校生二人の証言が、政府機関による正式な調査結果へ変わった意味は大きい。


「もう一つ、お見せしたいものがあります」


田中が部屋の照明を落とした。


正面のモニターへ、防犯カメラの映像が映し出される。


日付は半年前。


俺たちが黒ずんだ金属片を発見する、前日の夜だった。


「提出された金属片と発見場所の情報をもとに、周辺の映像を調べ直しました」


無人の道路。


街灯に照らされた歩道。


やがて、画面の奥から一人の男が歩いてきた。


その姿は、はっきりと映っている。


能力者だけじゃない。


田中や技術職員にも見えていた。


「この人……普通に映っとるね」


安心院が小さく呟く。


男は、昨夜の六人とよく似た服装をしていた。


襟元の留め具。


腰回りの装備。


身体の一部を覆う防具。


まったく同じものではない。


それでも、共通する技術で作られていることは分かる。


男が画面の端へ近づく。


それを追うように、防犯カメラの映像が横へ動いた。


自動追尾機能が男を検知し、画面の中央へ捉え直したんだ。


男が足を止める。


顔を上げ、まっすぐにカメラを見た。


次の瞬間。


右手の五本の指が、不自然なほど長く伸び始めた。


黒く染まりながら折れ曲がり、互いに絡み合っていく。


指の境目が消え、一本の細長い銃身を形作る。


同時に手のひらも変形し、黒い金属のような質感へ変わっていった。


数秒後。


男の右手は、手首から先だけが自動小銃のような形になっていた。


「召喚陣がない……」


宮坂が呟く。


武器を呼び出したわけじゃない。


五本の指を伸ばし、手そのものを武器へ変えたんだ。


男が右腕を上げる。


黒い銃口が、まっすぐにカメラへ向けられた。


銃身の奥に、白い光が集まる。


直後。


一本の光線が放たれた。


画面が白く染まり、映像が途切れる。


「映像は、通信回線を通じて外部の記録装置へ保存されていました」


田中が説明する。


「当初は、能力者による器物損壊事件として処理されかけたようです。しかし、この人物に該当する能力者は、国内の記録から見つかりませんでした」


昨夜の六人は、田中たちから認識されなかった。


けれど、この男は違う。


違いがあるとすれば、一つ。


この男は、能力を持っている。


おそらく、奴らもこの一件で気づいたんだ。


能力を持つ者は、この世界の非能力者や監視装置からも認識される。


だから、それ以降の偵察には、能力を持たない者だけを送り込むようになった。


昨夜、梟の存在に気づいた六人が、すぐに撤退したのも同じ理由だろう。


自分たちを認識できる存在が、こちらの世界にもいる。


その可能性を、警戒している。


「そして、映像が撮影された場所の近くで、翌朝発見されたものが――」


田中が、机の上へ小さな容器を置いた。


中に入っているのは、黒ずんだ金属片。


俺たちが半年間、調べ続けてきたものだった。


画面には、男の手が変化する瞬間が拡大表示される。


黒い欠片が一つ、地面へ落ちていた。


「回収された金属片と、形状が一致します」


金属片の内部から、人間に酷似した細胞が見つかった理由。


やはり、これは装備の一部じゃない。


能力によって変化した、異世界人の身体の一部だった。


「映像の人物と、昨夜確認された六名の服装や装備には、複数の共通点があります」


宮坂が報告書へ目を落とす。


「同じ組織に所属している可能性が高いと判断します」


ようやく、証拠が一本の線で繋がった。


手を銃へ変える男の映像。


その身体から剥がれ落ちた金属片。


半年間にわたる、安心院と俺の調査記録。


昨夜の映像と圧力センサーの反応。


対策室に所属する能力者二名による目撃証言。


異世界人は、すでにこちらの世界へ来ている。


組織的に行動し、この街の道路や橋を調べている。


それはもう、俺たちだけの推測じゃない。


政府機関が確認した事実になった。


俺は、その日のうちに氷室へ連絡した。


◇

それから数日後。


俺と氷室は、国会議員会館の一室にいた。


向かいに座っているのは、一人の女性。


能力者分離派の与党幹部――樽泉清美(たるいずみ・きよみ)。


六十歳を迎えた今も政界の第一線に立ち、党内に強い影響力を持つ人物だ。


落ち着いた色のスーツ。


姿勢よく椅子へ座り、俺たちへ鋭い視線を向けている。


隣にいる氷室は、黒髪を後ろへ撫でつけ、黒いスーツを隙なく着こなしていた。


細い眼鏡の奥にある目は、穏やかにも、冷たくも見える。


二十三歳とは思えないほど、政治家と向き合うことに慣れていた。


「異世界からの侵攻、ね」


樽泉が、机の上に置かれた報告書へ視線を落とす。


「ずいぶんと大きな話を持ってきたものね」


「まずは、こちらをご覧ください」


氷室が、用意していた端末を操作した。


半年前に撮影された映像が流れる。


夜の道路を歩く男。


防犯カメラがその姿を検知し、自動で向きを変える。


男はカメラの動きに気づき、顔を上げた。


右手を、黒い銃へ変化させる。


閃光。


そこで映像が途切れた。


樽泉の表情から、わずかに余裕が消える。


続いて表示されたのは、男の身体から剥がれ落ちた金属片の分析結果。


そして、宮坂と高木が作成した現地調査報告書。


廃ビルに設置した圧力センサーが、映像上は何もいない場所から六人分の荷重を検出した記録。


その反応と同じ位置に、対策室に所属する能力者二名が、人間の姿をした存在を確認している。


氷室は、順番に資料を提示していった。


すべてを確認したあと、樽泉が口を開く。


「手を銃へ変えた男は、確かに普通の能力者とは違うように見える」


細い指が、報告書の表紙を叩く。


「けれど、現地調査で確認された六人は、私には見えない」


「見えないことと、存在しないことは同じではありません」


俺は答えた。


樽泉の視線が、俺へ向けられる。


「対策室に所属する能力者二名が、同じ場所に同じ人数を確認しています。圧力センサーにも、六人分の荷重と移動経路が記録された。過去の映像に残された人物や、金属片との繋がりもあります」


「異世界人が存在することについては、認めてもいいでしょう」


樽泉は、そこで言葉を切った。


「ですが、それが侵攻の証拠になるの?」


「直接的な証拠にはなりません」


「ずいぶん正直なのね」


「ここで誤魔化しても、意味がありませんから」


異世界人が来ている。


組織的に行動している。


こちらの地形や交通網を調べている。


ここまでは事実だ。


その先に侵攻があるというのは、俺の推測にすぎない。


「彼らが調べているのは、道路の幅、橋の構造、時間帯ごとの交通量、それに警察や消防の動きです」


俺は、半年間の記録を樽泉の前へ置いた。


「最初は、この地域全体を眺めているだけでした。ところが、活動する人数と頻度が増え、調査対象も絞られている」


「それが?」


「数人が、この国で暮らすために必要な情報だと思いますか?」


樽泉は答えなかった。


「彼らが調べているのは、自分たちがどう動くかじゃない。後から来る大勢を、どの道から進ませるかです」


「それでも、侵攻がいつ起きるかまでは分からないでしょう」


「一年以内だと考えています」


樽泉の眉が、わずかに動いた。


「根拠は?」


「情報には、鮮度があります。危険を冒して集めた情報を、何年も先まで放置するとは考えにくい。それに、奴らの活動は月を追うごとに加速しています。人数を増やし、現れる日数も増やし、以前より詳細な情報を集めている」


何が向こうを急がせているのかは分からない。


向こうの世界で、何が起きているのかも分からない。


「彼らには、待つ余裕がない。そう見えます」


部屋に沈黙が流れた。


樽泉は腕を組み、椅子へ深く背を預ける。


「仮に、あなたの推測が正しいとして」


口調は冷静だった。


「私に、能力者を信じて協力しろと言うの?」


この人は、能力者を非能力者から分離し、特区の中で管理しようとしている。


能力者と非能力者は、そのままでは共存できない。


そう考えている政治家だ。


その樽泉に、能力者と協力して戦えと言っている。


「いいえ」


俺が答えるより先に、氷室が口を開いた。


「能力者と協力することと、能力者を信用することは別です」


樽泉が、氷室を見る。


「信用できないからこそ、政府がその能力と所在を把握し、明確な指揮命令系統へ組み込むのです」


氷室は、淡々と言葉を続けた。


「国家の危機に対して、管理された戦力として適切に運用する。それならば、能力者を管理するという、あなたのお考えにも反しないはずです」


樽泉は何も答えなかった。


氷室は、その沈黙を肯定と受け取ったように言葉を続ける。


「特区計画が成功すれば、あなたは能力者と非能力者を分け、双方の安全を確保した政治家として名を残すでしょう」


氷室は、わずかに微笑んだ。


「しかし――」


眼鏡の奥の目が、樽泉を捉える。


「能力者特区を作った政治家と、能力者を運用し、異世界から日本を守った政治家」


穏やかな声だった。


それなのに、一言一言が、はっきりと響いた。


「歴史に残るのは、どちらでしょう」


樽泉の指が、机の上で止まった。


氷室は返事を急がせない。


俺も黙っていた。


しばらくして、樽泉が小さく息を吐く。


「ずいぶんと露骨な口説き文句ね」


「遠回しに申し上げるより、お好みかと思いまして」


「それは正しいわ」


樽泉の口元へ、わずかな笑みが浮かんだ。


映像の止まった端末。


特異事象対策室の報告書。


俺たちが半年間かけて集めた記録。


その一つ一つへ、改めて視線を向ける。


「あなたたちは、特区計画を延期したと思ったら、今度は異世界から軍隊が来ると言うのね」


樽泉は呆れたように息を吐き、机の上の資料を一つにまとめた。


「あなたたちの推測を、すべて信じたわけではありません」


「構いません」


「異世界人の存在を認めても、侵攻が起きるとは限らない。大規模な対策を始めれば、相応の予算と人員が必要になります」


樽泉の指が、報告書の表紙をゆっくりとなぞる。


「何も起きなければ、私は存在しない敵に税金を使った政治家になる」


「それでも、何かが起きてからでは遅い」


「ええ。そして本当に侵攻が起きれば――」


樽泉が顔を上げた。


その目は、すでに何手も先を見ているようだった。


「準備を主導した者が、この国を救ったことになる」


氷室の口元に、わずかな笑みが浮かぶ。


樽泉は、俺へ鋭い視線を向けた。


「橘修二。あなたの集めた情報と、今後得た情報は、すべて私にも提出してもらいます」


「政府内の調整に必要だからですか?」


「それだけではないわ」


樽泉は否定しなかった。


「各省庁が別々に動けば、情報も功績も分散する。指揮系統は一つにまとめるべきでしょう」


国を守るため。


そう言われれば、間違った話ではない。


けれど、この件の主導権を自分の手元へ集めるつもりなのも明らかだった。


「それから、協力可能な能力者の一覧も必要ね。能力の性質、実戦経験、召力の規模。政府の指示に従えるかどうかも含めて」


「能力者を、国家の兵器として扱うつもりですか?」


俺が尋ねると、樽泉の表情がわずかに冷たくなった。


「異世界から軍隊が来るのでしょう?」


その声に迷いはない。


「使える力を使わず、国民を危険へ晒すほうが無責任ではなくて?」


能力者と協力する。


それは、能力者を対等な存在として認めることと同じではない。


この人にとって能力者は、国家が把握し、管理し、必要な場所へ配置する戦力だ。


「勘違いしないでください」


樽泉が続ける。


「今回、能力者の力を借りることと、特区構想を撤回することは別の話です」


「分かっています」


「なら、結構です」


話をまとめようとするように、樽泉が資料へ手を伸ばした。


「待ってください」


俺は呼び止めた。


樽泉の手が止まる。


「まだ、何かあるの?」


「侵攻へ備えるうえで、決めておきたいことがあります」


「言ってみなさい」


「能力者が戦っている姿を、政府が記録してください」


樽泉の眉が、わずかに動いた。


「記録?」


「映像でも、写真でも構いません。誰が、どこで、何を守ったのか。能力を何のために使ったのか。あとから国民へ説明できる形で残してほしい」


「ずいぶん先のことを心配するのね。まだ、侵攻が起きると決まったわけでもないのに」


「起きてから考えたんじゃ、遅いんです」


俺は、机の上に置かれた端末へ目を向けた。


映像に残るのは、結果だけだ。


炎。


爆発。


崩れた建物。


傷ついた人間。


誰が何を止めるために戦ったのかは、映像だけでは伝わらない。


「能力者が人目のない場所で異世界人と戦えば、あとに残るのは、能力によって壊された街だけです」


一般の人間には、敵の姿が見えない可能性が高い。


そうなれば、能力者が誰もいない場所へ炎や岩を放ち、街を破壊したようにしか見えない。


「何の説明もなければ、能力者が街を襲ったと思われるかもしれない」


樽泉は何も言わず、俺を見ている。


「だから、政府が能力者と協力していた事実を残してください。能力者が命令を受けて戦ったこと。市民を守ったこと。異世界から来た敵と戦ったことを、公表できるようにしてほしい」


「能力者を英雄として報道しろと?」


「事実を隠さないでほしいと言っています」


樽泉の目が、わずかに細められた。


「あなたの本当の目的は、そちらかしら」


「侵攻を止めることが先です」


俺は答えた。


「ただ、そのあとに能力者への恐怖だけが残れば、次は国内で争いが起きるかもしれない」


異世界人を退けても、能力者と非能力者の対立が激しくなれば、守ったことにはならない。


「能力者が社会の敵じゃないことを、示せる機会にもなると考えています」


「つまり、私の力を使って、能力者への世論を変えたいのね」


「あなたも、俺たちを使って実績を作るつもりでしょう」


一瞬、部屋の空気が張り詰めた。


氷室が、眼鏡の奥から俺を見る。


けれど、止めようとはしなかった。


やがて。


樽泉が、小さく笑った。


「高校生にしては、随分と政治を分かっているじゃない」


「兄を見てきましたから」


「なるほど」


樽泉は指先で机を軽く叩く。


「いいでしょう。対策を進めるなら、現場の記録班と、情報を公表するための体制も用意します」


「では――」


「ただし」


樽泉が俺の言葉を遮った。


「発表するのは、能力者が勝手に日本を救ったという物語ではありません」


鋭い視線が、俺と氷室を順番に捉える。


「政府が危機を把握し、能力者を組織し、適切に運用した。その結果として国民を守った――そういう形です」


政府の管理下で、能力者が力を使った。


樽泉にとっては、それが重要なんだ。


能力者が自発的に戦ったとなれば、管理されていない強大な力が存在することを証明してしまう。


反対に、政府が能力者を運用したことにすれば、特区構想とも矛盾しない。


「能力者が市民を守った事実も、公表されるんですね」


「必要な範囲でね」


「必要な範囲とは?」


俺がすぐに問い返すと、樽泉の眉がわずかに動いた。


「政府が異世界からの侵攻を確認したこと。政府と能力者が共同で対処したこと。そして、能力者が市民の救助と防衛に貢献したこと」


樽泉は、指を折るように一つずつ挙げていく。


「ここまでは公表します。ただし、参加した能力者の氏名や能力の詳細、作戦内容については別です。安全保障上の問題があれば、伏せることもあります」


「能力者が守ったという事実そのものを、伏せる可能性は?」


「ありません」


今度は、樽泉が即答した。


「それを隠してしまえば、能力者を適切に運用して国を守ったという、私の実績にもならないでしょう?」


樽泉の口元へ、薄い笑みが浮かぶ。


善意から出た約束ではない。


だからこそ、信用できるのかもしれない。


能力者がこの国を守ったという事実は、樽泉自身の功績と結びつく。


自分のためにも、なかったことにはできない。


「分かりました」


俺は頷いた。


すべてを望める相手ではない。


それでも、能力者が敵ではなく、この国を守る側として報道される道は確かに作れた。


樽泉も、そこで椅子から立ち上がる。


「まずは、関係省庁との非公式協議を始めます。警察、防衛省、消防。それから、特異事象対策室の体制も見直す必要があるでしょう」


「ありがとうございます」


氷室が頭を下げる。


「礼を言うのは、まだ早いわ」


樽泉は資料を抱え、俺たちを見下ろした。


「国が滅びれば、政治的な実績も何も残りません。だから私は、この国を守ります」


そこで一度、言葉を切る。


「そして、守った者の名前が歴史に残るというのなら――その役目を、他人へ譲るつもりもありません」


国家のため。


自分のため。


この人の中では、その二つは矛盾していないらしい。


樽泉は、部屋の出口へ向かった。


扉の前で、一度だけ足を止める。


「橘修二」


名前を呼ばれ、顔を上げる。


「あなたの推測が外れれば、私は余計な仕事を背負わずに済む」


樽泉が、わずかに口元を緩めた。


「当たっていたなら、必ず役に立ってもらいます。あなたにも、能力者たちにも」


そう言い残し、樽泉は部屋を出ていった。


扉が閉まる。


しばらくして、氷室が眼鏡の位置を直した。


「これで、政府は動き始めます」


「完全に取り込まれましたね」


「政治家を動かすというのは、そういうことです」


氷室は平然と答えた。


「こちらが利用する以上、向こうにも利用される。それを承知で、あなたは樽泉議員へ話を持ち込んだのでしょう?」


「ええ」


気に入らない部分はある。


それでも、今は樽泉の力が必要だった。


能力者を管理し、自分の実績にしたい樽泉。


サモンズと政治家の繋がりを維持したい氷室。


異世界からの侵攻を止め、能力者は世界を守れると証明したい俺たち。


目的は違う。


互いを信用しているわけでもない。


ただ、迫り来る脅威へ備えるという一点だけで、今は利害が重なっている。


兄が作った繋がりを、今度は俺が使う。


手を取り合ったわけじゃない。


同じ方向を向いたとすら、言い切れない。


それでも、国を動かすには十分だった。


俺たちはようやく、迫り来るものへ備えるための最初の一歩を踏み出した。

氷室の挿絵です


https://x.com/circle_circle_n/status/2111790260153991636?s=46&t=xzJG-M85RUi4ZRJbbbJJAQ

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