第106話 運命の朝。
昇のスピーチも変わっていた。
私は今までのものでとリクエストしていたのに、変わっていて驚いてしまう。
[俺達は本当に長い時間をかけてようやくここまで来られた。それはかなたのおかげ、無自覚に傷つけてきた事も沢山あったのに、それでも何があってもかなたが俺を見捨てずにいてくれた事。どれだけ感謝をしてもしたりない。
小学校、中学高校大学と全部を一緒に過ごしてくれた。でも依存なんてお互いにしなかった。
それはかなたがやってくれたからで、俺1人では何も出来なかったと思う。沢山の友達と沢山の恩師、沢山の人たちに祝って貰えるのもかなたのおかげ。
本当にありがとう]
この変わっていた部分を聞いた時に、私は驚いてしまうし泣いてしまう。
言葉だけなのにこんなに嬉しい。
150年の戻された時間がまた一つ報われた。
泣いてしまう私に、真由さんや美咲達が「かなちゃん。かなちゃんも昇くんにコメントしてあげなよ」、「かなた。なんか返事してあげなって」、「そうだよかなた」と言ってくれて、昇がマイクを渡してくれる。
「昇、私こそありがとうだよ。本当に長い時間だったね。努力家で我慢強くて優しくて、無理してでも頑張って、自分の事より周りの事を優先する。全部知ってるよ。私は頑張って昇の夢のお手伝いをするから、心のままに頑張って。でも寂しくなっちゃいそうな時は甘えるから受け入れて。そして私からしたら私は何もしてないよ。全部昇のおかげだよ」
話しながら視線の端に今まで居なかった春香がいる。
春香は図々しく貰い泣きをしていて、170年の苦労はお前のせいだとこんな時なのに思ってしまう黒い私がいる。
【それもあなたよ。おめでとう。幸せになりなさい】
幻聴かと思ったが、大樹珈琲のお婆さんの声が聞こえた気がした。
でも気のせいは信じられず、素直に黒い私も受け入れた。
私は出産までの間に昇に甘え倒して時間を1秒も無駄にしなかった。
神様は凄い。
本当に生まれた時間も体重も何もかも同じにしてくれる。
かつて私は昇に「世界のどこかに全て記されていて、私たちはそれを準えるだけ」と話した事があったが、その通りかも知れない。
「やっと会えたよ薫、香。これからだね。ママ頑張るね」
私は生まれてきた2人に言葉を送ると、2人が微笑み返してくれた気がした。
「よーし!気合い入れて頑張るよ昇!」
「これから3年くらいが勝負だかなた!」
私達は何度やっても睡眠不足や疲れに勝てずにヒーヒーいうが、両親もお爺様達も居て、房子さんも助けてくれて。今回は先にママになった明日香も来てくれたり、熱暴走中の美咲が、「育児覚える」と言ってノート片手に育てにきてくれる。
それに呼応して梅子と真由さんもきてくれる。
華子さんは妊娠中。
これも前回までとは違うので、生まれてくる子供の事は何もわからない。
春香?
お祝いには来たし、「赤ちゃん可愛い」と言ったが、育児や覚えるなんて事はまだ無理だ。春香はまだまだ遊びたい盛りである。
皆の手を借りてようやく迎えた運命の日。
私と昇は緊張で眠れなかった。
起きてまた12歳だったらと震えてしまう。
夜通し昇が抱きしめてくれた。
だが無事に朝は来て、薫と香が「晴れた!」、「ママ!お弁当作って!」と寝室まで呼びにくる。
「昇、来れたよ!運命の朝!」
「うん。やっとだよかなた。ありがとう」
私達は喜びで4人で抱き合って遅刻しかけてしまう。
それでも薫と香、昇のリクエストに沿ったお弁当を作って運動会を迎えた。
茂くん達も皆きてくれる。
薫と香は平凡な結果しか残せないが、昇やお爺様が「頑張ったならよし!」、「何にも恥ずかしい事はねぇ!格好つけて負ける前から言い訳三昧だったり、本気を出さねえ奴の方が万倍恥ずかしい!努力を誇れ!」と拍手喝采で薫達は笑顔だった。
昼食は気をつけたが、やはり昇は昇で、食の細いよその子に、食の大切さを教えながらお弁当を分ける。好き嫌いの激しい子にも鬼の昇が出てきて「まず食べろ、そして何が嫌かをキチンというんだ。話はそれからだ」と迫る。
前回もいたのかわからないが、薫と香の同級生に、あの女子マネ山吹の子供がいた。
食べず嫌いの子に迫る昇を見て、「楠木さん?かなたさん?」と声をかけられて、真由さんが「あれ?山吹?」と反応をした。
山吹さんは案外情報通で、私達が知らない18歳から先の優雅と一木の話を聞かせてくれた。