第103話 レモンの悪魔。
昇は照れて頭をかきながら、「いやぁ、こんな学校に乗り込んできて、食べさせてくださいなんて言えないヨォ」と言うと、茂くんが「昇?他校で怒鳴り散らせるのに、レモン漬けを食べたいって言えないのか?」と聞き返す。
名残惜しそうに「言えないヨォ…そんな真似は東中の恥だって」と言う昇に、真由さんが「言ってあげようか?同じクラスの子もいるから頼めるよ?」と聞く。
「真由さんマジで!?欲しい!」
「ふふ、楽しいねぇ。ありがとね昇くん。茂と来てくれて嬉しかったよ」
真由さんは「おーい、山吹ーっ!」と女子マネの子に声をかけて事情を伝えると、サッカー部の男子達も持て余し気味だったので助かったと昇を見る。
レモンアタックくんと優雅は露骨に嫌そうな顔をしたが、昇は二重人格者のようにニコニコ顔でレモン漬けを食べると「美味い!」と喜ぶ。
「これ、もしかして漬ける前に刃を入れてるの?」と聞いて、山吹と呼ばれた子が「うん。そうした方が馴染むのが早いって」と返すと、「すげぇ。茂、やっぱりこっちのサッカー部が強いのは、このレモン漬けかもしれないな。東中でもやろうぜ」と昇が言う。
茂くんが「ばーろー、ウチはこういうのやんないだろ?」と言うと、昇は「未来の生徒会長、なんとかしろって」と言って、「真由さんの彼氏の小岩茂は、未来の生徒会長だからよろしく」と挨拶をする。
否定しない茂くんが「お前もなんかやれよ昇!」と言うと、昇は「えぇ?農林水産大臣とか、給食の食材の仕入れとかなら興味あるけど、別に俺がなっても能力活かせねーからパスかなぁ」なんて言って笑っていた。
ムービーはここで終わっていて、房子さんに呼ばれて小岩家での上映会に行って、初めて見た私は、「昇?目論見的には何点?」と質問をして、真由さんが「へ?何かあったの?」と聞いてくる。
「うん。元々は真由さんの為に彼氏だと宣言する茂くんが見られて、無双する会で、最後は茂くんが真由さんにキスする設定だったけど、昇と話すうちに、優雅と一木を牽制するのにも使う事にしたんだよ」
そう、これは効果がいろんな方面で絶大で、私は少しだけモヤっとした。
噂はあっという間に駆け巡り、先生達から聞かれる前にムービーは学校に提出する。
「相手さんも不問に処してくれたが、やりすぎだぞ」
「はーい」
「すんません」
優等生の2人が他校に乗り込んでいく。
茂くんは運動会にも来ていた年上の彼女の為、昇は茂くんが問題を起こさない為に行ったはずなのに、レモンの為に怒るレモン魔人となっていた。
それは世論も味方してくれて、不問どころか給食室の皆さんからも、食育としてとても大事と感謝までされる。
持って行ったムービーが観たいとなり皆で見ると、美咲や梅子は「うわ…、真由さんよりレモンじゃん」、「土下座レモンの彼、心に傷を負ったんじゃない?」なんて言っているが、問題は春香だった。
ムービーを両親に観てもらいたいと言い出す。
「お願い茂くん!かなた!お父さん達と話せる話題が昇達の事しかないの。仲直りしたいの」
確かに運動会なんかではニコニコ笑顔だったが、春香のテンションを見れば、よそ行きなのはすぐにわかる。
昇は甘いもんで「別にレモンの大事さしか伝わんないと思うけど、いいんじゃね?」なんて言い、次の週末には昇は春香の家にお呼ばれをする。
しかも春香からではなく、両親からのお声かけで、「んー、かなた達と行っていいなら」と昇が言い、茂くんと真由さんと私、それと予定が空いていた美咲と堀切くんで行くと、ご馳走が待っていて、ホームパーティに強制参加させられる。
開始早々コピーされていたムービーを観ながら、泣いて感謝を告げてくる春香の両親。
「昇くん!よく言ってくれたよ!そうなんだ!そうなんだよ!」
「大切に育ててきた娘を滅茶苦茶にされて、ハラワタが煮えくりかえる気持ちだったの!」
あの魂の叫びは、優雅の被害者達に見せたら皆頷くだろう。
「胸がすく思いだったんだ!お礼がしたくてね!」
「食べて!お腹いっぱい食べて!昔喜んでくれたものを作ったのよ!」
涙ながらに伝える春香の両親。
春香はテンションが上がって、「昇、ありがとう。昇のムービーを観てから、お父さん達が笑顔なの」と言って泣いている。
そんな春香を見て「自業自得の自覚あるのか?」と茂くんがツッコミ、「バカだねぇ」と真由さん、「レモンは食べる人間を選べないけど、春香は拒否できたのにしなかったじゃん」と美咲が言って、堀切くんが頷く。
私と言えば、内心穏やかではない。
春香とは何もないと言ってくれているし、学校でも特に何もないし、昇はキチンと気持ちを表してくれるし、私を第一に考えてくれている。
それでも今回が最後だと思うと穏やかではいられない。
やれる事は、どれもひと口ずつ食べて、同じ料理で上被せる為に味付けを覚える事だ。
昇は「仲直りできて良かったよ」のひと言でサラッと済ますと、「かなたー、この白和えも覚えてくれー」と言って勧めて来ながら、「真由さん、学校大丈夫?悪く言われたりしてない?」と聞くと、真由さんは笑いながら「平気だよ。茂はイケメン彼氏で、皆に羨ましがられたし」と言ってから困り笑顔で私を見る。
「真由さん?」
「かなちゃんごめんね。昇くんはレモンの悪魔ってあだ名がついちゃって、レモンを大事にしないと、東中から悪魔が来るって言われてるんだ」
レモンの悪魔
これまた三津下さんが喜びそうな名前だ。
話を聞いていた昇は「レモンや食材さえ無事なら俺はなんでもいい」と意に介さない。