幕間
「ライトニング!」
発声とともに生じた雷撃が、使用者の意のままに雷の速さで眼前の岩へと突き刺さる。激しい音や発光現象を伴いながら、被弾した箇所にはひび割れが起きる。そのヒビはすぐに全体に亀裂を作り、元の形を崩壊させた。
その結果を確認すると、ふぅーと息を吐いて、それを為した人物は額をローブの袖で拭った。
「まっ、こんなものかしらね」
その人物、エミリス・レーンフィルはそう独りごちると、自分の魔法で破壊された岩だったものから視線を切った。それから改めて周囲へ視線をぐるりと回し、やや疲れた足取りで帰途につく。
人影の無くなったその場所には、魔法によって破壊尽くされた自然だけが取り残された。
カラッソを襲った魔物の襲撃は、それを撃退したハンターたちの懐を温めるとともに、魔物狩りとしての活動の休止を余儀なくさせた。大規模な討伐作戦により、周囲一帯の魔物の総数が著しく減少したためだ。いかにハンターと言えど、狩るべき対象がいなければハンターではいられない。これもまた魔物襲撃後の地域では当たり前のことであった。
ただハンターの中には、魔物の激減によりこれ幸いと奥地を目指す者や、希少な鉱物や植物の収集に躍起になる者たちもいた。更にそこへ襲撃で稼ぎ損ねた者たちや、たかだか数日程度で報酬を使い果たした散財者などが加わる。決して全てのハンターが活動を休止したわけではなかった。
そのような例外は除くにしろ、やはり全員が休暇を満喫するわけではない。日課の鍛錬に精を出す者を始めとして、間近で見た実力者に刺激を受けた者や、己の実力不足を痛感した者などは、この休暇中も自身を鍛えることをやめなかった。
青髪の魔法使いエミリスも、そうした中の一人であった。
数日間、街中に充満していたお祭りムードは既に鳴りを潜め、カラッソは以前の雑然とした平常を取り戻していた。まだハンターたちの活動は本格的な再開を果たしていないため、以前を知る者にとってはやや物足りなさを感じさせるものの、それでも時間が経つにつれて活気や賑わいは徐々に上向いていた。
鍛錬から帰還したエミリスは、そんな街の変化を感じ取りながら、大通りの街並みを横目にして通り過ぎる。そして少し遅くなった昼食を済ませる為に、目抜き通りから少し外れた場所にある露店に立ち寄り、そこで焼いたパンに野菜と魔物の肉を挟んだサンドイッチを数個と、極僅かな魔力回復効果のある甘飲料を買って、足取り軽くしてある場所へ向かった。
彼女が向かったのは街の中心よりやや東側、商業区の中に位置する建物である勇聖教の教会だった。エミリスはチラホラといる往訪者たちに混じって、自分もその中へと入った。そして勝手知ったる足取りで奥へと進み、そこにいる一人の人物に声をかけた。
「やっほ。来たわよリリンダ」
エミリスの目の前にいるのは、勇聖教の平服を身に纏ったリリンダであった。
プラウスからリナの身柄を預かったエミリスは、あのあと避難したリリンダたちと合流していた。そこで自分が知る限りのことを彼女へ話し、その後は泣き出した彼女に付きっ切りとなった。
街を襲った魔物が無事駆逐され非常事態態勢が解かれてからは、パーティーメンバーと連絡を取るため単独行動を始め、一ハンターとして事後処理の一助を担った。
そして犠牲者の追悼や、祭りの際にもちょくちょく彼女と子供達の前に姿を見せることで、傷心していた彼女たちの支えとなるよう行動していた。リシアが亡くなり当初どうしようもなく落ち込んでいたリリンダも、エミリスを始めとした周囲からの支えや、自らの役割と責任を思い出ことで、程なくして立ち直れた。
そうして難事を乗り越え仲を深めた彼女たちは、事件の後もこうして親しく顔を突き合わせる関係となった。
「リリンダはもう昼食食べた? ないなら私と一緒しましょ。あっても勝手に居座るけど」
「いえ、まだです。それと昼食の用意も出来ていなくて」
「それならあんたの分も買って来たわ」
「まあ、それでは私はお茶でも淹れて来ますね」
そう言ってリリンダは席を立つと、すぐにカップと湯気を吐き出すポットを盆に乗せて戻って来た。着席した彼女にエミリスは軽く礼を告げて、リリンダも「ありがとうございます」と、手渡された紙袋を受け取った。
二人は手の中のパンを味わいながら、ひとときの休息を楽しんだ。
やがて食事が終わり、食後の団欒といった風に、二人は互いの近況を話し合った。
「どうなの。もう今の仕事は慣れたりした?」
「そうですね。ホーエン主任司祭も良くしてくださいますし、苦労はそれほどないです。ただ、子供達のそばにいられないのは、少し寂しく感じますね」
リリンダはそう口にして苦笑した。
司祭であるリシアが亡くなったことで、一時的にその後任を引き継ぐような形で、彼女はリシアの職務を行うことになっていた。そのためリリンダは以前のように、孤児院の子供達に付きっ切りでいるわけにはいかなかった。そのせいで子供達と接触する機会は少なくなり、彼らの間で起きた問題への対処に後手に回るようになっていた。
「……リナの身に起きた事件も、彼らの身近にいることができれば防げたかもしれません。不甲斐ない限りです」
「あれは別にあんたが悪いわけじゃないわ。それに子供達にしても、親代わりの人を亡くしたんだもの。無理ないと私は思うわ」
リシアの死のショックを最も受けたのは、当然と言うべきか親同然の人物を失った子供達だった。その悲嘆や傷心は実際の親を無くした際の比ではなく、日夜泣きやまないことが数日は続いたほどだ。事件から十日以上経った今でも、塞ぎ込んで部屋にこもりきりの子も少なくない状況だ。
そして、そんな心身に不安定さを抱えた子供達のケアが不十分だったことで、彼らの間でとある事件が起きてしまった。まるで親の仇を討つと言わんばかりに、孤児院が襲われリシアが死ぬ原因を生んだリナが襲われた。特に今回の事態を把握するだけの理解力を持った高年齢組が、彼女へのやり場のない恨みを晴らすため暴力行為を行うに至ったのだ。最終的に襲った側が負傷するという思わぬ結果に終わったものの、それによりリナは一層孤立を深め、また発覚した事実により貴族家へ里子に出されることになった。
エミリスは思う。心身ともに成熟し、ある程度の強さを持つ自分だから己に対して怒りを抱くことができた。しかしまだ小さく、無力な子供たちに、それと同じことを求めるのは酷だ。誰だって、分かり易い何かの所為にした方が楽だと思うものなのだ。
「辛いのはあんたも一緒なんだから、あんまり無理すんじゃないわよ」
「……ありがとう、エミリス」
さり気なく掛けられた励ましの言葉に、敬称を外して礼を述べるリリンダ。それにエミリスは、少し顔を赤くして顔を逸らした。そんなエミリスへ微笑ましげな視線を送ったリリンダは、空気を変えるように話題を振った。
「でもリナを引き取ってくださったのが、悪そうな方でなくて良かったです。どうやらプラウスさんに紹介された貴族家の人という話でしたが」
「えっ! あいつ貴族とも繋がりあるの!?」
初耳であると言わんばかりにエミリスは驚きを露わにした。同時にあれほどの実力者ならば、貴族の一人や二人と顔見知りであっても当然であると、ある意味で納得した。
「貴族かぁ……ついこの前まで近くにいたのに、随分と遠い存在になった気がするわね」
エミリスのハンターとしての階級は4等級だ。これは貴族からの依頼を受けるに値する実力を持っていることを意味する。しかし、流石に直に顔を合わせ、名前を覚えてもらえる程ではない。学園では当たり前に目にする機会があった貴族という存在も、社会に出ればどれだけ上の存在か彼女に思い出させることになった。
それと同時に、その差が自分とあの黒い魔導師との間にある距離であることも痛感した。
(全部終わったら話するって言ったのに、結局会いに来なかったじゃない。回復魔法のこと含めて、色々と聞きたかったのに)
内心で不満を吐きながらも、若干の哀愁を帯びたエミリスの様子に、リリンダは心当たりがあるように口元を緩ませた。
「ハンターを続けていればまた会えますよ。エミリスの王子様に」
「そうね。……って誰が王子様よ! あいつはそんなんじゃないわよ!!」
「えぇ〜、恥ずかしがる必要はないですよ。エミリスはプラウスさんのこと好きなんですよね?」
そのストレートな物言いに、今度こそエミリスは羞恥に顔を赤らめ、声にならない悲鳴を上げるのだった。
「おい聞いたか! エミリスがプラウスに惚れてるって話!?」
「いやー、うちのリーダーはもう撃沈済みなんで、傷口を広げないであげて」
「……元々パーティー内での色恋は推奨してないから……問題ない……問題ナインダ」
一方、いつの間にか広まっていたエミリスの意中の相手の話により、炎の剣のパーティー内ではそれからしばらくギクシャクとした気まずさが続いたという。
とある窓の存在しない一室。
壁際には隙間なく書棚が並べられ、中には規則正しく書類や書物が整頓されている。部屋の床にはタイルが見えないほど隙間なく赤黒の絨毯が敷かれ、白色の壁との違いを際立たせている。
扉の位置とは真向かいの位置には一台の執務机が置かれ、現在そこには一人の人物が着座している。そしてもう一人が対面する形で直立し、手元の書類を読み上げていた。
「報告します。ヴィカスで行った魔物の駆り出し、ディラッサ上級二等将率いるハンターとの混成軍は合計7体のランク6、23体のランク7の魔物を討伐しました。犠牲はハンターの死者3名、国軍は1名。負傷者は30余名とのです」
「死者4名の詳細は?」
「ハンターが魔物の釣り出しに失敗。三体のランク6を同時に相手する羽目になった様です。1名の兵士はそれに巻き込まれる形で亡くなったと報告書にはあります」
「そうか」
直立した姿勢で手元の書類を読み上げる男に、座したままそれを聞く人物は、口元の豊かな髭を指で撫でながら短く返した。
「例の携帯式魔力砲杖はどうだ?」
「そちらはランク8以下の魔物には問題なく通じた様です。ですがランク7以上となるとやはり威力が不十分で、ランク6にはほとんど効果は見られなかったそうです」
「戯れに作らせてみたがやはりその程度か。悪くはないが大して役には立たんな。対人制圧用に改良して警備にでも持たせるのがいいか」
その後も二人は様々な情報のやり取りを淡々と交わしていく。新しい情報が伝えられる度に老人が質問し、報告者は返答しながら独り言の様に呟かれた内容を、素早く手元に書き留める。
そして一通りの報告が終わり、立ち通しであった男がこの場から辞そうとしたタイミングで、新たに部屋の扉がノックされた。部屋の主人である老人が入室を許可すると、報告を行なっていた男と似通った服装の人物が一礼とともに姿を現した。
「失礼します。国外にて極秘偵察任務を遂行していた特等諜報員のお二人がご帰還されました。お二人はお疲れの様子でしたので、偵察内容をお聞きしてこちらで纏め上げました。それを届けに参りました」
直立していた男が書類を受け取る。その男に「御苦労」と労いの言葉がかけられ、新たな入室者は素早く退室した。
男が元の位置に戻り老人へ書類を手渡そうとするも、老人は軽く顎をしゃくり読み上げるよう促した。
「はっ……これは例の魔王教団が実験を行うという情報を入手し、偵察のために諜報員を派遣した際のものですね」
「確かラークシャル王国だったか。辺境の……なんという街だったか」
「カラッソです。王国内の協力者を介しそこで人為的に災害級、ランク5の魔物を生み出し、魔物の群れと共に街を襲わせるというものです」
それを口にする人物は、報告を読み上げながら僅かに眉を顰めた。人類領域に住む一人の人間として、街を意図的に魔物に襲わせるというのは、嫌悪感を覚えるのに十分なものだったからだ。
男の心情を察した老人は、内心で青臭いなと思いつつ、更に先を告げるよう求めた。
「結果はどうだったのだ?」
「成功したようです。予定通り誕生したランク5の魔物はカラッソを襲い……最終的に一人の魔法使いに討伐されたそうです」
その内容を聞き、ここに来て初めて興味を持ったように、老人は感心するような呼気を吐いた。
「ほう。一人ということは魔導師か。辺境とはいえ、いるところにはいるものだな」
「はい。そして、その魔法使いに関して重大な報告があるそうです」
続く発言に、老人は怪訝そうに眉を寄せる。今回の任務の目的は魔王教団による、人為的な魔物進化の可否についての調査である。いくら災害級の魔物を討伐したとして、今更その程度のことに重大と言うべきことがあるのか。
僅かな困惑を抱いたまま次の言葉を待った。
「その魔導師は転移魔法の使い手であり、存在を感知されたため、その者と特等員の二人は交戦に至ったようです。結果的にその魔導師からの逃亡には成功したようですが……その戦いで更に、魔闘術と火属性の特級魔法の行使を確認したそうです」
「……なんだと?」
老人の顔が一気に険しくなる。微かに漏れ出た圧力に、報告者は思わず居住まいを正した。
「闇と火属性の特級魔法に魔闘術……一体何者だそいつは?」
「報告では、その人物は仮面を着けていたため顔を確認することはできなかったそうですが、中身は子供か相当背丈の低い者である可能性が高いとのことです。それと等級は不明ですが、風属性の魔法も使用したそうです」
「子供? なぜそう判断した?」
「ガデロ殿が接近戦を仕掛けた際、その攻防で相手の指先まで覆った衣服破けたそうです。そのとき衣服の下から魔力伝達物質と思われる液体が飛び散り、袖の奥にその者の指先部分を確認できたと書かれてあります」
「……なるほど」
老人はそこまでを聞き、机上で指を組んで瞑目する。対面する人物は思考を妨げないように沈黙を維持した。
ほどなくして老人は瞼を持ち上げると、自分の考えをまとめる様に呟いた。
「火,闇,風の三属性。転移魔法を使う魔導師。特等員と打ち合える魔闘術。子供。──黒の処刑人である可能性はあると思うか?」
「……ないと思われます。かの大魔導師が相手ならば、如何に特等員といえ逃走は不可能だったでしょう」
「私も同意見だ。だが、在野にそれほどの使い手がいるとは……いや、都合よく居合わせたとは思えん。協会が派遣したか、王国が隠し球を出したか。その辺りが妥当であろうな」
そう現実的にあり得る憶測を立てるも、それだけではないという感覚が頭の片隅から離れない。王国の転移魔法使いは判明しているだけで二人しか存在しない。加えて、他属性の特級魔法に魔闘術まで使用出来るだけの人材を単独で動かし、その存在を易々と露呈させる真似をするとも思えない。
魔法協会の魔導師だとしても対応が半端である。しかしあそこは一枚岩ではない上に、各々の動機や思惑は不明だ。何かを断定するのは難しいと言えた。
「……結局、情報が足りない内に考えすぎても無駄か。何であれ、協会の魔導師ならば現状我らの敵にはなり得ない。王国の隠し戦力だとしても、高く見積もっても七等級のハンター程度。警戒に値する相手ではあるが、脅威とまでは言えない」
──こちらにはそれ以上の戦力も存在する。
最後の言葉は飲み下し、老人は指を組んだまま鋭い視線を一層細めた。
「我らの覇道を阻むモノは、何人も排除するのみだ」




