突然の死刑宣告
車内に響くエンジン音と車輪の駆動音。それと後ろに流れていく周囲の景色を横目にして、私は鬱屈とした気分になって内心で溜息をつく。
現在私がいるのは魔動車の中であり、その後ろ側の席に座らされている。隣は護衛という名の監視役に固められている。
私の最悪な気分とは裏腹に、私を乗せた車は快調に目的地への走行を続けている。
どうしてこのようなことになったのか。私は今朝あった出来事を思い返していた。
私がいつもと同じように起床し、隣のベッドに視線を向けると、そこに母の姿はなかった。
そういえば母は数日家を留守にすると言っていたことを思い出した私は、気を取り直して用意された朝食を食べながら今日の予定について考えていた。しかし考えたところでいつもと変わらないなと思い、母と同じく姉様も今はいなかったなと、そこまで思考が及んだとき、扉がノックされた音が耳に届いた。
ノックをした人物は、部屋主である私の許可を待たないどころか、特に前振りなど何も言わず唐突に要件だけを述べて来た。
「イザベル様がお前をお呼びしております。早急に身支度を整えてイザベル様の元に赴きなさい」
それだけ言うと、まだ朝食を食べていた私を急かして半ば無理矢理に身なりを整えさせ、「付いて来なさい」とだけ言って、先に歩いて行ってしまった。
私は文句を言っても何にもならないと思ったので、仕方なしに大人しくその後ろを付いて行った。
イザベルが待っているという食堂に着きその中に入ると、そこには何人かの使用人と私を呼んだイザベル、そしてその子供であるベルトランとメアリーが共に朝食を摂っていた。
私が来たのを目にしたイザベルは「来ましたか」と、それだけを短く呟き、また食事に戻ってしまった。
私は目の前の状況を見て、なぜあんなにも急がせたのかと、湧き上がってくる納得し難い気持ちを抑え、使用人と共に壁際に控えた。私が壁際に立っていると、メアリーだけはこちらを窺うようにしていることを感じたが、それには視線を送り返さず、視線を床に固定し続けた。
それから食器の音と咀嚼音だけが響く静かな食事が続き、終わるとともにイザベルが言葉を発した。
「ただこの家で無駄飯を食べているだけのあなたでも、次期当主であるベルトランが来月から王都の学園に入学することは知っていますね。ベルトランは無才のあなたと違って、大変素晴らしい才能に恵まれていて……」
私が呼び出された理由をようやく聞けるかと思っていたが、イザベルはベルトランとメアリーが私と違って如何に優れているのかを述べるばかりで、一向に本題に入りそうな気配がない。
私相手でこれなのだ。普段からこの女が周囲にどれだけ自分の子供たちの素晴らしさを語っているのかというのは、容易に想像がついた。
ベルトランとメアリーのうんざりしたような雰囲気を察した侍女に諭され、イザベルはやっと本題に入った。
「──あなたには、そんなベルトランとメアリーと共に魔物狩りを体験してもらいます。仮にも侯爵家の一員であるあなたがそんなことも経験していないのは、栄誉ある侯爵家にとって恥でしかありません。いえ、あなたは元々恥そのものでしたね。ですが、そんなあなたでも歴史ある侯爵家の血筋を引いているのです。それに魔物狩りだけを得意としていたあの淫売の娘であるあなたなら、さして問題はないでしょう。言っておきますが、これは当主代理である私からの命令です。あなたに拒否する権利はありません」
母の呼び方やこんなときだけ侯爵家の一員だと強調するイザベルに、相変わらず良くない感情を抱きそうになる。しかしそれ以上に、正直言ってそれどころでないという焦りを感じていた。
侯爵である父が家を空け、母や姉様すらいない今のこの家に、私の味方といえる存在は家宰のギルベルトくらいしかいない。そのギルベルトもこの場にいないことを考えると、既に何かしらの手を打ってあるのだろう。
つまりは、私の存在を侯爵家にとって目障りだと思っている人間にとって、今こそが私を排除する絶好の機会なのだ。
そんな思考が私の頭の中を過っていると、別の人物から言葉が発せられた。メアリーだ。
「あの、お母様……? ミーナは魔力がほとんどなく魔法もろくに使えません。連れて言ってもあぶな……足手まといになるだけではないでしょうか……?」
「確かにこの娘にはあなたと違って全くなんの才能もありません。ですが貴族の家に生まれるとはそういうことなのです。この機会にあなたも理解しなさい」
「そうだぞメアリー。この出来損ないでも最下級の……くくっ、魔物くらいなら狩れるのではないか? まあ、仮にそれで死ぬことになっても、それはこいつの自業自得で終わる話だ。くくくっ」
あくまで貴族の務めという体で話を進めるイザベルと、私が死んでも構わないと笑いながら言うベルトランに、メアリーは若干顔を青くさせて静かに頷いた。
「メアリーも納得したようですし、この後出発します。あなたは既に身支度を終えているようですから、先に行き私たちの準備が終わるのを待っていなさい」
そう告げて侍女を連れてさっさと部屋を出て行くイザベルと、私を鼻で笑ってそれに続くベルトラン。メアリーだけは相変わらず心配そうな顔でこちらを一瞥するが、掛ける言葉が見つからないのかそのまま部屋を出て行った。
私も言われたようにしようとするが、外出するのは久しぶりでどこに向かえばいいのか確かでないので、近くにいた使用人に聞いた。そうすると「では案内します」と言われたので、その後を大人しくついて行った。
結局、私は侯爵家の所有する車庫の前で二時間ほど待つことになった。
これもイザベルの嫌がらせなのだろうか。それともこの後死ぬことになる私に対する彼女なりの慈悲なのだろうか。
車庫の前で、別にそんな気は更々ないが、人生最期となるかもしれない空を仰いで思考していると、ようやくイザベルたちが姿を見せた。
「言われた通りちゃんと待っていたのですね。無能なあなたに出来ることなど清々貴人である私たちを恭しく迎えることくらいでしょうから、それすら出来ないならば本当にあなたには何の価値もありませんからね」
私を待たせたことを悪びれることを期待したわけではないが、相変わらずのこの物言いには、長い間待たされていたせいで余計にイラっとさせられる。それでもなんとか顔に出すのだけは堪え頭を下げると、そんな私の反応が気に入らないのかベルトランが舌打ちした。
イザベルもそのまま特に何も言わず、三人が車庫に入って行くのを確認してから、私も同じように中に入った。
中には侯爵家が所有する魔動車が幾つか存在し、その中で一番上等に見えるそれにイザベルたちは乗り込んでいた。私も指示された物に乗車する。両脇に護衛あるいは監視と思われる騎士付きだ。妾腹の身の上にとっては咽び泣きたくなるほど贅沢な待遇である。
私が乗った車はすぐに出発した。
久しぶりの外出でありながら、全く気持ちが上向かず非常に退屈なこの時間は、目的地に到着したことで一応の終わりを迎えた。
私は車から降り、硬くなった体をほぐすように軽く伸びをしたところで、改めて周囲を見渡した。
通常国内に存在する魔物の生息域の近くには、魔物の監視と警戒をするための拠点が用意され、更にその近くに街も作られる。これは魔物が危険であるという理由ともう一つ、その体は有用な資源の塊のため、速やかな解体と必要ならば加工を行い街に運ぶためである。
だからそのための施設があるはずなのだが、ここにそれらしき姿は見当たらない。あるのは足元の草と、口を開けそこに獲物が入り込むのを静かに待ち構えているような、森への入り口だけだ。
「ではベルトランとメアリー、それとあなたにはこれからそれぞれ護衛をつけて森の中へ入り、魔物狩りを体験してもらいます。言っておきますが、魔物に出くわさないように森の入り口近辺を彷徨くのは認めません。ちゃんと魔物を狩ることをその身で体験して来なさい。では行きなさい」
頑なに私の名を呼ばないイザベルはそれだけ述べると、お付きの人間に机と椅子を用意させ休憩を始めてしまった。
そんなイザベルを無視して、私は自分に付けられた護衛を確認する。この二人は私の両脇に座っていた人物でもあり、おそらくだがイザベルの息がかかった者たちなのだろう。私が視線を送ってもニコリともせずただ近くで突っ立っている。
それを再確認した私は、今度はベルトランとメアリーの様子を窺った。二人の近くには私の倍の数の四人の護衛がいた。露骨過ぎるような気もするが、正妻の子供二人と違って、私は実質愛人の子である。文句を言ったところで罵詈雑言とともに封殺されるだけであろう。
緊張した様子を見せるメアリーと違い、ベルトランの方は余裕な態度だ。きっと今までにもこういう経験が何度かあるのかもしれない。
ベルトランは軽い足取りで、真っ先に森の中へ入っていった。メアリーも一度だけ私の方を向くが、すぐに兄の後に続いた。
最後に残された当の私はというと、森の入り口で足踏みしていた。
私は魔法を使えない。正確には初歩の初歩の魔法は使えるが、その魔法の殺傷能力は皆無に等しい。加えて身体能力も同年代の子供並かそれ以上に貧弱だ。
そんな私が魔物を狩ることなんて到底不可能なのは、当然イザベルだって分かっている。謂わばこれは私への死刑宣告であり、魔物は執行人役なのだ。私の身柄は侯爵である父が保証しているから、自分で手を下すことはできない。しかし、魔物狩りの最中に起きた不幸な事故として処理できるのならば、話は変わってくる。森の浅い所で護衛を付けて魔物狩りを見学させていたのにもかからわず、魔物の攻撃を受けて死んでしまった哀れな……いや、愚かで間抜けな子供。そうやって処理されるに違いない。父も母ももちろん納得しないだろうが、できるのはせいぜい護衛の責任を問うことくらい。イザベルを処断することなどおそらく無理だ。なぜなら魔力のほとんどない忌み子が死のうと、誰も興味がないからだ。むしろ一部からは、イザベルの行いが賞賛されることすらあるかもしれない。
いっそのこと、ここで泣き喚いて命乞いでもした方が良いのだろうか。
そうすれば流石のイサベルでもこの処刑に猶予を与え、刑執行を引き伸ばしてくれるかもしれない。それで有耶無耶にしたまま屋敷へ帰り、父と母に相談して二度と外出しないことを決意すればいい。若しくは護衛の騎士の同情を引くことができれば、口裏合わせでさほど森の奥へ行かなくてもよくなるかもしれない。
私は自分が助かるための様々な案を思い浮かべて、やがて一つの考えに至る。
──これでいいのかと。
イザベルを含め、私へ敵意や悪意を向けてくる彼らに対して、敗北を認めてしまっていいのかと。
否だ。自分の心が、その考えを否定する。それだけは嫌だと。お断りであると。死なないために、それが最善最良の選択肢だったとしても、イザベルたちなんかに屈して、ご機嫌伺いするためにヘコヘコ頭を下げて媚び諂うのなんかだけは、私のちっぽけなプライドが、絶対に嫌だと、お断りであると、頑として認めなかった。
そうしていよいよ護衛に急かされたことで、私はついに覚悟を決めて森へ足を踏み入れた。
しかし、その小さなプライドが招くとになった決断を、私はすぐに後悔することになった。




