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16/16

16.ヒロインには、閉じ込められる“いべんと”があるらしい






決まったものはしょうがない。善は急げ、だ。

早速、コールウェル伯爵家へ秋休みは学園に留まるのではなくロレーナの家に行くことになった、という内容を伝える手紙をしたためる。




どうせ彼らは秋休みの私の所在なんて気にしてないと思うけど、マッケンジー公爵領に泊まるとなると話は別だ。連絡は絶対にしなければいけない。

公爵といえば、貴族というヒエラルキーの中でも頂点にある爵位。

この国は魔力の強さが権力に直結するため、当主の魔力の強さによって爵位が簡単に変動する。だから、平民と貴族の差は激しいけれども貴族の間では上下関係があまりない。

けれど、それでも公爵家といえば国王に次ぐ実力を持っている家だ。

そして、貴族の子供(私は養子だけれど)が貴族の家に伺う場合は、先に伯爵家から“よろしく”というような内容の手紙を送るのが礼儀になっている。

まあ、当たり前の話だ。

だけど、彼らは果たして手紙を送ったところで読んでくれるのだろうか。なんか、開ける前に破られそうな予感がする。

そういう場合って、どうなるのかな?私、凄まじい礼儀知らずになるよね?

いきなり無礼にも家に押しかけてきた元平民の子ども。

うっ、もう今から胃が痛い。

「‥レベッカ、顔色が悪いのだけれど?」

「だ、大丈夫です。ちょっと色々想像してしまって緊張しているだけなので」

「あら、まあ」

“ふふ、緊張することなんて何もないのに”と、ロレーナはホホホと口元に手を当てて優雅に笑った。非常に優雅だ。優雅すぎて涙が出そう。

私は、冗談じゃなく本気で一回も社交界に出たことがないのだ。もっと具体的に言えば、晩餐会にも舞踏会にもサロンにも参加したことがない。

今までの人生で交流してきた人々といえば、下町と孤児院と伯爵家と学園のみ。学園ではほとんど無視されてるみたいなものだから、まともな交流を何一つしていない。

だけど、間違いなく公爵家に行けば社交界に出ることになるだろう。

…こんなので大丈夫なのかな?

うっ、胃が!痛い!

「レベッカ、私これから少し出かけてきますわね。またカルワイズ伯爵令嬢が茶会を主催したので、行かなければならないのです」

「そうなんですね。行ってらっしゃい、楽しんでください」

「まあ、楽しめるよう頑張りますわ」

まさか、大好きな“乙女げーむ”の“ひろいん”が幻の胃痛に悩まされていることなど思いもよらないだろうロレーナは晴れやかな笑顔を浮かべた。

それを力無く見送る。

「ふふっ、後で秋休みの計画たてましょうね」

「…はい」

なんだか不吉な言葉を残して。




残された私は、憂鬱な気持ちで書きかけの手紙へと目を戻した。

まあ大体、内容はこんなものでいいかな。

ロレーナの家に行くことになった経緯は長くなりすぎるから全部省いて、公爵家に一ヵ月間お世話になることと、私が行く前に向こうに手紙を送ってほしい旨を伝えた簡素な手紙。

まあ、これくらいがちょうどいいだろう。

一番下に署名して、封筒に入れる。

「僭越ながら、私が封をさせていただきます」

「っ、あ、ありがとうございます」

手紙を閉じようとした素晴らしいタイミングで、トーリーさんが封蝋を持ってきて代わりに封をしてくれた。

誰もいないと思っていたところからいきなり腕が伸びたから、一瞬心臓が止まるかと思った。

トーリーさんは気配を隠すのがうまいから、こういう時は少しびっくりする。

まあ、日ごろから掃除に洗濯と多大な迷惑をおかけしているからこんなことは“困る”の範疇にも入らないんだけど。

トーリーさんにはいつも頭が上がらない。

ペコペコしながらトーリーさんから手紙を受け取る。出来上がったところを見ると、マッケンジー公爵家の紋章がついていた。

これなら、コールウェル伯爵家の人たちも確実に見てくれるだろう。だって宛先は私からでも、マッケンジー公爵家の紋章がついているのだから!

特に戦ってもないのに勝ち誇った気分になった。

「それでは、忘れないうちに私もこの手紙を出してきます!手伝ってくださってありがとうございました、トーリーさん」

「いいえ」

「本当にいつもお世話になっています!」

「それが仕事ですので」

「でも本来の二倍の仕事をさせてしまっていて申し訳ないです。手伝えることがあれば何でも言ってください」

「特にありません」

「そ、そうなんですね。でも、何かあれば、ぜひ!」

「かしこまりました」

「……それじゃあ、行ってきます!」

会話が成立しない。

いや、成立はしてる。してるのに、何だか会話になっている気がしない。

相変わらずみつあみのお下げを揺らして、俯いて単調な答えを返すトーリーさんに居たたまれなくなって部屋の外へと飛び出した。




やっぱり私、人と会話する能力に欠けている。こんなので本当に、秋休みを平穏無事に暮らせるのだろうか。

貴族の集まりでは、黙りすぎても田舎者だと馬鹿にされるし、喋りすぎても口が軽い奴だと嘲笑の対象にされる。それに、対人距離も近すぎても遠すぎてもいけない。

ちょうどいい距離って、何だろう。

トーリーさんともろくに会話が出来ない私には社交界はレベルが高すぎる。

更にキリキリと幻の痛みを与える胃を抱えながら、“風書簡”が出来る部屋へと向かった。

“風書簡”とは、風属性の魔法である空間魔法を使って手紙を即座に特定の場所へ送ってくれる装置のことだ。この装置は各地に置いてあって、装置から装置だと手紙なら十秒もかからずに転送することができる。

勿論とても高い代物だけど、人を転送するよりは簡単であるためある程度は庶民にも普及している装置である。

勿論、貴族はほとんどがこの装置を所有している。そのため、貴族の間だとすぐに連絡をとることが可能なのだ。

“風書簡”の転送装置が置かれている部屋へ行くと、日曜日にも関わらず手紙を送ろうと待っている人が誰もいなかった。

やった!これはラッキー。

普段は日曜日に手紙を送る人が多くて、この部屋の前に長蛇の列が並んでいて一時間ほど待たされることが多いから、今回はすぐに終わることにホッとする。

部屋に入ると、かなり大きな装置が目に入った。ドーム状の土台が、ガラスで覆われている。ガラスから透けて見える底には、不可思議な文字が羅列されていた。“風書簡”の装置だ。

仕組みはまったく分からないけれど、とりあえずこの中に手紙を入れる。

すると、それに反応するようにして装置が白く光り輝いた。

仕組みは本当に全然まったく分からないけれど、“風書簡”は手紙を入れるだけで書かれてある住所を読み取ってその場に一番近い装置に転送してくれる。底に書かれてある文字が関係しているそうだけれど、本当にどうなっていることやら。

そうこうしているうちに、装置はゆっくりと輝きを失っていく。

完全に光が消えた時には、もう手紙は綺麗になくなっていた。




さて、手紙も出したことだし。

ロレーナの部屋に戻ろう。

そう思って振り向くと、開きっぱなしのはずのドアが閉まっていた、

あれ?

私、ちゃんとドア閉めたよね?









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