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幼女魔王さま奮戦記! ~中身はおっさんですけども~  作者: ぽんこつ少尉@『転ショタ3巻/コミカライズ3巻発売中』
第五章

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第59話 老兵と記憶の欠片

前回までのあらすじ!


老兵のツンデレっぷりが孤児たちに炸裂したぞ!

 林道に積もる枯れ葉を踏みしめながら、幼女の姿をした老兵魔王を先頭にして、五人の仲間が続く。


「こちらは大体こんな感じだ。そっちは何か変わったことはなかったか、ネハシム?」

「何も。ゆっくりできたわ」


 プラチナブロンドの髪を羽根付きヘルムから流すヴァルキリーがこたえる。


「夜は少し冷えたが、問題はなかったか?」

「トロロンのお腹の上で眠っていたから、平気よ。柔らかいし暖かいし、寝心地もよかったわよ。あなたも今度やってみたら?」

「考えておく」


 何かを思い出したのか、ネハシムが口もとに手をあててクスクスと笑った。


「どうした?」

「ヨハンも寒いからってトロロンの脇に挟まって眠っていたのだけれど、男性(オス)の臭いでずっとうなされていたのよ」


 振り返ると、ダークエルフ・ヨハンが屍のような顔つきで、ふらふらと最後尾を歩いている。トロロンはヨハンの前を、ミスリルの手甲に備わった爪でぽりぽりと腹の毛皮を掻きながら、機嫌よさげにのっしのっしと歩いていた。


「クク、それであの有様か」

「そ。それであの有様。いい薬だわ」


 背中で揺れる金色の髪を少し掻き上げて、ネハシムが少しぼやく。


「なんだ、口説かれたか?」

「四六時中口説かれるけど? あなたは違うの、イルクレア?」


 幼女魔王が顔をしかめて吐き捨てた。


「……違わん」


 三日ぶりの再会時には、どさくさで鼻息荒く抱きつこうとしてきたから、軽く熱したドライグの腹で顔面を縦に叩いてやった。のたうちまわりながらも「久しぶりの快感」などと宣うのだから、極めてたちが悪い。


 まあ、エドヴァルドのようにむりやりどうにかしようとしてくるような素振りはないゆえ、安全と言えば安全な男ではあるのだけれど。

 そう考えると裸エプロンは紛う事なき紳士だ。


 ふと気づく。

 まともな格好に近づけば近づくほど、やばいやつが増えていることに。そして見かけがやばいやつほど、なぜかまともだ。

 世の矛盾を感じる。


 ふいに、風にのって鉄さびのような臭いを感じた。


「む……」


 どこか、そう遠くないところに戦場がある。皮膚がそう感じている。方角は風向きが教えてくれているが、進行方向からはずれていた。


 だが、なんだ……? おれたち以外の何者が、カナンの地で血を流す……?


 この大陸に、カナン王国に弓引く人間の公的勢力はもういない。カナンとは、遙か昔、無数にあった国家を、とある騎士の国が武力にて統一したときについた英雄の名だ。カナンの他に人間の国はないし、カナンの他に人間の王もいない。


 ならば山賊か、海賊か。はたまた……反乱か。


 ユランが立ち止まると、後方からラミュが追いついてきた。


「どうかしましたか、イルクレア様」

「ああ」


 幼女はそう呟いたきり、口もとに手をあてて右手方向を睨んでいる。


「この先に戦場がある。音は聞こえんし、臭気もまだ微かだ。だが、おそらくそこそこの規模での戦いになっている」

「どういうことです? わたくしたちの他に、何者かがカナン騎士と戦っているのでしょうか」

「そうとは限らん。地域同士の小競り合いかもしれんぞ。商人ならば私兵を雇うこともあるからな」


 ラミュの判断は素早い。


「行きましょう。もしカナン騎士に弓引く人間が現れたのだとしたら、勢力単位で味方に引き込めるかもしれません。ガリアス連峰で完全に魔族領域からの援軍は断たれてしまいましたからね」


 ロスティアのことだ。ガリアス砦を魔族に渡さぬためや、己らを生き埋めにするという目的よりも、そちらの方を優先したのかもしれない。

 まったく、本当に厄介な爺だ。

 どやどやと、後方から仲間たちが集まってきた。


「……まあいい。まずは偵察し、もしもカナン騎士の介入しないただの小競り合いだったなら、放っておいて進めばいい話だな」

「そういうことです。運がよければ勢力を味方に引き込めます。たとえそれが山賊でも」


 使い捨てにはできる。

 ラミュとユランがうなずき合う。


「おい貴様ら、戦いが収束する前に走るぞ! ヨハン、足取りが覚束んようだが、当然ついてこられるんだろうな?」

「おお、このダークエルフ・ヨハン。貴女様の可憐なる臀部(おヒップ様)が前で揺れている限り、どれほどの距離で如何なる困難な道なき道であろうとも、どこまでもお供――」

「よし! こいつを振り切るつもりで走るぞ! 行くぞ貴様ら、ついてこい!」


 ユランの号令と同時に全員が走り出し、ネハシムだけが六枚の翼を広げて舞い上がる。


「イルクレア、先行して状況をつかむわ」

「無理はするなよ、ネハシム」

「ええ」


 樹林の隙間を縫って空へと舞い上がったヴァルキリーが、一気に速度を上げて飛翔する。金色のヴァルキリーを見送って、ユランは隣を駆ける蛇に呟いた。


「しかし貴様、人間は嫌いなのではなかったか? 勢力単位で味方にするなどと」

「たしかに、わたくしらしくはないですね。昨日のことといい、自分でも驚きです。状況が最悪だからでしょうか、なんだかあまり気にならなくなっていたみたいです。……あなたの影響かしら……」


 枯れ葉を舞上げる勢いで、赤い靴と深紅のドレスをまとった幼女は疾走する。大きく張りだした木の根を飛び越え、苔生した岩を器用に蹴って。


「ふん、貴様のそういうところは嫌いではないぞ、おれはな」

「好きとは言ってくれないので?」


 風に流れる臭気が濃くなってきている。

 少し言葉に詰まり、幼女は耳を微かに染めてもう一度呟く。


「……嫌いではない」


 蛇の女王はするりするりと滑る蛇のように樹木を避けながら、肩をすくめる。


「十分です」


 ユランが走りながら背後を振り返り、全員ついてきていることをたしかめながら叫んだ。残念ながら、ヨハンも振り切れてはいない。

 やつの視線が若干下向きになっているのが、わりと本気で嫌だ。


「貴様ら、樹林を抜けるぞ! 用心しろ!」


 最後の茂みを跳躍で越え、赤い靴で大地を引っ掻きながら足を止めた。

 続いてラミュが、そして身軽なレミフィリアが、ヨハンと裸エプロンの筋肉コンビが飛び出してきて、最後に茂みの葉を派手に弾き飛ばしながらトロロンが転がり出てきた。

 しかし、ユランはそれを見ていなかった。

 その視線の先――。


「なんだと……」


 カナン騎士の……師団五個分の軍団を、ガーゴイル族に似た翼をもつ魔物が数十体で一斉に襲いかかっている。


 デーモンだ。

煉獄(アビスレイク)の住民と呼ばれる、超越種族。滅多に見ることすらかなわないデーモンが、あれほどの集団を形成していることなど、老兵ユラン・シャンディラだった時代から思い出しても初めてのことだ。


 その姿こそポンコツ魔族のミケゴイルと変わらないが、あの一体一体がすべてこちらの主力級(A~A+)の力を秘めている。そもそもミケゴイルのようなガーゴイル族は、デーモンの姿を掘った石像が、何かの拍子で命を得た紛い物の魔法生物なのだから。

 人間族の国家がカナンという国に統一されるより以前ならば、たった一体のデーモンに小国が滅ぼされたなどという話も、稀にだがあった。


 それを体現するように、ミスリル装備の騎士らは、おもしろいように数を減らしてゆく。師団規模ではない。それでも五百名からなる軍団であったことがわかったのは、四個師団分の死体がすでに草原に転がっていたからだ。

 むろん、デーモンの死骸も転がってはいるが、そちらは数体しか確認できない。


 なぜデーモンが群れを成して人間に牙を剥いている……?


 こんな光景は見たことがない。デーモンは単身で現れ、人間や魔族を食料として喰い散らし、どこかへ消える。その大半が単独犯で、動機は食欲だ。

 だが――。

 死体のどこにも囓られた痕などない。食欲ではないのだ。殺すことが目的となっている。


 ラミュが耳打ちをしてきた。


「……行きましょう、ユラン。こういう言い方をしてはなんですが、厄介なミスリル騎士を一気に減らしてくれるのはありがたいです。ですがデーモンは言葉の通じる生物ではありません。味方には決してなりません」

「ラミュ、妙だ。やつら、統制されているぞ」

「え……」


 ふいに風を感じ、慌てて全員が身を屈めた。

 発見されては、こちらが全滅させられかねない。それほどの生物なのだ。


 だが空から舞い降りたのは、ネハシムだった。彼女はすぐに身を屈めると、ユランの隣へと身体をねじ込んできた。


「イルクレア!」

「無事だったか、ネハシム!」

「ええ、どうにか。樹林の隙間から先にデーモンを発見できたから、飛び出さずに済んだわ」


 危険なのだ。ネハシムであっても。デーモンは翼を持っている。ネハシムとはいえ、空で囲まれては到底助かりはしなかっただろう。


「イルクレア、ラミュ。あれを見て」


 ネハシムが屈んだ状態のまま、数十体のデーモンが、カナン騎士らを中心として渦巻きながら飛翔している中心を指さす。


 それを見た瞬間、赤い瞳を限界まで見開いたユランの全身が粟立った。幼い身体中の毛穴が開き、そこから汗が一気に噴出する。

 マグナドールと初めて遭遇したときのように、本能が大音量で警鐘を鳴らしている。あれの前に立つべきではない、と。


「なん……だ……あれは……!」

「あれが本物のデーモン族よ。魔族や人間族がデーモンと呼んでいる生物は、レッサーデーモン。デーモン種の下位種族で、デーモンの僕に過ぎないの」


 デーモン。いや、翼をもつガーゴイル族に似たレッサーデーモンの中心には、巨人族なみの体躯をもつ山羊のバケモノが立っていた。


 背に巨大な蝙蝠の翼をもつそれは、蹄のある二本の足で大地に立ち、真っ黒な丸太の先に岩を縛りつけただけの原始的な岩石槌で、ミスリル騎士らを一気に薙ぎ払う。

 数百歩もの距離を飛ばされた騎士らは、いくらミスリル装備に身を包んでいたところで助かりはしないだろう。手足や首をあらぬ方向に曲げ、為す術なく地面へと叩きつけられて骸と化す。


「……狙いはなんだ? なぜカナン騎士どもを狩っている?」


 地に伏せたまま目を凝らす。

 レッサーデーモンの渦の中心、山羊のデーモンの眼前には数十名の騎士が立ち、その騎士の中央には一台の、馬を失った馬車がある。

 馬車の幌には、金糸で紋様が刻まれていた。王都カナンの王族ライギスフィールド家の紋章だ。

 我が目を疑ったユランは、思わず顔を上げた。


「……っ」

「失礼、イルクレア様!」


 すぐさまラミュが手でユランのルビー・レッドの頭髪を押さえ込む。

 見た。見えてしまった。幌の隙間を手で微かに開けた女の、不安そうな顔を。


「現王の娘か……!」


 面影があった。

 己が老兵だった時代の王は、ゼラ・ライギスフィールドだ。己は兵でありながらも王命である叙勲式や招聘には応じず、報酬だけを人づてに受け取る毎日だった。


 無謀なニーズヘッグ城への突撃で遊撃隊の仲間をすべて失って以降、何にも興味がわかなくなった。地位にも、金にも、女にも、名誉にも、己の生命にさえも。


 ゼラは名も知らぬ現王とは違い、尊敬に値する王だった。

 恩情深く、民のことをいつも先に考えていた。国とは民を守る壁であり、民とはすべて血を分けた王の子であると、いつかの演説では語っていたか。


 いつだったか。叙勲式への招聘をいつものようにすっぽかした己のもとに、ゼラ自らが現れたことがあった。


 横柄な態度で接する己に、王は様々語ってくれた。

 その際に、小さな女の子を連れていたのだ。セアラ・ライギスフィールド。子のいない王の隠し子かとも思ったが、どうやら正真正銘の王弟の子、つまりは姪だったらしい。


 王は、子をなせぬ身体だったのだ。

 己は無神経に言った。


「カナンはあんたの代で終わりだな。それとも、次は女王か、ゼラ王?」

「そうであればよいと、おまえは思ってくれるか、ユラン・シャンディラ。おまえが身を張って我らの民やカナンを●●から守ってくれているように、この子の時代にも、剣を持って戦ってくれるか?」

「そんな先のことなど知ったことか。……だが、おれは戦場でしか生きられん。きっと、阿呆な犬が己の尾を追って同じ場所で回り続けるように、その頃にもそうしているだろうよ」


 幼女魔王の姿となった老兵は、ルビー・レッドの頭髪に手を入れて歯を食いしばる。

 ズグ、ズグ、胸が異様なほどに跳ね上がっていた。そのたびに頭痛がする。


 記憶、記憶だ……。


「か……っ……ごぇ……」


 せり上がってきた胃酸を吐き捨てる。


「イルクレア様!?」

「イルクレア!?」


 ラミュとネハシムが同時に背中に手を置いてくれた。そのぬくもりで、現状をわずかに取り戻す。


 一つ、戻った。消滅していた記憶の欠片が。

 今ならわかる。わかるのだ。記憶の中で、ゼラ王の言葉が一つだけ消えていた。その言葉を消すために、この記憶が失われたのだ。

 だが、ドワーフ族のディルの話と符号する。


 魔族ではない。魔族だったならば、記憶は消されなかった。己が最も消したいと願った二十代の頃の突撃の記憶は、鮮明に残っているのだから。

 神軍……。

 己は神軍とたしかに戦ったのだ、と。

 だから消されていたのだ、この記憶は。神に関することだから。


 掠れた声で、ユランは呟く。


「……セ……アラ……。……セアラ・ライギスフィールド……ゼラ……助けなければ……」


 老兵幼女はドライグを担ぎ、二人の女の制止を振り切るようにして、ゆらりと立ち上がった。


「待ちなさい、ユ――」


 ラミュがすんでのところで言葉を呑む。

 老兵幼女は口もとに付着した胃散をドレスの袖で拭って、歯を食いしばった。袖が口もとから離れたときには、すでにいつもの表情に戻っている。

 不敵にて不遜。絶望の中、凄惨な笑みすら浮かべて。


 ふぅ、と息を吐いて、赤い靴で一歩を踏み出す。


「ラミュ、心配するな。貴様との約束は必ず果たす。だから、今は止めてくれるな」


 むろん、言うまでもなく、この肉体をイルクレア・レギド・ニーズヘッグに返す、という約束だ。たとえその先に待つのが、己の死だとしても。

 だが、蛇の女王は激しく感情を露わにし、大声で叫んだ。


「な――っ!? わ、わたくしは今、そんな理由であなたを止めているのではありませんッ!!」


 それは怒りだった。

 老兵ユランは彼女の怒りを、心の底から嬉しく思う。だが、それを口に出して言えるほどには、できた人間ではない。

 弛みそうな唇を引き締めて、口早に呟く。


「貴様らはそこで待っていろ。死にたくなければ決して近づくんじゃあないぞ」


 勝てるか、勝てないか。勝てないならば、どこまでやれるか。

 違う。違うのだ。それらはすべて関係ない。この老兵には。


 一度でも仲間であると判断した対象を救うためならば、最後の仲間が逃げ切るまで、最後の敵を斬り殺すまで、剣を振るい続けるしかない。それは二十代の後悔を機に、己に対して己自身がかけた呪いだった。


 ゆえに、退かない。ただの強敵では退かないのだ。一歩たりとも。

 この、愚かな老兵ユラン・シャンディラという男は。退かないのだ。


 そうして彼は走り出した。



山羊っぽいからたぶん食えるぞ!

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