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幼女魔王さま奮戦記! ~中身はおっさんですけども~  作者: ぽんこつ少尉@『転ショタ3巻/コミカライズ3巻発売中』
第五章

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第60話 老兵は無力

前回までのあらすじ!


おいしそうな山羊さん登場!

老兵が早速食いついたぞ!

 駆ける、駆ける、駆ける――!

 一瞬の躊躇いもなく。


 渦巻くレッサーデーモンの群れの中心には、円形陣のミスリル騎士がわずか五十名ほど。さらにその中心には、現カナン王が一子、長女セアラ・ライギスフィールドをのせた馬車。


 敵の娘だ。本来ならば救う義理などない。だが、前王ゼラ・ライギスフィールドは幼い頃のセアラを、次代の王にと考えていた。

 老兵ユランにとって、ゼラは友であるという認識はない。

 それほど深く関わったことはなかった。叙勲式を欠席した際に、ゼラ自らが自室まで訪れてきたときが、最初で最後の言葉を交わした機会だった。


 だが、ゼラ・ライギスフィールドは立派な人物であった。

 民を子と呼び、身分にかかわらず声をかけ、兵の死に涙した。戦争協定を頑なに守り、捕らえた魔族を武装解除だけして魔族領域に返還した。自らは財をなすことなく、税として徴収したものの大半は、国防と民に還元した。


 それゆえに、有力貴族らの権力が王を上回ってしまったのだ。王に心酔する穏健派は財力がなく、王弟を新たな王に擁立しようとする強硬派は力を蓄えた。


 ユランは貴族階級のその醜い争いに興味を示さなかった。

 ただ、ゼラ・ライギスフィールドは愚かな聖人だと思った。たとえるならば、王自らが孤児の喉を潤すため、命を削って血を与え続けているのだから。


 だがゆえに、敬意を払った。態度には出せずとも、王としては愚かな選択をし続けていようとも、一人の男として尊敬していた。

 ゼラ・ライギスフィールドの時代が少しでも長く続くよう、剣を振るった。


 ならばセアラはどうか。

 セアラ・ライギスフィールドは現王の意志を継ぐものか、それとも、己が敬意を払ったゼラ・ライギスフィールドの遺志を継ぐものか。


 貴様はどちらだ?


「おおおおぉぉぉぉっ!」


 レッサーデーモンの作り出す大渦へと飛び込みながら、背中を向けていた眼前の一体へと魔剣ドライグを振り下ろす。


「ぬん――ッ!」


 がつん、という手応えがあって、レッサーデーモンの肉体が縦に真っ二つに割れた。


 硬い……!


 それに。


 ――キイイィィィィ!


 不気味な生物は仲間に危険を報せるため、甲高い声で叫んだ。

 角の生えた牛頭に、大型の猿のような肉体。翼は蝙蝠。生存しているミスリル騎士らに視線を向けていた周囲のレッサーデーモンらが、赤い閃光のように大渦へと飛び込んできた幼女魔王へと、一斉に視線の向きを変えた。


「ぐ……っ」


 あっという間に取り囲まれる。

 ドライグで炎の斬撃を放つ寸前、空から振るわれた爪がユランの頬を斬り裂いた。肉体を傾けて斬り上げへと変じた瞬間、そのレッサーデーモンを庇うように他のレッサーデーモンが身を入れて、爪をクロスさせる。


「おぅらぁ!」


 ドライグの刃がデーモンクロウへと叩きつけられた。

 凄まじい轟音と、そして炎と熱波があたりに散る。


「……ッ」


 だが、折れない。爪をクロスさせたデーモンはドライグを受け止め、吹っ飛ばされて背中から大地に墜落しながらも、むくりと起き上がったのだ。


 厄介な……!


 影に潜り込むように潜行してきたレッサーデーモンの爪を、ユランは跳躍で躱す。ドレスの裾が裂け、着地と同時に足を払われ、背中から落ちたユランへと、無数のレッサーデーモンたちが空から襲いかかった。


 ドライグで防――だめだ!

 守りに回れば潰される。己の肉体は昔の老兵のものではない。力比べには耐えられない。


 とっさに地面で身を転がして躱すと、先ほどまで倒れていた大地がデーモンたちの爪で抉られた。

 足を広げて勢いよく振って、跳ねるように起き上がる。

 正面から急襲を仕掛けてきたレッサーデーモンの牛頭をドライグで薙ぎ払って破壊し、後方から伸ばされた足のかぎ爪の一撃を背中に受け、傷を浅くするために自ら前方に転がって起き上がり様に一体の頭部を叩き潰す。


「く、糞が……ッ」


 これは……まずい。想定はしていたが、一体一体が手強い。


 背中に灼けるような痛みが走ったのはその後だ。はらりと、深紅のドレスの背部が剥がれたのがわかった。伝う感触は汗か血か。たしかめる時間はない。


 こめかみを引っかかれて片目の視界を赤く染めながらも、全身を回転させながらデタラメにドライグの炎の斬撃を放つ。


 ――ギイイイイィィ! キイイィィィ!


 炎に包まれたレッサーデーモンたちが吹っ飛び、地面でのたうち回る。だが、体表を焦がした程度ではデーモンは倒せない。肉体を両断せねば。

 ぶすぶすと黒煙を上げながらも、レッサーデーモンは立ち上がる。


 ロスティアに騙されて撤退方向を誤り、敵陣に突っ込んだときのことを思い出す。前後左右から上下に至るまで敵だらけだ。

 あのときは、どうやって生き残ったのだったか。


 ぼんやりと余計な思考が脳裏を過ぎって、慌てて頭を振った。


「考えるな……死ぬぞ……」


 突撃からわずかの時間も経っていない。ほんの一瞬でこの有様とは。

 せめてミスリル騎士どもと連携が取れればまだ可能性もあろうものだが、やつらは山羊のデーモンに秒間ごとに数を減らされ、もはや逃げる道すら失って馬車の前で釘付けとなっている。

 馬車を守っているのではない。もう動けないのだ。


 頭部を狙って振り下ろされた爪を、スカートを踊らせながら回転して避け、空ぶったレッサーデーモンの脇腹から頸へとドライグを斬り上げる。


 ようやく五体――!


 だが次の瞬間には脇腹を抉られ、ユランは顔をしかめながらよろめいて。

 肋骨で爪を防げなければ、今のでもう終わっていた。


 激痛に顔をしかめながら、次のレッサーデーモンの一撃をかいくぐると同時に、上半身と下半身を斬り飛ばす。


 ――ギィ……!


 ドライグを振り切った瞬間を狙われ、今度はすれ違い様に肩口の肉を持っていかれた。噛みつかれ、噛み千切られたのだ。


「かあ――っ!」


 肉を食い千切ったレッサーデーモンの尾を片手でつかみ、右手一本でドライグを後頭部に叩きつける。

 レッサーデーモンは断末魔の悲鳴を上げることもなく、地に伏せた。


「ぬうう……っ」


 影が落ちる。

 前方三体、後方二体、側方一体。防御不能。


 とっさに判断し、地を蹴って前方三体の足もとへと潜り込もうとして、後方からの一体に足首をつかまれた。


 しまっ――!?


 無様に前のめりに倒れて砂を噛んだユランの背部へと、無数の爪が降り注ぐ。


「……ッ」


 あきらめない。それでもあきらめないのだ、老兵は。なぜならば、これはユラン・シャンディラの肉体ではないのだから。失うわけにはいかないのだ。


 無様な老兵と愛しき魔王を繋ぐ、唯一のこの肉体を。失ってたまるものかと。


 ドライグをとっさに背中で寝かせ、その腹で受け止めようと覚悟を決めた瞬間――。

 雷光雷撃とともに、ユランへと群がっていたレッサーデーモンが全身の血管を破裂させながら大きく散った。


 黒煙を上げ、地面に落ちて動かなくなる。


 ユランの視界に、空を舞う六翼のヴァルキリーの背中が映った。金色の髪が翼の生み出す風でなびいていた。


「ネハシム……!」


 だがそれも一瞬で、ヴァルキリーすぐさま身を翻すと、その場を離脱してゆく。数体のレッサーデーモンを引き連れて空で舞い、レッサーデーモンの爪を受け止めて弾き、雷撃をまとわせた斬撃を叩き込む。

 余裕のない表情で。


「起きなさいッ、イルクレアッ!」

「あ、ああ……」


 爪で地を引っ掻くようにユランへと走り込んできたレッサーデーモンが、上空から降ってきた巨大な毛むくじゃらの背中に圧し潰される。


「あほぉ~いっ」


 ――ギイイイイィィィィ!


 暴れるレッサーデーモンの頸部へと、トロールはミスリルの爪を叩き込んだ。何度も何度も、大地を揺らしながら拳を振り下ろす。


「げぎゃ~~~っ、ぎゃっぎゃっぎゃっ!」


 ごぼり、と黒い血液を吐いたレッサーデーモンが動かなくなる。

 トロールは瞬間的に肉体を逆三角形に変形させ、正面から襲いかかってきた次のレッサーデーモンを交叉したミスリルの爪で受け止めた。

 だが、巨体が押されて背中から傾く。


「うわっ、うわわわわっ!?」

「トロロン!」


 しかし横から蛇のように滑り込んできた連接剣が、レッサーデーモンの右目から侵入して頭蓋内部を掻き回し、眼球ごと引き抜く。

 蛇の女王が鞭のように連接剣をしならせ、爪を躱しながら叫んだ。


「早く立ってください! イルクレア様!」

「ラミュ……」


 矢。レッサーデーモンの皮膚は貫けずとも、その矢は開かれた口や鼻、眼球へと次々と突き刺さってゆく。

 ダークエルフが渦の外から内側へと向けて、次々と矢を放っていた。


「ヨハン……」

「ハァーッハッハッハ! レッサーデーモンの方々、その御方を押し倒してよいのはァ、このダークエルフ・ヨハンだけですよぉぉぉぉーーーーーーーーーーッ!?」


 ユランが白目を剥いた。


「貴様は死ね」


 だが。少し。

 ふぅ、と息を吐き。


「――クク、ハハ、ハッハッハ!」


 笑った。

 わずかに離れた位置では、裸エプロンとレミフィリアが背中合わせとなって、数体のレッサーデーモンを己らに引きつけてくれている。


 裸エプロンは力任せにレッサーデーモンの心臓部や頭部へと包丁を突き刺し、レミフィリアに至っては爪を掠らせることすらなく、まるで踊るように正確にレッサーデーモンの翼の付け根だけを狙って次々と斬り落としている。

 地に落ちたレッサーデーモンは、もはや彼らにとって脅威ではない。


「あはっ、デーモンさんの内臓(ホルモン)もやっぱりピンクなんですかぁ? あとでゆ~っくり解体させてもらいますねえ? ……イヒヒ、それまでちゃぁ~んと生きていてくださいねえ~……」

「血は黒いな。ふん、まずそうだ」


 翼を失ったレッサーデーモンの頸を力任せに刎ねて、傷だらけの裸エプロンが不敵に笑った。


「貴様ら……」


 幼女、ゆっくりと立ち上がる。

 不覚にも目頭が熱くなっていた。心に炎が灯ったかのように高揚していた。


魔王(おれ)の命令を無視するとはいい度胸だ! あとで男は全員折檻、女は全員説教だ!」

「おおっ、ご褒美ですかな!? 是非とも、そのぼろぼろになったドレス姿のまま――」

「貴様だけはただの放置だ糞エルフゥゥゥ!」


 矢筒の矢を打ち尽くしたダークエルフが、ミスリルの大槌を担ぎ上げながら微かに頬を染めた。


「むふ、私だけ特別扱いとは……これはもうそろそろ……イケる気がするぅ~……」

「か、勘違いするなよっ!? そんなんじゃないからなっ!?」


 不安と恐怖で声が裏返った。


 筋骨隆々のダークエルフはミスリルの大槌で、レッサーデーモンを正面から力任せに弾き飛ばす。顔面を潰され、肉塊と化したレッサーデーモンが地面で滑って転がった。


 ドライグを振ってレッサーデーモンを叩き落とし、ユランは笑いながら走り出す。

 先ほどよりも、幾分足取りが軽く感じられる。怪我の痛みも感じない。


「ハァァァ!」


 ユランはレッサーデーモンの大渦を単身突き進む。腰まで裂けた深紅のドレスを躍らせ、魔剣ドライグで炎を熾し、敵という敵を斬り裂いて。


「消え失せろっ!!」


 レッサーデーモンだった肉片が、いくつも大地に飛び散ってゆく。黒の返り血を浴びて、老兵幼女は血風の中で嗤う。


 肉体が力を取り戻したのは、先ほどよりも渦の壁が薄く感じられるのは、仲間が来てくれたから。嬉しくて、肉体を形成する細胞が騒ぐのだ。敵とするものの血を、命を求めて、騒ぐ。

 老兵だった頃よりもずっと強く。


 他の誰でもない。魔族のこの仲間たちと生きていたいと、この居心地のよい空間(ニーズヘッグ)にいたいと、そう叫ぶ。

 魔王イルクレア・レギド・ニーズヘッグの肉体ではなく、老兵ユラン・シャンディラの魂が叫ぶ。

 たとえそれが肉体を返却するまでの、一時の夢なのだとしても。




 ――なぜならば、ずっと彼の魂を苦しめてきた寒さは、いつの間にか感じなくなっていたのだから。




 レッサーデーモンを斬り伏せながら、誰にも聞こえぬ声で老兵は呟いていた。

 これまでの人生で、冗談や嘘ですら一度たりとも吐いたことのなかった言葉を。


「……愛しているぞ、貴様ら……」


 そうして幼女魔王は、ついに大渦を突き破った。

 大渦の中心に、レッサーデーモンの姿はない。


 空から大渦を突き破り、爽やかな風がふわりと舞い降りる。

 無数のレッサーデーモンの肉片とともに。


「やはり貴様か、ネハシム」


 六翼で自らの全身を包んでいたヴァルキリーは翼の繭を解いてその全身を露わにし、ルビー・レッドの頭髪を後頭部で束ねた幼い魔王に視線を向けた。

 手の中の聖剣グウィベルが、ぱりぱりと雷を放っている。


「手を貸すわ、イルクレア。まさか今さら断ったりはしないわよね」

「……ああ」


 未だ精神の不安定なレミフィリアを除けば、聖剣グウィベルを持つネハシムは、このパーティで最も頼れる戦力だ。でなければ、大渦を突き破ってここまで辿り着くことなどできはしない。

 少なくとも、己と同格。もしくはそれ以上。


「手を貸せ、ネハシム。セアラ・ライギスフィールドを救出する」


 ネハシムは少し戯けたような表情で呟く。


「これは目的とは関係のない、あなたの個人的用件だから、貸しよ?」

「ふん、貴様にはグウィベルなどでは返しようもない借りしかない。いつかまとめて返す。――ゆえに、勝手にくたばるんじゃあないぞ、ネハシム」

「ええ。あなたもね、イルクレア。全部取り立てるまでは、死ぬことなんてゆるさないんだから」


 同時に破顔する。

 いつもの会話だ。二人の間だけに成立する、いつもの。

 だから余計に嬉しく思う。


「それにしても、ディルには感謝せねばな。ラミュたちとて、ミスリル装備でなければ歯が立たぬ相手だっただろう」

「今でも彼女たちが危険なことには変わりないわ。決着を急ぎましょう」

「そうだな」


 ユランは魔剣ドライグにありったけの魔力を注ぐ。


「さて、デーモン退治だ。これまでの相手とはわけが違う。覚悟はいいな?」

「ええ、いつでも!」


 赤の刀身から、炎と陽炎が立ち上った。

 同時に純白の刀身からは、雷が勢いを増す。


 ディルの武具と、ラミュたちの援護で、ようやく辿り着けたのだ。ここまで。

 この山羊頭のデーモンに、刃届くこの距離まで。

 己の我が儘に皆を巻き込んだのだ。失敗など絶対にゆるされない。


 ユランは睨み上げる。

 残り七名となってしまったミスリル騎士と、彼らの守る馬車を睥睨しながら、岩石槌を振り上げた山羊頭のデーモンを。



素直にお礼が言えません。

ツンデレだから。

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