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後日譚:社会人はツラいよ 7

「姫雪さん、この寮でそんなハレンチ行為、絶対許しませんからね!」


 怒りのメーターがマックスに達した真紅様が叫んだ拍子に、お盆に乗っていた二つのお椀が宙を舞った。


 そしてそれはきれいな放物線を描いて、オレと瞳子の頭に覆いかぶさった。


 ドロリと垂れてくるあんこに視界を奪われ、同時に真紅様特製冷やし栗ゼンザイの甘い匂いが漂ってくる。冷やしでよかった、オレはホッと胸を撫で下ろした。


「私としたことがごめんなさい、大丈夫ですか?」


 突然の惨事に真紅様は我に返ってくれたらしい


「え、ええ、気持ち悪い以外は。熱いゼンザイじゃなくてよかった」


「ボクも平気です」


 ゼンザイに汚れた二人を見て白神先輩が無責任にはやし立てる。


「うわー、二人ともドロドロ、かわいそー」


 それを聞いた真紅様の目の色が変わった。


「うっさいわね、白神一子! わかったわ、全部あなたの仕業なんでしょう」


「いやいや、ゼンザイをぶちまけたのは次郎丸ちゃんだって」


「うるさい。そもそもなんであなたがここにいるのです。男子寮は立ち入り禁止だと、口を酸っぱくして言っているでしょう。今日という今日は許しませんよ」


 いつの間にか真紅様の手には一振りの日本刀が握られていた。


「すいません、姫雪さん、お友達を連れてお風呂に入ってくださいな。ちょうどお湯が沸いてますから。その間に、私はこの不埒モノを寮からたたき出してしまいます」


「は、はぁ。でも、コイツと一緒にですか?」


「男同士なんだから、ご一緒でかまいませんよね。それとも何かやましいことでも?」


「い、いえ、全然平気です!」


「なら、急いでください。ここにいると巻き添えを食うかもしれませんよ! 白神ビチ子、死ねぇ!」


 物騒な掛け声とともに、真紅様は白神先輩に切りかかる。


 かくして、赤山寮ではゲームや映画さながらのソードバトルアクションが繰り広げられることとなった。たしかに、ここにいてはオレと瞳子の身も危ない。


 しかたなく、オレたちは真紅様の言葉通り一階の風呂場に避難することにした。


 *     *     *


 それから、10分後。


 オレと瞳子は、湯船の端と端に座って、お湯に首まで浸かっていた。


 高校の寮の大浴場ほどじゃないけれど、独身寮の風呂も二人で入るには十分大きい。反対側にいる瞳子の顔は湯気にかすんではっきり見えなかった。


「ごめんな、なんか変なことになって」


「別にいいよ。だって、一緒に入らないとボクが女の子かもって疑われちゃうしね」


「悪いな、でも大丈夫。湯気で全然見えてないからな」


 声が風呂場に反響する。


 瞳子がボソリと「別に、見たっていいのに」とつぶやいたけれど、それはお湯の音が反響して聞こえなかったことにしておく。


 とりあえず、手足を伸ばした。


 温かいお湯が気持ちいい。


「あー、いいお湯だ」


「ホントだね」


 ふと、思い出した。


「なんか、昔もこうやって一緒に風呂に入らなかったっけ?」


「九朗ちゃん、何か思い出したの?」


「いや、思い出せそうで、思い出せない。でもさ、それでもいいと思うんだ。忘れてるのには意味があるんだよな。しかも、悪い意味じゃない。きっとその方がいいからなんだ」


「どうして、そう思うの?」


 瞳子が不思議そうに尋ねてくる。


 オレは正直に答えた。


「だってさ、オレ今までずっと幸せだったんだよね。高校のころの記憶はないけど、ちゃんと大学も出て就職して。だからさ、もしかしたら、記憶がないのは誰かがオレのことを思ってそうしてくれたんじゃないかって」


「誰かって?」


「うーん、わかんないけど、神様とか?」


「九朗ちゃんって、そういうの信じる人だったっけ?」


「オレは、オレの見たものしか信じないよ。でも不思議だけど、妖怪とか魑魅魍魎とか、そういうのは全部信じてるんだよな。なぜだろ?」


 オレの言葉に、瞳子は満足そうにうなずいた。


「よかった。九郎ちゃんちゃんが幸せで……」


 そして、気がついた。コイツは、オレのことを心配して会いにきてくれたんだ。


「ま、いいか。オレさ、そろそろこの独身寮から出ようと思ってるんだ」


「えっ? もしかして、イヤになったの? ボクみたいのにつきまとわれて気持ち悪くなったとか?」


 不安げな瞳子に、オレは微笑んだ。


「そうじゃないさ。でも、ここじゃ二人で住めないだろ」


「九郎ちゃん、それってもしかしてプロポーズ!?」


「違うよバーカ。でも、まあ、帰ってきたときに誰かが待っててくれるってのはいいもんだしな」


「九郎ちゃん!」


「おい抱きつくな、当たってる、当たってるぞ!」


「いいでしょ。九郎ちゃんのだって当たってるんだから!」


 *     *     *


 そこまで話すと、座敷童子はコホンと咳をしていった。


「というのが、ボクの理想の告られ方かな」


 付喪神と鬼神は、抗議の声を上げる。


「ずいぶん引っ張ってそんなオチ!? 長すぎるわよ!」


「そうそう、それになんで私が鈍感みたいな設定になってるの?」


 冬の夜、青嵐学園緑水寮の一室で三人の美少女たちはガールズトークに花を咲かせていた。


「そうかな? 真紅ちゃんはだいたいそんな感じだと思うけど」


「あー、それにはあたしも同意だわ」


「ひどぉい! あなたたちには鬼神に対する敬意ってものがないの!?」


「「ナイナイ」」


 春はもうすぐそこまで来ていた。


ひどいオチで、すみません。

次からは第二部が始まります。

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