後日譚:社会人はツラいよ 1
鬼神の復活騒ぎから7年後くらいのお話です。
午後七時。
残業を早めに切り上げて、会社から一駅のところにある「赤山寮」に帰ってきた。
赤山寮は、このご時世に珍しい賄い・風呂付きの独身寮だ。部屋は六畳と少し狭めだが、月一万二千円という家賃は若手社員には大助かりだった。
オレの部屋は二〇五号室。
部屋の前まで来たところで、辺りに人の気配がないのを確認した。残業しているのか、それとも会社帰りに飲みにでも行ってるのか、とにかく他の連中はまだ帰っていないらしい。
ホッと溜息をついて、部屋のドアノブを回した。
すると、たちまち、
「あ、おかえりぃー!」
甲高い声とともに、白い肢体が飛びかかってくる。オレの首根っこに抱き着くと、まるで子犬のようにじゃれはじめた。
「おかえり、おかえり、おかえりぃー」
高校のときに同級生だった座志木瞳子だ。夏も終わりだっていうのにショートパンツにタンクトップ姿で、肌色のパーセンテージが不自然なほど多い。ショートボブという名のおかっぱ頭がまるでトイプードルのようだった。
「お、おい待て、やめろ、落ち着けって」
「やだやだ、だってうれしいんだもん、おかえり、おかえりー、……うぐっ」
大声で騒ぎ続ける瞳子の腹を殴って黙らせた。
お腹を抑えてうずくまりながらも、瞳子は笑顔を見せる。
「おかえり、九郎ちゃん」
「あのなぁ、何度言ったらわかるんだ。ここは会社の独身寮。ホントは女の子を入れちゃいけないんだぞ」
瞳子が、オレの前に現れたのは三日前の話だ。
仕事をクビになったあげく両親に家を追い出されて行くところがないと嘆くコイツを追い払うことができず、女人禁制という独身寮の規則を破って部屋に住まわせていた。
「うん、もしみつかったら会社をクビになるかもしれないのに、九朗ちゃんはボクを置いてくれてるんだよね」
「いや、さすがにクビにまではならないだろ」
オレが瞳子を追い払えなかったのには二つ理由があった。
一つは、純粋にコイツが可哀想だったからだ。寮の前で夕立に打たれていた姿は、まるっきり捨てられた子犬のようだった。やや垂れ気味の大きな瞳は雨と涙に濡れ、細くて白い手足は寒さのせいかプルプルと震えていた。
あれを放置して平気なヤツがいるとしたら、鬼神か妖怪の類だろう。
そしてもう一つの理由。
瞳子はオレの姿を見るなり言ったんだ。
「ボクのこと覚えてない? 高校のときに同級生だった座志木だよ! 三年間ルームメイトだったんだから覚えてるよね!」
まったく覚えていなかった。
けれど、覚えていないのは彼女のことだけじゃない。
実はオレには、高校生の時の記憶がなかった。青嵐学園という名の高校に通っていた事以外は全く覚えていない。医者によると、高校入学直前に交通事故で両親を亡くしたことに対するPTSDの一種らしい。
別に忘れたからと言って生活に困るわけじゃないけれど、自分がどんな高校時代を過ごしていたかは興味がある。
「ありがとね。この恩に報いるためだったら、ボクどんなことでもするから」
「なら、もう少し静かにしろ」
「うん、じゃあ静かに『する』ね。どんな風に『する』のがいいかなぁ。純潔は守らなきゃいけないから。やっぱり手とか口とかかなぁ」
「ちがーうっ!」
「ええっ? じゃあ、足? それとも、脇? もぉ、九郎ちゃんマニアックすぎだよぉ」




