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ヒミツの寮生活5

 *       *       *


「九郎ちゃん、お待たせぇー」


 先輩がいなくなった後の弓道場に、幼馴染の脳天気な声が響いた。


「え、あ、透? もう終わったのか?」


 気のない返事に、ジャージ姿に着替えた透は口を尖らせる。


「もう終わったのかって、とっくに5時半過ぎてるよ。あ、さては九郎ちゃん寝てたんでしょ」


「寝てないさ。ちょっとボーっとしてただけ」


「それはいつものことじゃん。さ、帰ろう」 



 弓道場を出ると、すでに月は沈み、空には満点の星空が広がっていた。


「うわぁー、綺麗な星空だねえ」


「ああ」


「ひぇっくしょん! あー冷えるぅー」


 透は大きくくしゃみをすると、ブルブルッと身体を震わせた。十一月の夜風はかなり冷たい。オレはまるで母親のように、濡れ髪の同級生をたしなめた。


「もう十一月だからな。髪の毛しっかり乾かしてこないからだぞ」


「あーあ、お風呂にゆっくり浸かってのんびりしたいなぁ」


 ショートヘアを摘まんで、恨めしそうにつぶやく。


 火照ったオレの頭には冷たい風が心地良いくらいだけど、風呂上りの透にはそうもいかないようだ。これから冬に向けてどんどん寒くなっていく。いくら温水とはいえ弓道場のシャワーだけっていうのはちょっと可哀想かもしれない。


「寮の風呂はデカいし、けっこう清潔だし、気持ちいいぞ。透も入れればいいのになあ」


「うーん、それはどう考えても期待薄だよぉ」


 そう言って肩をすくめる。


「寮のお風呂かぁ、できれば一回くらい入ってみたいけどねえ」


 小さい身体を更に縮こまらせて歩く透を横目にしながら、頭の中でシミュレーションしてみた。なんとか他の寮生やつらに女だと気付かれず入浴する方法はないものか?


 ……でも、それはやっぱり無理な相談だった。


 寮の入浴時間は夕方4時から夜8時までに限られていて、その間は常に生徒たちで大混雑している。何かのはずみが重なって他の生徒が全員いなくなりでもすりゃ別だけど、そんな奇跡はおこるはずがない。


 大浴場は諦めてもらうしかなさそうだ。


「あー、なんか今イヤラしいこと考えてたでしょ」


「バーカ、んなわけねぇだろ!」


「ウソウソ、どうせあたしと一緒にお風呂に入りたいとか思ってたくせに」


 思いっきり耳を引っ張った。


「あたしじゃなくて、俺。百歩譲って、ボク」


「いたたたたた、ゴメン、ゴメンってば」


「もう、しっかりしろよ。もしバレたら冗談じゃすまないんだからな」




 ――今から半年前。オレたちがこの学園に入学する直前のことだ。


 こいつの家族は、ある日突然この世からいなくなった。


 お父さん、お母さん、そして双子の兄。


 三人を乗せた自家用車が、居眠り運転のダンプトラックに追突されたのだ。家族の死を最初に知らせたのはテレビの臨時ニュースだった。こいつが病院に駆けつけたときに、母親と兄は既に死亡。辛うじて父親と一言二言、最後の会話を交わせただけだったという。


 それから一週間、こいつは誰もいなくなった家のリビングで物も言わずただ座り込んでいた。


 あのときの顔は今でも忘れられない。


 魂のない『抜け殻』のような顔。


 そんな姿を見ていられなくて、オレはこいつに突拍子もない提案をした。兄の行くはずだったこの学園に男子として潜り込むように勧めたのだ。そうすれば衣食住の心配は要らないし、なんといってもオレがそばにいて支えてあげられる。


 まさか運良くルームメイトになれるとまでは思わなかったけど、おかげでこの荒唐無稽な作戦も誰にもバレることなく、順風満帆に半年を経過していた。


 そしていつのまにか、こいつの顔に微笑みが戻りつつある。



「まあ九郎ちゃんもお年頃だから、そういうエロい気持ちになるのもしょうがないけどね。我慢できなかったら、いつでもボクを使ってくれていいんだよ。九郎ちゃんは命の恩人だし、ボクのことは犬だと思ってなんでも命令して」


 夕食時の寮の食堂は生徒たちでごった返している。


 オレと透は食堂の隅に陣取ってヒソヒソ話を続けていた。


「何言ってんだ。おまえみたいなツルペタ相手にエロい気持ちになんかならねえよ」


「胸はないだけど子供じゃないもん。今だって、シャワー浴びてからブラつけてないんだよ」


「!?」


 一瞬驚いて、透の胸元に目をやった。ジャージの下から覗いているのは白いTシャツで、そういわれれば胸あたりに微妙な突起物があるような、ないような……いずれにしても白神先輩の豊乳にくらべると泣きたくなるような断崖絶壁だ。


「……今日の九郎ちゃん、なんかヘン。ボクがシャワー浴びてる間に何かあった?」


「えっ?」


 何かあったのか、と聞かれて思わず腹に手を当てる。


 確かに、今日は「何か」があった。


 いきなり屋根から白神先輩が落ちてきた。それから彼女はガムテープと矢で右下肢の治療をはじめたんだ。まったく、あの治療の仕方には驚かされた。


 そして、先輩に誘われた。


『今夜十二時、保健室に来てね』


 あの時の彼女の微笑みは、悪戯っぽいというかなんというか、とにかくメチャクチャ色っぽかった。そして渡された『封印帳』なる古文書を、オレは失くさないようズボンと腹の間に挟みこんでいた。


「やっぱり何かあったんだね」


 ジャガイモの刺さったお箸をオレの顔の前に突き出しながら、透は口を尖らせる。


「なんだよ、何を根拠に」


「九郎ちゃんさ、ボクがブラつけてないと、ツルペタとか言って興味ない振りしながら、いっつもメチャクチャガン見してくるでしょ。でも今日は全然アッサリなんだもん」


「な、ガン見なんかしてねえよ」


「ウソウソ、三秒に一回は胸見てくるじゃん」


「それは他のヤツに女だとバレないか、チェックのために仕方なくだな」


「女子だね。弓道場で女子と何かあったんだね」


 なんで、女子ってのはこんなに勘が鋭いんだろう。


 オレは額の汗をぬぐいながら、妙に言い訳めいた口調で、空から落ちてきた白神先輩がガムテープと矢を使って足の怪我を治療した事を話して聞かせた。


「い、いやさ、弓道場でお前を待ってたらさ。屋根の上から三年の白神先輩が落ちてきたんだ。びっくりしたんだぜ。明らかに足がブラブラしてるのに全然痛がらなくてさ」


 もちろん、先輩に「童貞じゃなくなるようないいことしてあげる」と言われたことや、へんな古文書あずかって「夜中に保健室まで持ってきて」と頼まれたことは内緒だ。


 それを聞いた透は、うーんと小首をかしげた。


「ふーん、それってひょっとしてエーラス・ダンノス症候群ってやつかな」


「なに? エロス堪能する将校クン?」


「そんな無理矢理なボケいらないよ。エーラス・ダンノス症候群。図書室で読んだことあるんだ。膠原線維が緩くなる病気で、関節が脱臼しやすくなるんだって」


「おー、おまえ何気にスゲエな。ホントにそんな病気があるんだ」


 こいつは放課後を図書室で過ごしていることが多く、その分雑学の知識は半端ない。素直に感心していると、冷たい声が飛んできた。


「で?」


「えっ?」


「えっ、じゃないよね。それから? 白神先輩と何があったの?」


「な、何があったのって、……べ、別に何にも」


 ドスン!


 透の握りこぶしがテーブルを叩く。


「ごまかそうたってダメだからね。だって、白神先輩ってあの有名な白神一子先輩でしょ」


「ちょっと、透、声が大きいって」


「あの人が上級生の間でなんて呼ばれてるか知ってる? 白神ビチ子だよ。『白神が歩いた後はマツタケも生えない』って噂のビッチなんだよ」


「どんな噂だよ。全然意味わかんねえぞ」


「とにかく、そのビチ子先輩と二人きりで何もないってはずないでしょ」


「おい、いい加減にしろよ!」


 あまりに断定的な透の口調に、今度はオレがムッとしてテーブルを叩いた。


「透が知ってるのは先輩の噂だけだろ。噂だけで人を判断するなんておまえらしくないぞ。人の噂がどんなにいい加減か、一番よく知ってるのはオレたちだろう」


「それ、どういう意味?」


「もう忘れちゃったのかよ、あの根も葉もない噂のこと。203号室の座志木透と姫雪九郎は恋人同士だってバカみたいな噂が流れたじゃないか」


「あ、アレはびっくりしたよねえ。だって九郎ちゃんが受けでボクが攻めだっていうんだもん。マニアの気持ちって完全に理解不能だよ」

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