幼馴染のヒミツ6
「……そう言うと思ったわ」
しばしの沈黙のあとで、次郎丸真紅は答えた。
「つまり姫雪君は封印帳の残りを白神一子に渡して、座敷童子を取り戻そうというのね」
「はい」
「でもそれじゃあ鬼神が復活してしまう。青嵐の地に棲む鬼神は他の魑魅魍魎と違って、純粋な破壊衝動のみに突き動かされる危険な化け物よ。復活すれば青嵐の住民はおろか、日本中、世界中の人々に被害が及ぶわ。これを見て」
会長は、オレに一枚の封筒を手渡した。中には古い写真が入っている。
「まさか、コレ……」
そこに写っていたのは、鎧のような筋肉をまとった大男。その相貌は憤怒の形相で、目は血走り、口は裂け、中から牙が覗いている。それよりもなによりも異形なのは、男の頭部から大きな二本の角が生えていることだ。
間違いなく、それは鬼だった。
「鬼神なんて昔話だと思っているかもしれないけど、前回ヤツが出現したのはほんの90年前、昭和になってからよ。こうして写真を見ればわかるでしょう。この鬼の王は本当に存在していたの。いいえ、もっと正確に言うと、今もこの学園に封印されているだけで存在しているの。あなたは、その封印を解こうとしているのよ」
そう言われると、返す言葉がなかった。
手にした写真からでも鬼神の迫力はビンビン伝わってきて、まともに直視することができないくらいだ。こんなヤツが現実に現れたら、いったいこの世はどうなってしまうだろう。
会長は続けた。
「そういえば姫雪君は以前に言ってたわよね。鬼神が復活したいならすればいい、鬼神の気持ちになって考えろって」
美少女の視線がまっすぐオレに注がれる。その瞳はどこまでも深い漆黒で、まるで小さな宇宙のようだ。
「もし鬼神が自分の復活を望んでいないとしたら、姫雪君はどうする? 鬼神は90年前にその力を封印されて、以来ずっとこの地で、人々や魑魅魍魎たちの営みを眺めて過ごしてきたの。この世界に愛着が湧いて、大切に思っている可能性だってあるでしょう。自らが復活して本能のままに世界を破壊するくらいなら、ずっと封印されたままのほうがいいと思っているかもしれない。それでも、姫雪君は封印帳を完成させるの?」
「そ、それは……」
予想外の質問に、オレは思わず口ごもった。
青嵐の鬼神。はるか昔から、この地に住む人間に災いをなしてきた魑魅魍魎の王。破壊の衝動にまかせて人類すら滅ぼしかねない魔物の気持ちなんて、ちっぽけな人間のオレにわかるわけがない。
でも、これまで会ってきた魑魅魍魎たち、透も、作曲家小人も、緑のポストマンも、みんな人間と変わらない心を持った連中だった。
写真の中の鬼神はみるからに恐ろしい。でも、そんな彼にだって心はあるに違いないんだ。それなら――
「そんな希望は、却下します」
きっぱりと断言した。
「世界を守るためにずっと封印されていたいなんて、ヒキコモリの言い訳みたいな戯言を聞く耳は持ちません。そんなにこの世界のことが好きなら、とっとと封印なんか解いて自分で世界を守るべきです」
「……プッ」
すると、それまで無表情だった会長が耐えられないとばかりに噴き出した。そのままお腹を抱えて爆笑しはじめる。
「会長?」
「クックックッ、もうダメ、お腹痛い」
「会長、どうしたんですか?」
「前回、あなたが『鬼神の気持ちになれ』と言った時にもずいぶん笑わせてもらったけど、こんどは鬼神に『おまえが世界を守れ』って言うわけ? 姫雪君って、ホントに面白いこと言うのね。やめてよ、あんまり笑うと傷に響くんだから」
「そんな、オレは会長に聞かれたことに真面目に答えただけです」
ようやく笑いの収まった会長は、今度は真剣な顔になって言った。
「まあいいわ、封印帳の制覇を手伝うと決めたときから私の腹は決まっているんだもの。とことん姫雪君につきあうわよ。鬼神が復活したらしたで、そっちを何とかすればいい」
「すいません、迷惑をおかけして」
「いいってことよ。それにいま現在、封印帳は二つに分かれているだけで実質的には制覇された状態だしね。このまま知らん振りをしていても、何かのはずみで聖玉が出現して鬼神の封印が解けないとも限らない。このあたりでキッチリ決着をつけたほうがいいのかもしれないわ」
「ありがとうございます」
「お礼をいうのはまだ早いわよ。早速、今後の作戦を考えましょう。鬼神をなんとかする方法は今のところ三つ考えられるわ」
会長は、いつもの凛とした口調で言った。おもわず顔がほころぶ。それを目ざとく見つけて会長はオレを咎めた。
「ちょっと、こっちが真面目に話してるのに、ニヤニヤしない」
「すみません。でもそこまで方針が立ってるってことは、会長は最初から透を助けてくれるつもりだったんですよね」
「うるさいわね。黙って聞きなさい」
包帯の下の顔を赤くしながら、会長は続けた。




