生徒会長のジツリョク4
オレは、ポケットからライターを取り出した。
いざというときに用意した奥の手だ。封印帳を燃やしたらどうなるかなんてわからないけど、少なくとも白神一子にとって不都合なことは間違いない。
「おー怖い怖い。でも、それは困るわねえ」
「オレは本気ですから」
着火ホイールを回して火をつけようとする。慣れないせいか上手くいかなかった。
「姫雪君、気をつけて!」
どこからか会長の声が飛んできた。
(!?)
ライターに気を取られた一瞬、何かに背中の封印帳を奪われた。振り返ると、空中に人形の左手首が浮かんでいる。その指には封印帳が握りしめられていた。
「しまったっ」
臍を噛む間もなく、左手は白神一子本体に戻っていった。
「残念でした。そして、ごくろーさん、封印帳は、たしかにちゃんと返してもらいましたぁ」
「ちくしょう、返せ!」
オレは先輩目掛けて夢中で飛びかかる。だが彼女はそれをあっさりかわして、近くの大木の上にヒラリと飛び乗った。
「姫雪クンは、おとなしくそこで見てなさい。これから、封印帳に集まった魑魅魍魎の力を集めて聖玉を復活させちゃいまーす」
それから先輩は封印帳を夜空に掲げて、なにやら呪文のようなものを唱えはじめた。厳かな響きが、夜の校庭にこだまする。
カケマクモカシコキタカマハラノスメラカミニモウス
イニシエノヤクジョウニシタガイアマノミタマヲサズケタマヘ
………………
…………
……
呪文の詠唱が終わり、沈黙が辺りを支配する。しかしいくら待っても、校庭には何の異変も起こらなかった。
「ど、どうしちゃったの? 何よ、まだコンプリートできてなかったの?」
白神一子の顔に焦りの色が浮かび、慌てて封印帳をめくりなおした。でも、それはさっきオレも確認したばかりだ。封印帳の全てのページが朱に変わっているのは間違いはない。
ワナワナと声を震わせて叫んだ。
「姫雪九郎! キミ、とんでもないことしてくれたわね……」
その顔は美少女からおどろおどろしい人体模型のそれに変わっている。
「なんてバチあたりなの!? 封印帳を破るなんて!」
人体模型の付喪神は、封印帳の一ページを開いてこちらに突きつけた。遠目ではっきりしないけど、古文書の一部が切り取られているらしい。もちろん、オレの身に覚えはない。
「破る? オレはそんなことしていない!」
「キミじゃなきゃ、誰がこんなことするってのよ。まったく小細工してくれちゃって。残りはどこに隠したの?」
「知りませんよ。オレじゃない」
その時だった。
グワワワワアアァァ!
突然、ケルベロスの吼え声が校庭に響いた。
天を突くような雄叫びを上げながら、巨大な魔獣の姿が霞んでいく。それは、地獄の番犬の断末魔の叫びだった。
そして消えていくケルベロスの影の中から現われたのは、刀を携えた美少女だ。
会長のクダリ刀が青嵐学園七十七不思議最後の魔獣を退治したのだった。
「白神一子、よくわからないけど、オマエの悪運もこれまでのようね。覚悟なさい!」
「人間の身体でケルベロスを倒すなんて、アンタ、やっぱバケモンだわ」
「恋する乙女をバケモノ呼ばわりとは、付喪神、オマエはホントに死ねぇ!」
生徒会長は疾風怒濤の勢いで校庭を駆け抜けると、樹上の白神一子目掛けて跳躍した。
黒髪が風に舞い、白刃が星明りに煌めく。
次郎丸真紅渾身の一撃は、逃げようとする九十九神の下半身を捉えた。スカートが避け、露わになった右太腿が中ほどで切断される。だが、その切断面からは一滴の血も流れていなかった。
「チィッ!」
舌打ちをする白神一子に、会長のニ撃目、三撃目が容赦なく襲う。手負いの人体模型は、辛うじてそれを交わすのが精一杯だった。
そして、四度目の斬撃が先輩を捉えた――と思いきや、死角から飛来した人形の右下肢が再び会長の背中を痛打した。
「くぅ」
その隙を逃さず、付喪神は真っ暗な夜の空に向かって跳躍する。
「姫雪九郎! 明日の夜までに、封印帳の残りの頁を揃えて校庭に来なさい。そうすれば、今度こそキミの大事なあの子と交換してあげるわ!」
そんな捨て台詞だけを残して、彼女の姿は掻き消すように消えてしまった。
「待てっ……っつう」
追いかけようとした会長が、片膝をついてうずくまる。
慌てて駆け寄ると、彼女の身体は満身創痍だった。特に額からは鮮血が噴き出している。
「逃したか……腹が立つわね、低級霊のクセに」
「会長、大丈夫ですか、いま救急車を呼びますからね」
「バカ言わないでよ。この状況を何て説明する気? 大丈夫、家に帰ればなんとかなるわ。それより封印帳が破れてるって、どういうことなの?」
「さあ、オレにもさっぱり」
「……そう、でもとりあえずそのおかげで命拾いしたわけね、痛っ」
「本当に大丈夫なんですか、やっぱり救急車を」
「しつこいわね。少し休めばなんとかなるって言ってるでしょ。それより、青嵐の魔王の復活は近いわよ。どうするか考えなきゃ」
「どうするか考えなきゃって言われても……」
そもそもいったい何がどうなっているのか、さっぱり状況が飲み込めなかった。
オレは白神一子に言われた通り、封印帳をコンプリートしたはずだ。なのに聖玉とやらは出てこないし、透も帰ってこなかった。
もう何をどうすればいいのか。万策尽きたとはこのことだ。
気がつくとオレの身体にもあちこちに傷がある。それまで平気だったのに、意識してしまうと急に痛くなってきた。
「いてぇ」
「大丈夫? とにかく今日のところはお互い少し休みましょう」
会長に促されて、オレたちはそれぞれ家路に着いた。
寮の部屋に戻っても、やっぱり透の姿はない。
六畳くらいの小さな部屋が、一人だと妙に広く感じられた。
身体の傷は痛んだけれど、それよりも透を取り戻せなかった悔しさの方が何倍もつらい。オレはベッドに潜り込むと、布団をかぶって泣いた。




