カノジョ人形3
なるほど、先輩はどんな望みも叶える聖玉が目的で、理事長の家から封印帳を盗み出したわけか。ってことは、どうやら先輩は悪役ってことで決定らしい。
もう一度聞いてみた。
「じゃあ百歩譲って封印帳の話が本物として、先輩は学園七不思議を全部体験して、いったいどんな願いを叶えるつもりなんですか?」
すると、白神先輩はフッと鼻で笑った。
「この間も言ったでしょ。わからないことを何でも聞けばいいと思ったら大間違いだって。それにもう一つ教えてあげる。どうしても叶えたい願いは、口に出さずに胸の奥にしまっておくものなんだよ」
そう言った先輩は、今日もお人形さんのように美しい。でも、その表情はどこかしら悲しげだった。絵画を切り取ったようなその光景を、やはりオレはどこかで知ってる気がする。それがどこなのか、どうしても思い出すことができなかった。
「それに言っておくけど、あたしは別に自分で七不思議を制覇するつもりはないから」
「えっ、あっ、あー」
先輩の言葉を聞いて、オレは思わず言葉を詰まらせた。
「そ、そうですよね。すいません、ヘンなこと言って」
なんとも微妙な雰囲気が漂う。そういえば、さっき先輩自身が言ってたっけ、聖玉と契約できるのは清らかな身体の持ち主だって。
「あー、でも、そんなの気にすることないと思いますよ。世の中には、そういうことにこだわらない男子もいますから」
「キミ、何が言いたいの?」
「ええと、ですから聖玉との契約には資格が要るんですよね。先輩には、ちょっと……」
「何言ってんのよ。あたしは清らかな乙女です」
「ええっ!!」
オレは驚きのあまり頬を押さえてムンクになった。七不思議も、クダリ刀も、聖玉も信じるけど、こればっかりは到底信じられない。
「ホント、失礼なヤツね。あたしが言いたいのはそういうことじゃなくて、あたしは七不思議を見る立場じゃないの」
「へっ? 見る立場じゃなかったら、なんなんです?」
「姫雪クン、ホントに気付いてないわけ? いままで色々おかしいトコあったし、苗字からしてヒントになってたでしょ」
「苗字?」
「白って漢字は百から一を引いたものでしょ。だから、九十九歳のことを白寿っていうじゃない。あーあ、これだからゆとり世代は」
そういえば今ミニスカートから覗いている艶かしい右足は、昨日はぶらんぶらんになってガムテと矢で固定されていた。二階まで壁をのぼってきたことを考えても、右足の怪我は完全に治っているんだろう。普通、あれだけの怪我がたった一日で治るなんて考えられなかった。
いやそれ以前に、あの怪我は本当に次郎丸会長に負わされたものなのか?
それはおかしい。会長のクダリ刀は悪霊を切る剣で、人間の身体を傷つけることはできないんだ。ということは……
「九十九神って知らない? またの名を付喪神。長い年月を経て神錆びた依り代に霊魂が宿り意志を持ったモノをそう言うの」
何かで読んだ事がある。作られて百年過ぎた古道具に魂が宿って妖怪になってしまうって話。アレは漫画だったか、小説だったか? とにかくフィクションだったはずだ。
「――あたしは、保健室にある人体模型の九十九神なの」
言葉の意味がぜんぜん理解できなかった。
ただ、こちらをみつめる先輩の瞳は大きく黒く、不自然なくらいに整っている。視線に耐えられなくなって目を逸らしたオレは、窓に映った光景に我と我が目を疑った。
窓ガラスに映っていたのは、芸術的美少女じゃない。
髪の毛一つない頭部。くすんだガラス玉のような瞳。不自然に光るプラスチックの肌。その肌も躯体の半分では剥がれていて、グロテスクな筋肉と内臓が丸見えになっている。
たしかに、保健室にある人体模型そのものだ。
「つまり、あたし自身が学園の七不思議の一つだってわけ」
人形の無機質な口が動いて、まるで生きた人間のように言葉を発していた。
オレの額から冷や汗がこぼれた。
そういえば、透のノート、七不思議のその20辺りに「保健室の美少女人形」ってのがあった気がする。
でもまさか、先輩が魑魅魍魎の仲間だなんて……
「ちょうど良かったわ。せっかく手に入れた封印帳、誰かに完全制覇してもらおうと思ってたんだ。ちょうどいい。姫雪クン、キミにお願いしようかしら」
「オレに?」
「そうよ。学園七不思議を全部見回って、出来上がった封印帳をあたしに持ってきて欲しいの。そうしたら聖玉にお願いするのと同じ、ううん、聖玉では絶対に叶えてもらえないようないいコトしてあげる」
そういうと白神先輩は髪をかき上げた。サラサラと髪の毛が流れる音がするけれど、窓に映る先輩の頭部には一本の髪の毛も生えていない。
「そ、そんなムリっすよ」
「どうして? オレは女の子が好きだって言ってたじゃない」
「もちろん、好きですけど」
オレが好きなのは女の子でつるっぱげの妖怪じゃありません、とは言えなかった。言い淀んでいると、先輩は納得したように頷いた。
「そうかそうか、姫雪クンはアメをもらうよりムチを使われるほうが好きなんだね」
「な、何言ってんですか。オレはどっちかっつうとSですから」
人体模型の妖怪はチッチッチッと指を横に振った。
「抵抗しても無駄だぞ。じゃあ、ムチのほうをを使わせてもらうわね。姫雪クンが学園七不思議を全部体験してくれるまで、キミの大事なものを預かっちゃおう」
口ぶりは楽しげだけど、その顔はぜんぜん笑ってない。大事なものを預かるって、一体何をする気なんだ? んでもってオレはどうすればいい!?
ふと生徒会長の言葉が頭に浮かんだ。悪霊を祓う鏡、その名を八曜鏡。次郎丸家に伝わる魔除けの法具が机の上に乗っているんだった。
「先輩、悪いッスけど」
八曜鏡を掴んで先輩に叩きつけようとした、次の瞬間、
――えっ?
先輩の肘から先が千切れて、まるでロケットパンチのように飛んできた。顎の辺りに鈍い痛みを感じて、オレの意識は一瞬で奈落の底に落ちていった。




