コドクの二人3
二時間後――
薄暗い穴倉には、壁に手をついて土台になるオレと、その肩の上に立ち上がる生徒会長の姿があった。オレの身体が揺れるたびに会長の叱咤の声が響く。その口調は容赦なく厳しかった。
「ほら、グラグラしないで。しっかり踏ん張んなさい」
「はいっ」
「だからって歩幅を開きすぎちゃダメよ。肩が低くなっちゃったらお話にならないんだからね」
「すいません」
「あと、絶対に上を見ちゃダメよ」
「見てません、見ません」
「もし見たら、三回は殺すから」
組み体操の電信柱の要領でオレの肩に会長が乗り、そこから穴をよじ登る作戦だ。でもあとちょっとで手が届かないらしく、さっきから全然上手くいってなかった。
「あともう少しなのに……ちょっとの間頑張って。ジャンプしてみるわ」
「えっ? ジャンプって無茶ですよ。あー頭踏むのは勘弁してください」
「フフン、ホントは私に踏まれて嬉しいクセに」
「そんなわけないでしょ。いったい会長の頭の中でオレはどんなキャラ設定なんですか?」
「でも、さっき自分で真性の女好きだって言ったじゃない」
「この世の女好きが、全員踏まれるのも大好きと思ったら大間違いですから!」
「ふーん、じゃあ姫雪君は踏むのが好きなんだ。サイテー」
「だから決め付けないでくださいよ!」
「うるさいから、もう黙って!」
生徒会長はオレの頭を踏み台にして飛び上がるつもりらしい。いくら会長がスリムだといえ、高校生女子の体重を頭だけで支えるのには無理があった。
「お、重い」
思わず言ってはならない一言が口をつく。
「な、なんですって」
「ウソです。重くない、全然重くないです……でも、せめて靴を脱いでくださいよ」
涙声で懇願した。さっきから生徒会長は土足のままなんだ。いいかげん、肩の皮膚も擦りむけ始めているだろう。
「却下」
「なぜです?」
「靴を履いたままじゃないと、脱出した後に困るでしょ」
「靴くらい、先輩が穴を出てオレを助けてくれるときに持って上がってきますから」
計画では、まず組み体操で会長が脱出したあと、ロープか何かを下ろしてオレを助けるという算段になっていた。
「姫雪君に靴を持ってきてもらうなんて、そんなの無理。だって、朝から履いてた靴だし、今日けっこう汗かいたし」
「先輩って、足臭くなる人なんですか?」
「そんなわけないでしょ!」
「あ、ホントだ。別に臭くないですよ」
「チョットあなた、何勝手に匂い嗅いでるの。信じられない」
「あっ、すいません。でも別に何も臭わないですから」
「そういう問題じゃないでしょ、もうサイテー!」
「会長、髪引っ張るの止めてください。それに、そんなに動いたら危ないですって」
「うるさい、うるさい。しかもドサクサに紛れて上見ようとしてるでしょ」
「違いますよ、偶然、たまたま、不可抗力です」
「もうヤダ、このヘンンタイ!」
会長のパンチがオレの頭を強打し、とうとうオレたちはバランスを崩して地面に倒れこんだ。
「痛ててて」
そう言ってみたものの、下が柔らかい地面だからそんなに痛くはない。けれど、会長はうずくまったまま動こうとしなかった。
「ええと、大丈夫ですか? もしかしてどこか怪我しちゃったとか?」
手を差し伸べると、会長は首を振った。
「さっきチラッと見えたの。穴の出口のトコに『篭り鼠』がいたわ」
篭り鼠とは、学園七不思議その53、この穴を掘ってオレと会長を閉じ込めた魑魅魍魎の正体だ。
「アイツ、私たちが苦しんでるのをみて嘲笑っていた。くやしい。これが篭り鼠のやり方なのよ。ヤツは、中の人間が頑張って出られるよりもちょっとだけ深い穴を掘るの。だから、みんな諦めきれずに足掻き苦しむことになる。この穴だって、本当はきっと出られない作りになってるのよ」
完全無欠の生徒会長がはじめて吐いた弱音だった。
(……そうか)
そして、オレは気がついた。
いくら学園カーストの最高位、完全無欠の美少女次郎丸真紅とはいえ、人間であることにかわりはない。しかもオレよりたった二歳年上なだけの女の子でしかないんだ。
もう一度、出口を見上げた。
たしかに、あと少し頑張れば上れないこともない高さに見える。でもそれこそが魑魅魍魎の罠なんだろう。それなら――
「じゃあもう、頑張るのなんかやめちゃいましょう」
「えっ?」
「だって癪じゃないですか、そんな妖怪鼠を喜ばせるなんて。それに、別にオレたちが頑張らなくったって運がよければ、透……じゃなくて、通りがかりの誰かが助けに来てくれるかもしない。最悪、朝になったら寮監の先生が探しに来るわけだし」
「……それは、そうだけど……ヘクチッ」
会長はさっきまでの高飛車な態度に似合わない可愛らしいくしゃみをして、気まずそうに顔を背けた。
気が付くと、さっきまで掻いた汗が冷えてかなり寒くなっている。とくに会長は制服姿だ。冬服とはいえカーディガンも着ていないし、下半身にいたっては生足だった。
ウィンドブレーカーを脱いで手渡した。
「私なら平気です。普通の人間とは鍛え方が違いますから」
そう言って突き返そうとする会長に、オレは片目をつぶってみせた。
「そうでしょうけど、着て下さいよ。だってこうやってオレと会長が仲良くしていたら、篭り鼠のヤツはきっと悔しがりますよ」
「そ、そりゃそうかも」
「でしょう。いい気味じゃないですか」
「じゃあ遠慮なく、……なんか汗臭い」
「うぐっ」
「でも、あったかい」
会長はウィンドブレイカーを羽織ると、体育座りをして空を見上げた。ちょっとためらったけど、離れて座るのもなんなんでオレはその隣に腰を下ろす。
「?」
たしなめるような眼差しを向ける会長に、頭を掻いて微笑んだ。
「いやぁ、この方が余計に篭り鼠がガッカリすると思って」
「それもそうね……って、姫雪君、あなたはジゴロ? ジゴロなの?」
「ジゴロって、イマドキそんな言葉使わないでしょ」
「だってあなた、妙に女の子慣れしてるっていうか、いつのまにか私まで服を借りて隣に座ってるし」
女の子慣れしてるなんて全然そんな自覚はないけど、まあ毎日透と一緒に暮らしているから少しはそうなのかもしれない。
「……封印帳を盗んだ犯人の手下なのに」
「手下はやめてくださいよ」
「じゃあ、噂のホモカップルの片割れなのに」
「もっとやめてください! とにかくボクは白神先輩の手下でもないし、ホモでもありません!」
唾を飛ばして力説する。会長は興味がないと言わんばかりに視線をそらした。
「ふうん。まあ、別に私はあなたの恋愛事情なんかどうでもいいんですけど」
そう言って細い肩をすくめる姿は、やっぱりどこにでもいる普通の女の子だ。




