11
の自分と同じ気持ちだったのではないだろうか。
不思議と死への恐れはなく、迷いが消えた今、その心は爽快ですらあった。
トーマは宝物庫からオリビエに伝わる聖剣を持ちだし、天に翳した。
雷光が音もなく不気味にオリビエの天を走っては消えていく。
トーマの掲げた剣に一条の光が吸い込まれた。
「くっ」
トーマは剣の重さに顔を顰めた。剣が発光し、トーマの身体全体を包んでいくと、頭の中に声が響いた。
『神の加護を受けし、残された祭司の一族の末裔、トーマ・ポティファルよ。我は大天使ミカエルなり。我が力を汝に授けよう』
すると闇の中から、真っ白な光の粒子を纏った人型起動兵器が出現した。背に背負ったスラスターから、さながら天使の羽のような光を帯びて、暗雲の立ちこめるオリビエの空を駆った。
ハデスの瞳が赤く輝き、大天使の機体を認めると、シルビスはその身に走る戦慄に小さく震えた。
「嗚呼、ついに時は満ちた。この瞬間を俺はどれだけ待ち望んだことか。やがて子羊によって巻き取られる、美しき世の終焉を」
音のない雷光の光る空に、光と闇の剣が激しく切り結んだ。
◇ ◇ ◇
無事に地球に降り立ち、オリビエに向かう飛空艇の居室で、シャナは報告を受けた。
「なに? すでに戦闘が始まっただと?」
シャナの声色に緊張が走った。
「それで状況はどうなっている?」
シャナがルリアの震える手を握った。
「はっ、オリビエ側に、今まで見たことのない機体が現れ、現在戦況は互角、オリビエはサリエリの進軍を未だ許してはおりません」
ルリアがほっと安堵の吐息を吐いた。
「へえ、オリビエもやるもんだ、でその新しい機体っていうのは、一体どんなものなのだ?」
「はあ、詳しいことは解かりかねますが……オリビエの者たちはその機体のことを『大天使ミカエル』と呼んでいるようです」
「『大天使』だと? 天上の力を召喚するなど……」
ルリアの顔から血の気が失せた。
「なんだ? なんかまずいことでもあるのか?」
シャナがルリアの様子にきょとんとした表情をする。
「本来、人型起動兵器は選ばれた民の中に流れる魔動力に反応して、機体を動かすことができる、しかし『大天使』シリーズはその中でも特に力を持った大祭司にしか召喚することが許されず、召喚したものはその力と引き換えに命を失うことになる」
ルリアの瞼裏に、トーマの顔が浮かんだ。いつも飄々としていて、それでもいざというときにはすごく頼りになって、剣術、学術から、星の読み方に至るまで、色んなことを教えてくれた、オリビエにとってもルリアにとってもかけがえのない存在だった。
(あの人を失うわけにはいかない)
ルリアはきっと顔を上げた。
「ここからオリビエの戦闘空域まで、どのくらいかかりますか?」
「まあ、四、五十分ってとこじゃねえか?」
ルリアは唇を噛みしめて部屋を後にした。
(遅い、それでは間に合わない)
ルリアは自身の荷物の中から、緋の剣を取りだし、甲板の上で頭上に掲げた。
「頼む、白虎。私に力を貸してくれ!」
ルリアは心の中で強く祈った。
大気が大きく澱んでいる。
天が裂け、そこから白い獣型の神獣が現れた。
そしてルリアを追って、甲板に出たシャナもその神獣の姿を目の当たりにする。
「これは四神白虎……、お前がそのパイロットなのか?」
シャナの唇が微かに震えた。
ルリアは無言のままにシャナに敬礼して、コクピットに乗り込んだ。
「待てよ! 俺も行くつってんだろ?」
シャナもその頭上に朱雀の剣を掲げた。
天が割れ、真紅の機体が姿を現した。
「例えお前が修羅の人生を歩むとしても、絶対に俺がお前を守る。そのことを忘れるな」
◇ ◇ ◇
コクピットの中で、トーマの意識は朦朧としていた。『大天使』の召喚は、思っていたよりも激しくトーマの生を蝕んだ。
それでも視界にハデスを捕え、懸命にトーマは応戦した。
すでに精神力も、体力も限界を過ぎていた。機体を纏っていた光のバリアーはすでに消え、機体には無数の刀傷がつけられている。
トーマの手指の感覚が消えて、視界が段々と暗くなってきた。
「ははっ……こりゃ、まじで……やばいかも」
そんなトーマを見こしたのか、ハデスはその懐に飛び込んで、コクピットに銃口を向けた。
トーマは目を閉じた。
衝撃音に目を開くと、モニター越しに、地に倒れていたのはハデスの方だった。
「な……に?」
トーマは驚きに目を見開いた。
「もう二度と、オリビエを焼かせはせない」
トーマの機体を背に庇い、白き神獣が吠えた。
◇ ◇ ◇
「非常事態宣言? どういうことですの?」
飛空艇が間もなくオリビエ圏内に入ろうとしたとき、エアリスの乗る飛空艇はオリビエ軍により取り囲まれた。
「現在、我がオリビエは、サリエリと交戦中にある。よって友軍コードの無い、貴艦を領内に入れるわけにはいかない」
エアリスはきっと顔を上げて、通信機のマイクの前に座った。
「ですから、わたくしはエアリス・シャル・オリビエだと申しているでしょう。行政府か、王宮に通信を繋いでください」
「いい加減にしろ、姫様がこんなところにおられるわけがあるまい、あくまで引き上げないというのなら、こちらにも考えがある」
オリビエの戦闘機が、こちらに火器を向けている。
エアリスは悔しさに唇を噛みしめて下を向いた。
「おう、どうした、どうした? 内輪モメかい? 通信聞こえたぜ、エアリス」
「よう、金蹴りの姉ちゃん、元気だったか?」
懐かしい声が、通信機越しに聞こえて、エアリスは顔を上げた。
モニターに映っているのは、友軍『北斗』の旗を掲げた戦闘機だった。
「お……オンボロ……G3戦闘機……」
エアリスの頬に涙が伝った。
「我らは貴国の友軍として、正式に要せされた北斗軍第八部隊である。そしてこの飛空艇に乗る要人を、オリビエの国王陛下にお会いさせることを、極秘の任務として仰せつかっている。よろしくお取り計らいくださいますように」
モニター越しに、志藤が敬礼した。
「エアリス……、それにハヤト!」
行政府に通信が繋がれ、一行はオリビエ王宮の謁見の間へと通された。
知らせを受けたリア王妃が直々に対面の間に赴いた。
リア王妃はエアリスとハヤトを抱いて、その場に泣き崩れた。
「エアリス……よくぞ無事で……、ハヤト生きていてくれて本当にありがとう」
「うわっ……ちょっちょっ……苦しいです。お母さん」
その言葉に、王妃がぎこちなく動作を止めた。
「おかあさん?」
「ええ、そうですよ。あなたが僕を産んでくれたのでしょう? お母さん」
そして今度はハヤトが、リア王妃を抱きしめた。
「僕もルリアも幼い頃に母親は死んだと聞かされました。僕は分家の家臣の息子で、生まれたばかりの頃に、ダテ家のコジロー様に引き取られたのだと。ですから幼い頃には随分と寂しい思いをしました。だからどんな理由があるにせよ、母という存在が、この世にこうして生きていてくれて、僕は本当に嬉しいのです」
ハヤトの心にどこかむず痒いような、それでいて暖かい想いが満ちていく。
「いつの間にか、大きくなってしまったのですね。あなたも、エアリスも、そしてルリアも……、なんだか嬉しい反面、少しもったいないような気もするわね。それから、ランクス……あなたもいらっしゃい。久しぶりに会うのに、ハグがまだだったわ」
リア王妃は、ランクスの前に歩み寄り、ぎゅっとランクスを抱きしめた。
「あなたも、私の大切なもう一人の息子なのよ」
懐かしさに、ランクスの瞳が潤んだ。
「ありがとう……ございます」
刹那、謁見の間に慌ただしく近衛兵が駆けこんできた。
「どうしたというのです。騒々しい」
リア王妃が柳眉を顰めた。
「現在、我が国の空域におきまして、サリエリ軍のハデスと、トーマ様が召喚なさった大天使ミカエルが戦闘中だったのですが、そこに四神の百虎と朱雀が姿を現したと……」
「白虎……まさか、ルリアなの?」
リア王妃の顔が喜びに輝いた。
「その白虎から、通信がありまして、出来得る限り時間は稼ぐが、そう長くはもたない。王宮を開き、国民をシェルターに避難させてくれ、とのことです」
近衛兵の報告に、リア王妃がきっと顔を上げた。
「わかりました。急がせます」
◇ ◇ ◇
「万策尽きたか」
コクピットの中で、シャナが呟いた。
光の加護を受けた特別な三体の機体で臨んだ戦いだったが、闇の王ハデスには、てんで適わなかった。ここまで圧倒的な力の差を見せつけられると、悔しいという感情さえ起らなかった。何か神聖なものを目にしたときのような畏怖の念さえ感じる。
「おい、俺があいつの注意を引きつけている間に、お前はお前の師匠を連れて逃げろ」
通信機越しにシャナの声がして、ルリアははっと顔を上げた。
「嫌だ、そんなの」
ルリアは激しく頭を横に振った。
「嫌でもなんでも、やるしかねえ。お前はてめぇの師匠を見殺しにするつもりか?」
シャナのゆるぎない声色いに、ルリアはモニターのシャナを見据えた。
「だけど、あなたは? シャナ……」
シャナを失うのではないかという恐怖が、ルリアを小さく震えさせた。
「安心しろ、俺は死なねえ。信じろ。だから俺がアイツの注意を引いている間に……わかったな」
火器を使い果たし、パワーダウン寸前の朱雀は、巨大な剣を引き抜いて、ハデスのコクピットに向かっていった。
「うおおおおおお!」
戦場に咆哮が響き、一瞬の静寂の後で閃光が走った。
ルリアの白虎が、トーマの機体を突き飛ばして覆い被さった。
「シャナ……ごめんなさい」
ルリアの頬に熱い涙が伝った。
コクピットを降りて、ルリアはトーマのもとへ駆け寄った。
トーマはコクピットの中で、意識を失っていた。
「先生、先生……、トーマ先生」
ルリアがトーマを抱き起こすと、トーマの瞼が微かに動いた。
「なんだ……泣くな。ルリア」
意識を取り戻したトーマに、ルリアはほっと安堵した。
「先生、よかった」
ルリアはトーマを支えて、立ち上がらせた。
「先生、はやく救護班のところに」
トーマは軍の救護班のもとに向かおうとするルリアを、やんわりと止めた。
「ルリア……頼む。俺を王宮に連れていってくれ」
トーマは朦朧とする意識のなかで、微かな声を絞り出した。
「先生無理です。その身体では」
「俺にはしなければならないことがある。頼む……王宮へ……」
「よしわかった。じゃあ俺が連れて行ってやる」
そういってシャナがいつの間にか、ルリアの背後に佇んでいた。
「シャナ、無事だったのですね」
ルリアの顔に笑みが浮かんだ。
シャナは街のコインパーキングに停まっていた車をハッキングし、トーマを乗せた。
(ごめんなさい。あとで必ずお返しします)
ルリアは車の持ち主に、心の中で詫びた。
「すまないな……少年」
トーマは、自分を支えているシャナに礼をいった。
「気にすんなよ。オッサン」
悪気のまったくないシャナの様子に、トーマは苦笑を浮かべた。
「オッサンじゃねえよ、俺りゃあ、まだ二十三だつうの……」
トーマは、不本意に唇を尖らせた。
◇ ◇ ◇
王宮に被弾したトーマが運びこまれると、国王と王妃が医務室に足を運んだ。
「トーマよ、ご苦労であったな」
国王が、トーマに頭を下げた。
「やめてください。なんだかむず痒いです」
そういってトーマは微笑んだ。
そんなトーマの手をエアリスがしっかりと握った。
「いいえ、お兄様はよくがんばりましたわ。お兄様はわたくしの自慢の兄上ですわ」
エアリスはトーマの掌に、その頬を押し当てた。
「エアリス、お前にこれを渡しておく」
そういってトーマは自身の額当てを外して、エアリスに握らせた。
「なんですか……? これは……」
「大祭司の額当てだ。この意味がわかるな、エアリス」
エアリスは、トーマが渡そうとした額当てを受け取る気にはなれなかった。
トーマが捨て身でこの国を護ろうとしていることは解かる。しかしそれを受け取ることは、すでにトーマの死を受け入れているような気がして嫌だった。
「嫌です。大祭司はお兄様ではありませんか! そんな……遺言を託しておられるようで私は……」
掻き立てられた不安とともに、エアリスの頬に涙が流れた。
「もうすでにわたくしたちは、充分過ぎる人々を失ったではありませんか。もう……よいではありませんか。失いたくないのです。お願い……もう誰もわたくしたちをそっとしておいて」
エアリスは、トーマのベッドに突っ伏して激しく泣いた。涙の中にはエアリスの悲痛な叫びがあった。
ルリアもハヤトもその場に立ち尽くしたまま、言葉を発することができなかった。
トーマは微笑んでエアリスの手を握った。
「一族の皆はさ、この国と俺とお前を守るために散った。最初は俺もすごく恨んだんだ。一族を殺した奴らのことも、そして恩着せがましく死んでいきやがった一族のことも。なんで俺を助けたんだって、なんで俺を残していったんだって……。重すぎる枷を勝手に負わせるなって思った。でもな、俺、今はなんとなくそれがわかるような気がするんだ。たとえ自分の命、存在が無くなっても、残したいものがある。紡ぎたい光があるって」
「紡ぎたい……光?」
「ああそうだ。なんだろ、うまく言えないけど、それはひょっとすると『希望』とか、『未来』とかいう、なんかきらきらしたものなのかもしれねえな」
トーマはそういうと、まるで夢をみるかのような眼差しを漂わせた。
「エアリス、お前は天に選ばれたんだよ。だから逃げるな。しっかりと自分の運命と向きあえ」
エアリスは泣きじゃくりながら、小さく頷いた。
同じ苦しみの中で生きてきたトーマだからこそ、その言葉は重く、エアリスの心を揺さぶった。
トーマはエアリスの額に、大祭司の額当てをはめた。
「選ばれし大祭司エアリスよ。汝、今こそ神の導きのままに大祭司として鍵を開き、光を紡げ」
エアリスは静かに頭を垂れた。
トーマは特別に調合された香油を取りだし、エアリスの頭に注いだ。
芳香が部屋に広がった。
「エアリス、俺には俺のすべきことがあって、お前にはお前にしかできない、特別なことがある。お前はお前のすべきことをやりなさい」
「は……い」
エアリスは真っ直ぐにトーマを見つめて頷いた。
「王妃、すいませんが、エアリスとこいつらを神殿に連れて行ってください。その間、俺がなんとか、敵を食い止めます」
エアリスはもう泣かなかった。
しっかりとトーマを見つめて、微笑んだ。
「お兄様、では行って参ります」
◇ ◇ ◇
「サリエリ軍がゲートを突破し、王都に侵攻を開始しました」
近衛兵の報告に、トーマがふらふらと立ち上がった。
「トーマ、その身体では無理です」
リア王妃が悲痛な声で叫んだ。
「とりあえず、あいつらが帰ってくるまでくらいは、なんとか持ちこたえます」
そういうとトーマは、ふらつく足取りで歩き出した。
「皆さんも、早くシェルターに避難してください」
トーマの脇を、近衛兵が支えた。
トーマは中庭に魔法陣を敷き、その中心に賢者の杖を突き刺した。するとトーマの魔法陣は青く神秘的な輝きを放った。やがて光は王宮全体を包み込み、天上から雪のように真っ白な羽が降り注いだ。
オリビエ王都に侵攻中のシルビスの肌にそれが触れると、シルビスの皮膚を焦がした。
「ふっ、最後の悪あがきか? 面白い」
シルビスは羽の降り注ぐ天を見上げて、低く嗤った。
羽はシルビスだけでなく、サリエリの兵士たちの鎧や皮膚をも溶かしていった。
兵士たちのなかに恐怖が満ち、パニックに陥っている。
「いかがいたしましょうか? シルビス様」
部下の問いに、シルビスは薄く笑みを浮かべた。
「これはおそらくオリビエの大祭司が、命を燃やして行う最後の守りだ。そう時間は稼げまい。しばらく待てば命が尽きるだろう」
光の羽が、サリエリの兵士たちを生きながらに焼いていく。兜を、鎧を溶かし、やがては皮膚を、骨を溶かしていく。
恐怖と痛みに悲鳴を上げる自軍の兵士たちを見て、シルビスの舌が艶めかしく唇を舐めた。
◇ ◇ ◇
エアリスは神殿の地下にある契約の箱の前に立った。そしてその箱に触れると、箱が開き、眩い光が洪水のように溢れ出してきた。
「エアリス」
「エアリス」
「エアリス」
エアリスは光の中でたくさんの人々から、名前を呼ばれた。そこには父がいた。そして母がいた。一族の皆がいた。
柔らかで温かい光の中には、皆の想いが詰まっていた。光がエアリスの凍えた心を少しずつ溶かしていく。
「エアリス」
ルリアの声がした。
「エアリス」
ハヤトの声がした。
「エアリス」
ランクスの声がした。
「はい、わたくしは、ここにおりますわ」
そういって微笑むと、エアリスの身体が光の粒子の中に溶けて行った。
「エアリス? エアリス!」
ルリアが叫んだ。
「鍵は開かれた」
後ろにいつの間にかツインテールの少女が佇んでいた。
「ア……イ?」
ランクスが信じられないというふうに大きく目を見開いた。
「鍵って……エアリスを一体どこへやった?」
ルリアは事態を飲み込めないままに、ツインテールの少女にきつく問う。
「心配するな、エアリスには少しの間、天界とこちらを繋ぐ憑代となってもらっているだけだ」
ツインテールの少女は、無表情にルリアを見た。
「エアリスをもとに戻せ!」
ルリアがツインテールの少女を睨んだ。
「だから心配するなと言っている。役割を終えたらちゃんと元に戻す。それよりも、お前たち四人が持つ剣を、地に突き立てろ」
少女は皆を見回した。
ルリアはぐっと唇を噛みしめながら自身の持つ緋の剣を地に突き立てた。
次いでランクスの青龍が、ハヤトの玄武に続きシャナの朱雀が地に突き立てられた。
するとツインテールの少女が光の粒子となって溶けて行った。
「おい! お前っ」
ルリアが光の粒子に手を伸ばすが、その手はむなしく宙を掻く。
剣に呼応し、地面が激しく揺れて地割れを起こすとそこから巨大な人型の機動兵器が姿を現した。
「これはっ!」
シャナが目を細めた。
そのボディーは神々しくも黄金に輝きを放っている。
「これこそが、我ら楽園の守護者ケルビムの最終形態だ。ここに選ばれし、お前たち四人の意識を注げ」
皆の意識が、その中に吸い込まれていった。
◇ ◇ ◇
トーマの身体は、すでに消滅しはじめていた。腕が片方、光の中に溶けていった。そして足がまるで絵に描いたデッサンを消しゴムで消すように、段々と薄くなり、透明になっていく。
それは不思議と苦痛ではなかった。
トーマは空を見上げた。
夜の深い闇に覆われていた山際が、薄らと明るみはじめていた。
ラベンダー色に変わりゆく朝焼けの空に、明星を見つけると、トーマはなんだか清々しい気持ちになった。
暁に染まる東の空に立つ、黄金に輝く人型の機動兵器を、トーマは微笑みながら見つめた。
「光は闇の中に輝いている。闇は光に打ち勝たなかった……か」
トーマは光の書に書かれた予言の一節を口遊んだ。
光は紡がれたのだ。トーマはほっと安堵した。それと同時に、間もなくこの世から消滅する己の身体をふと哀れに思った。誰もが経験する『死』と名付けられたこの無に帰す瞬間は、やはり少し寂しくもあった。
「しっかりやれよ……いつかまた逢う日まで」
トーマは愛しい者たちの面影を抱いてその目を閉じた。
◇ ◇ ◇
コクピットの中で、シルビスは少し白んで見える機内をぼんやりと見回した。電気回路があちこちショートしていて、焼け焦げた臭い匂いが鼻をつく。
シルビスは動かなかった。
戦いのすざましさを物語るコクピットの有様を、どこか他人事のように、ただぼんやりと眺めていた。
シルビスの身体には無数の光の矢が突き刺さっていた。もはや痛みなど、とっくに麻痺している。
「ぐはっ」
シルビスは込み上げた吐き気のために、口に手を当てた。
その手を汚したのは汚物ではなく、鮮血であった。
ツインテールの少女が、手のひらを翳すと、ハデスのコクピットが開いた。
少女は硝子玉のような瞳に、シルビスの姿を映した。
「皮肉なものだな。これではこの間とまるで真逆ではないか。なあ、オリエよ」
シルビスはその口元に笑みを浮かべた。
「なあ、オリエ。もしかするとお前だったら、この俺を消滅させることができるのではないのか?」
「残念だが、それは私に託された範疇ではない。お前の消滅を、主様はお許しにはならなかった」
「はっはははは……」
シルビスの中に乾いた笑いが込み上げて仕方なかった。
そんなシルビスを、オリエがきつく抱きしめた。
「お前が求めた愛というものを、お前は本当に手に入れることができなかったのか?」
オリエは、シルビスのために涙を流した。
「なぜ泣く?」
シルビスは少し驚いたような顔をして、オリエを見た。
「さあな」
シルビスにはオリエの涙の意味が、分からなかった。しかし昔、子羊と一緒にいたときや、ランクスの母、ラケルともに過ごした時に感じた、どこか懐かしく優しい空気を思い出した。
夜は明けた。
開かれたハデスのコクピットにも、燦々と光が差し込んでいる。
シルビスは光に向かって手を伸ばした。
「光っていうのは、案外気持ちいいものかもしれないな」
翳した掌に光が収まると、シルビスはなんだかやっと光を捕まえることができたような気がした。
「悪いな、シルビス」
そういうと、オリエは、シルビスの首に枷をかけた。
「シルビスよ、私はお前の犯したその罪の為に、これから千年の間、お前を地の底に繋がなければならない」
そう言ったオリエに、シルビスは頷いた。
「わかっている。さあ、連れて行け」
眩い光を記憶に刻もうと、シルビスはしっかりと空を見上げた。
◇ ◇ ◇
「我が軍が敗れただと? 馬鹿を申すな。シルビス! 誰かシルビスを呼べ」
サリエリ国王オーリスは、敗戦の知らせに大いに動揺した。
「余ではない。悪いのはシルビス、シルビスじゃ!……そうじゃ、オリビエの国に、油を撒け、そして大火で燃やしてしまえばいい」
錯乱したオーリスに近寄る者は、誰もいなかった。
敗戦の混乱に乗じて、軍部ではクーデターが起こり、その居城はすでに包囲されている。そんなオーリスのもとを、アイが訪れた。
アイは妃の装束をその身に纏っている。
「アイ、アイなのか……」
オーリスは幼子のようにアイの胸に顔を埋めた。
「殿下」
アイはオーリスの髪を優しく撫でた。
「会いたかった、会いたかったぞ! アイ」
「私もです、殿下」
鬨の声とともに、城に向かって火矢の雨が放たれた。
城が燃えている。
「殿下、間もなくこの城は堕ちましょう。他の者の手にかかるのではなく、王として威厳をもった最後をお迎えくださいますように」
そういってアイは、オーリスに剣を渡した。
「い……嫌じゃ……なにを言っておる? アイ。わしは死なぬ……シルビスじゃ。悪いのはすべてシルビスなのじゃ! だから死ぬのはシルビス……」
アイは悲しげにオーリスを見つめて、静かに首を横に振った。
「いいえ、殿下。はやくこちらにおいでくださいませ」
事切れたオーリスの身体は、寝台の上に横たえられ、アイの指がその瞳をそっと閉じさせた。
◇ ◇ ◇
オリビエ王宮でオーリスの訃報の知らせを受けたランクスのもとに、ルリアが慶弔に訪れた。ランクスはルリアに人払いを頼んだ。
「戦とはいえ、実の父上を亡くされた悲しみの深さをお察しいたします。どうかご自愛くださいますように」
そういってルリアは、ランクスの前に頭を下げた。ランクスは薄く微笑んで、ルリアの首に刃物を宛がった。
「どういうつもりだ! ランクス」
ルリアはランクスを睨んだ。
「大体お前たちは甘すぎる。この俺が敵国の王位継承者であるということを忘れるな」
剣の切っ先が、ルリアの黒いドレスの襟元をゆっくりと裂いてゆく。
「あの夜も、こうやってお前のことを抱いたのだったな」
煽られる言葉と共に、あの日の屈辱がルリアの脳裏に蘇る。
しかしその言葉と共に、ランクスはルリアの鎖骨に穿たれた、黒揚羽の痣を見つめた。
その羽は間もなく開ききろうとしている。
「下手な猿芝居もいい加減にしろ、ランクス」
ランクスの指先が、ルリアの鎖骨に触れた。
「魔と取引をしたのだそうだな。そして俺を殺さなければ、お前は生きることができないのだと聞いた」
ランクスがルリアに剣を渡した。
「俺を殺せ、ルリア」
ルリアはランクスを見据えたまま、動くことができない。
「俺を殺せ、ルリア。でないと俺がお前を殺すことになる」
ランクスの瞳に、暗い焔が揺れている。
繰り出されるランクスの剣が、重くルリアの剣に食い込んだ。
「違う! 望んだ結末はこんなんじゃない」
ルリアの頬に涙が伝った。
「わかるだろう……? 私にはお前は殺せないって、ことぐらい」
ルリアは泣きながら、剣を持つ手を降ろした。
「ありがとう、ルリア。俺はその気持ちだけでもう、充分幸せだから」
ランクスはルリアに微笑んだ。
そしてルリアの剣を持つ手に自身の手を添えた。
「ランクス……?」
肉を裂く低い振動が、ルリアの手に伝った。 その鮮血が、ルリアの頬にも飛んだ。
「ほら、これでもう後戻りはできない。マリアからもらった剣をはやく……」
「あ……あああああ」
ルリアの剣を持つ手が、震えている。
胸に銀の剣を抱いて、ランクスは微笑んだ。




