番外編・7
春輝達の班が試食されるのは最後になった。
そのおかげで自分と倉木がシャワーをして着替える時間が稼げたんだら、助かったともいえる。
けど、結局のところ、それが最大の敗因だったんじゃないかと春輝は漠然とした状態のままで考えた。
一番早くとはいわない。
けど最後でなければ、たとえ自分と倉木が汚れたままだったとしても、シャワーと着替えを終えた鳳凰寺がギリギリで試食に間に合うことはなかったはずだ。
『お待たせしました!』
なんて、実は全く待ってなんかいなかったこっちの心情を無視して、満開の桜にも負けない活き活きとした笑顔でドアを開けることはなかったはずだ。
そして最後の組でなければ、審査員も違っていた。
これは理事長が『F班の試食を務めるのはー』と言っていたから、たぶんそのはずだ。
ちなみに審査員は、理事長を挟む形で左に一年上育科の藤條朱音、右に同じく一年上育科のオレリア・紫苑・グランヴィルという、豪華キャストだ。
左の朱音は薄墨色の髪を肩にかかる程度に伸ばした優等生風の美人で、にこやかな笑顔がよく似合っている。
あと、おでこに張り付いたスライスされた梨もよく似合っている。
右のオレリアは金色に輝く長い髪をドリルのように巻いた西欧風の美人で、明らかに怒り顔でも美しさが損なわれていない。
例え髪の毛に茸が絡まっていても問題なしだ。
中央の都は、テーブルに突っ伏していた。
さっきまで暴れていたけど、どーも鮭の切り身をダイレクトに呑み込んでしまったらしい。
ちなみに後ろに立っている深閑はノーダメージだ。
そして、一歩目で自分の足につまずいてカートを豪快に引っ繰り返した鳳凰寺は、冷製ポタージュで服を濡らしたまま半泣きだった。
泣きたいのはむしろこっちなんだけど、どうやらそれは許されないらしい。
だからもう春輝はやけっぱちの笑顔で、
「というわけで、F班のメニューは、
『茸と香草のソテーとカボチャの冷製スープ及びキングサーモンの白ワイン蒸しに梨のシロップ漬け全部纏めてぶっかけてみました』
……って感じです」
自分なりに最大限のユーモアを利かせて、そう言ってみた。
半ば想像していたけど、誰も笑ってくれなかった。
朱音は笑顔だけど、あれは笑っているわけじゃない。
張り付かせた仮面を動かしていないだけだ。
その下で本当はどんな表情をしているかなんて、確かめるまでもない。
けど、こっちも引き下がれないというか、最早退路はどこにもないので、突き進むしかない。
「今回は世にも珍しい、当班自慢の看板娘によるドッキリプログラムでのお召し上がりになりましたが採点は、どうなりますか?」
強張った笑顔のまま、ちょっと弱気に敬語で窺ってみて、すぐに聞くんじゃなかったと後悔した。
誰も表面を変えてないし、動いてもいない。
なのに怒気が数割増したのが肌で感じられて、今なら何の迷いもなく土下座して謝れるくらい空気が堅くなって……本当に泣きたい。
むしろ消え去りたい。
が、そんな春輝の願いも虚しく、朱音は笑顔に張り付いた梨を取って、
「それで、素敵なプレゼントを下さったこの班の代表者は、誰なんですか?」
そう問いかけてきた。
でも何故だろうか、視線はこっちを捉えて離さない。
もう一人、オレリアも髪を飾る茸を払い落としながら、
「そうですわね。
どなたが責任者ですの?
是非とも知りたいところですわ」
そう言うけど、やっぱり視線はがっちりと自分にロックオンしていた。
二人の様子に、春輝は逃げられないと改めて悟る。
普段は仲が悪くて喧曄ばかりの二人が、もうこれ以上はなさそうなくらい一つの目標に向かっている。
素晴らしい。
それが当たり散らしの復讐じゃなければ、せめてターゲットが自分じゃなければ、諸手を挙げて喜んてやれるのに。
現実はシビアすぎだ。
それでも何とか助かりたいと、試験を共に乗り越えようと頑張った倉木と鳳凰寺にアイコンタクトを取ろうとして……
「リーダーは兵頭だ」
「ひっく……兵頭さんが、リーダーです……」
二人とも見事に目を合わしてくれなかった。
現場監督と看板娘の裏切りによって、ますます空気が張り詰める。
そんなことが分かってもどうしようもないというかむしろ知らない方が幸せっぽいのに、どうしようもなく理解出来る。
「あはっ……やっぱり春輝くんなんだ……?」
「フフ……やっぱり貴女ですのね……?」
朱音とオレリアが似たようなことを言って、ほぼ同時に立ち上がった。
二人とも笑顔を……いや訂正。
とんでもなく怖い笑顔をこちらへと向けて……
「……それじゃ、春輝くん……」
「……覚悟は、よろしくて……?」
未だかつて無いコンビネーションで、地獄の始まりを告げてくれた。
春輝は笑顔を強張らせたまま、心の中で祈る。
真摯に、どこの神様でも仏様でもいいから叶えてくれることを願って、最大限に譲歩して、とにかく祈る。
出来るだけ早く気を失えますように、と。
ちなみに。
その祈りは聞き届けられず、春輝は都合四回、死を覚悟することになったという。




