一話・2
東京郊外に私立ラベールブロンシュ学院という名門校がある。
ラベールブロンシュは十代以上の日本国民なら一度は耳にしたことがあるというくらい有名な私立学校で、幼稚舎から大学までエスカレーター式の一貫校だ。
何の一貫校かというと、『どこに出しても恥ずかしくないお嬢様』を育てるという一般庶民お断りの名門で、その敷居はかなり高く、偏差値よりも家柄が求められるという徹底的なお嬢様学校だった。
『だった』、というのは他でもない。
校舎の改修が終了する今年度より共学化し、新たに一つの科が追加されたのだ。
それまでの普通科を『上育科』、新たな科を『従育科』と名付けての再出発は、その筋ではかなり話題になったという。
ちなみに従育科の正式名称は『従者育成科』で、文字通り仕える側の人間を育成するという、上育科とは相対的な内容だ。
従育科を一言で説明すると、『執事やメイドを育てる』専科という具合。
上育科は従来通りの選考基準で男子も受け付けるというだけの変化しかないが、 従育科の方は家柄不問、入学金学費寮費全てが無料という、良家の子女が集う名門には異例の内容になっていた。
その為かテレビ局の取材が入り、全国ネットのニュースで放送され、ただでさえ知名度の高かったラベールブロンシュに新設された従育科は一気に話題の種となったのだつた。
というのが、今日までに春輝が知った私立ラベールブロンシュ学院に関する事柄だった。
情報源は主にそれまで通っていた高校のクラスメイトや教師で、あとは数年前のパンフレットと、たまたま見つけたティーンズ向け雑誌の小さな記事だけ。
それにして百聞は一見にしかずというか、実際に見るとプロレスラーって想像以上にでかいんだなぁ、という感じというか……。
「なんっつーか、現実味がねぇな」
正門の『中』を通り抜け、ラベールブロンシュの敷地内に入った春輝が呟いた第一声がそれだった。
振り返れば馬鹿でかく重厚で大げさすぎる、攻城戦も見越しているのかと突っ込みたくなるような正門がある。
高さはざっと見て十メートル以上、鋼鉄製の扉とコンクリートで覆われた内部を通り抜けた感じからすれば、その厚さは四メートルくらいか。
仰々しいにも程がある。
有事の際には壁から砲門でも開きそうなイメージで、元女子校の門としてはかなりどうかと思う代物だ。
そして今、目の前に広がっているのは、初めてここを訪れた二週間前、編入試験の時と全く同じ風景。
こっちも馬鹿げたファンタジー具合で、試験で訪れた時は自分の目と脳を疑った。
それからたった二週間で何が変わるはずもないけど、やっぱりどこのテーマパークかと思うような場所だ。
人間サイズで二足歩行のネズミが踊り狂ったり花火を上げてパレードをしたりする有名所も負けていないぞ、このメルヘン具合は。
例えば真っ正面に見える校舎なんか、あの建物を校舎だと知っているから『派手な校舎もあるんだなー』思えるけど、そうでなければ国と時代を間違えて建てられた西欧の屋敷と勘違いするか百歩譲って美術館と思ってしまうのが普通だし。
というか、校舎に彫刻が施されている意味も、両サイドが三角錐の塔っぽい造りになっている理由も分からない。
しかもあれ、間近で見れば豪華でかなり大きい校舎なのに、この正門前からはちっぽけな鳥小屋サイズにしか見えないってどういうことだ。
どれだけ距離があるんだか、それも不明だし。
ただひたすら長いってことくらいしか分からないが、それだけ分かれば十分な気もする。
勿論、校舎へと続く道はあるが……短く刈られた縁の芝生の上を煉瓦敷きの歩道が走るように敷設されていて、所々に休憩用か景観目的か、何となくイタリアっぽい雰囲気の曲線造形の真っ白いベンチが置かれている。
陽光を浴びて輝いているのはどうも金細工っぽいが、恐ろしいことにメッキではなさそうだった。
さらに右手の奧の方では高く水飛沫をあげる噴水。
それを囲むように花壇があって、色彩鮮やかに花々が咲さ誇っている。
反対の左手側へと目を向ければ、ゴシック様式の時計塔があり、上層部には金色に光る大きな鐘が設置されていた。
そのもう少し奥には教会らしき建物も見えた。
アメリカンスクールでも宗教学校でもないのに教会があるのは何故なのか、そもそも時計塔なんて腕時計とスマホが普及している今の時分、どれだけの意味があるのやら。
やはり見た目と雰囲気だけの為の存在なのか。
それにしてはごった煮だけど。
セレブ流建築物闇鍋って感じがする。
なんかハリウッドの大作映画のロケ現場に迷い込んでしまったのかと錯覚しても仕方ない光景は、いくら老舗で名門で金持ち子息御用達の学校とはいえ、かなりやりすぎだ。
しかもここや中等部と高等部だけの土地らしい。
いくら金が余っていればこんな無駄遺いが出来るのか、謎すぎる。
日本で、しかも都内だってのに。
百歩譲って年頃の女の子ならば喜び胸をときめかせる景観なのかもしれない。
そんな物好きな年頃もあってもいいだろうよ。
けど、
『ホットケーキにストロべリーアイスを載せてさらにチョコソースで蹂躙した挙げ句にハチミツまでかけてみました』
ってくらいに甘々なメルへン具合は、年頃とはいえ男である身としては胸焼けしそうになる。
ただでさえ自分に名門校というのは不釣り合いだと、春輝はちゃんと理解している。
誰に言われなくとも分かる。
外見からしてあり得ない。
色褪せた短めの茶髪で右の耳に縦に三つ安全ピンを刺して、着ている服は前面にロゴの入った安物の真っ赤なシャツに黒のパンツ。
それに濃紺のジージャンを羽織ってという、金持ちで溢れた学院にまるで似合っていない。
「……これから約三年、この中で暮らすんだよなぁ……ったく」
未来を想像すると早くもうんざり気分になって、思わずため息が漏れそうになった。
ラベールブロンシュの中・高等部は全寮制で、敷地内に寮がある。
つまり寝ても覚めてもメルヘンの国なわけで、右を見ても左を見てもメルヘン風景という、メルヘン三味の日々が待っているのだ。
むしろメルへン地獄って感じだ。
そりゃあ無事に編入試験を突破してラベールブロンシュに通えることになったんだから、頑張ってやっていこうとは思うのだが……なんというか、萎える。
「んなこと言っても仕方ねぇか」
編入を決めたのは自分だし、ここ以上に好条件の場所はないんだから。
金がかからない上に寮に住める。
おまけに従育科という、夢の実現にかなり役立ちそうな学科がある。
……そういや、小さい頃はパン屋になりたかった覚えがある。
それは近所のパン屋で売っている焼き立てパンが美味いからという単純極まりない理由で、その次もケーキ屋という以下同文な理由だった。
流石に今ではそんな短絡思考一直線な将来の展望はしていないけど……でも、やっぱりどちらかというと、このメルヘン空間に近い職に就きたいとか思っているんだから、こーいった世界に慣れていかないと駄目か。




