表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灯りを運ぶ人ー山から海ー  作者: 堺大和
潮目の波間
PR
83/83

三月

三月上旬

朝の空気はまだ冷たい

だが三月までの冬とは

少しだけ違っていた

海の色が明るい

空も高い

奥崎大橋の向こう側に見える島影が

以前よりはっきり見える日が増えていた


午前

波恵が三輪トライクでやって来る

海沿いの道には

少し柔らかい光が差していた

後部座席には

子供用のヘルメットが二つ揺れている


「おはようございます」

「おはようございます」

汐里もEVスクーターで到着する

最初の頃より運転にも慣れていた

は陽の横風にも 少しだけ余裕が出ている


道の駅奥崎は今日も十時から開く

変わらない

派手な変化も無い

だが 完全に止まった場所でも

なくなっていた


シャッターを開ける

暖房を入れる

ホット飲料を並べる

入り口近くには 小さなみかん販売棚

空気入れも置かれている

全部小さな変化だった


「最近バイクの人ちょっと増えましたね」

汐里が窓の外を見る

橋を渡る サイクリストが見えた

春が近づくと 海沿いを走る人も少し増える


「温かくなってきたからな」

私は答える

そう言いながらも 視線は橋へ向いている

工事終了まであと二週間

橋の工事現場は 以前よりかなり減っている

大型車両も少なくなった

誘導員の数を減った

長く続いた工事が 

本当に終わろうとしていた


昼前

配送業者の男性がいつものように入って来る

缶コーヒー

窓際の席

少し休憩

以前より自然な流れだった

「もう工事終わるらしいですね」

男性は橋を見る

「らしいですね」

私も頷く


「終わったら こっち静かになるんかな」

軽い口調だった

だが私は少し考える

「なるかもしれません」

正直に答える

工事車両は減る

待機車両も減る

橋の流れは早くなる

今の利用者の何割かは

確実に減るだろう


それでも


「でも 

完全に閉める気は今のところないです」

私は続ける

男は少し驚いた顔をする


「なんやかんや

助かっとる人折ると思いますよ」


その言葉に 私は少しだけ笑った


午後

客は少ない

静かな時間が流れる

外ではカモメが低く飛んでいた

海も冬ほど荒れていない

波の音が柔らかい

港の方では

牡蠣船がゆっくり戻っていくのが見える

冬の終わりだった


波恵が入り口近くの棚を整理する

汐里はホット飲料の補充をしている

私は橋を見る


この場所は 大成功したわけじゃない

人手不足も変わらない

利益も大きくなり

でも

春まで 灯りは消えなかった


夕方

閉店前

西日の中で 奥崎大橋が淡く光っている

工事足場の影も短くなっていた

長かった工事が終われば 人の流れは変わる

道の駅奥崎も また変わるかもしれない


「春 来ますね」

汐里が小さく言う

私は橋をみたまま頷く

「ああ」

短い返事だった

だがその声は 少しだけ前より柔らかかった



三月中頃

朝の海は静かだった

冬の冷たさはまだ残っている

だが 海へ差し込む光はもう春に近い

奥崎大橋の白い橋脚が 

柔らかい朝日に照らされていた


この日 長く続いた耐震補強工事が終わる

道の駅奥崎の前を

最後の工事車両がゆっくり通っていく

大型クレーン

資材車

警備車両

何カ月も見続けてきた景色だった


「終わりますね」


汐里が橋を見る

私も静かに頷く


昼前

工事事務所の撤収が始まっていた

仮設フェンス

簡易プレハブ

誘導看板

少しずつ片付いていく


橋の範囲から 高次の気配が消えていく

「お世話になりました」

工事責任者が頭を下げる

私も頭を下げ返した

「こちらこそです」


強風の日

渋滞

避難

休憩

工事関係者達は 

何度も道の駅奥崎へ立寄った

長い工事の間 この場所の利用者でもあった


「ホットコーヒー 助かりましたよ」

若い作業員が笑う

波恵も少し笑い返した

「また 近く来たら寄ります」


そんな言葉を交わしながら

車両が少しずつ橋を渡っていく

汐里は その後ろ姿を静かに見送っていた

賑やかだった冬が 少しずつ終わっていく


夕方

最後の警備車両が橋を渡る

奥崎大橋には もう片側通行の信号も無い

工事灯も消えていた

橋の上を車が滑るように走っていく

それが本来の景色だった


翌朝

道の駅奥崎

午前九時半

私がシャッターを開けていると

一台の軽ワゴンが駐車場へ入ってきた

降りてきたのは

五十代半ばぐらいの男性だった

日焼けした顔

少し風に焼けた作業着

「突然すみません」

男性が頭を下げる

「求人 まだ募集していますか」

私は少し驚く


見なことのある顔だ

男性は橋の交通誘導警備員だった

工事終了で契約終了

地元の人間で 次の仕事を探しているという


「ここ 工事中ずっと見てましたから」

男性が道の駅の中を見回す

「風の日も 渋滞の日も 

ここ開いとったでしょう」

私は静かに聞いていた

「正直助かった人多いと思います」

その言葉に 汐里も少し顔を上げる

「勤務は……」

「出来れば フルタイムで」

私は少し黙る

工事は終わった

利用者は減るかもしれない

先の保証も無い

だが この場所を知っている人が

自分から来てくれた

それは小さくない事だった


窓の外では 春の海が静かに光っている

冬より少し柔らかい風

橋の上を 以前より速い流れで車が

渡っていく


「……一緒にやってみますか」


私が言う

男性は少し驚いた後 深く頭を下げる


数日後

市との最終協議が行われた

大規模再会ではない

観光施設化でもない

だが


『道の駅奥崎は 小規模営業を継続する』

その方針で正式に決まった

営業時間は変わらない

平日十時から十六時

小さな売店

休憩スペース

ホット飲料

トイレ

地域の小さな停留所みたいな場所


春の午後

道の駅奥崎の窓から 奥崎大橋が見える

工事は終わった

橋の流れは元へ戻った

それでも 道の駅奥崎の灯りは消えなかった


「お疲れ様でーす」

波恵が三輪トライクで帰っていく

後部座席には 

小さな子供用ヘルメットが二つ揺れている

汐里は店内で棚の整理をしている

そして新しく入った男性は

入り口や駐車場の掃除をしていた


私は橋を見る

海の向こうには 春の霞んだ島影

流れは止まらない

人も 海も 橋も

だからきっと この場所もまた

流れの途中で残っている

感想 レビュー ありましたら

宜しくお願いします

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ