二月
二月
朝の空気はまだ冷たい
だが 一月の張りつめた寒さとは少し
違っていた
海の色もどこか明るい
港へ差し込む光が少し長くなり始めている
この日 海の駅戸倉では「水産祭り」が
開かれていた
冬の牡蠣
地魚
干物炊き込みご飯
毎年 島の漁協と周辺地域が合同で行う
冬のイベントだった
朝七時
港は既に慌ただしい
テント
発泡スチロール箱
炭火
湯気
漁船のエンジン音
冬の海風の中へ 人の声が混ざっていた
「汐里ちゃん そっちお願い」
「はい!」
三口汐里が段ボールを抱えて走る
海の駅戸倉の前には
牡蠣焼きの列ができ始めている
炭火の上で殻付き牡蠣が音を立てる
湯気と潮の匂いが混ざる
「熱いので気を付けてください」
水谷あゆみが笑顔で皿を渡す
その横では渚が手際よく牡蠣を並べていた
軍手
トング
炭
動きに無駄がない
「今年は実が大きいですね」
観光客の男性が言う
「海水温が良かったんですよ」
渚が短く答える
その間にも次の牡蠣が焼ける
午前十時
港はかなりにぎわっていた
県外ナンバーの車
家族連れ
バイク
サイクリスト
冬のイベントとしては
かなり人が来ている方だった
「海の駅ってこんなに人来るんですね……」
汐里が少し驚いた顔で言う
あゆみが笑う
「今日は特別やからね」
その特別を汐里も少し
解るようになってきていた
一方 波恵は今日は来ていない
幼稚園の行事が有るらしい
子供二人連れて 海の清掃作業へ行くと
言っていた
私はそれでいいと思っていた
この仕事は 誰かの生活の上にある
全部優先させることは無い
昼前
港へさらに人が増える
牡蠣汁の湯気
揚げ物の匂い
漁協の威勢のいい声
子供が走る
カモメが鳴く
海風は冷たい
だが 港全体は何処か温かかった
「追加お願いしまーす」
「はい!」
汐里が走る
あゆみが皿を渡す
渚が炭を調整する
忙しい
だが 以前のイベントの時みたいな
慌て方ではない
みんな
其々自分の役割を掴み始めていた
午後
少し落ち着いた時間
私は港の端へ出る
冬の瀬戸内海が広がっていた
波は静かだ
遠く島影が淡く霞んでいる
岸壁には牡蠣船
発泡スチロール箱
ロープ
作業着姿の人達
観光地というより 働く海だった
「山中さん!」
汐里が呼ぶ
「ホット足りなくなりそうです」
「追加持ってくる」
私は笑いながら戻る
冬の港は忙しい
でも その忙しさは何処か生活に近かった
夕方
祭りが終わり始めている
テントを片付ける
炭を消す
人の流れが少しずつ減っていく
海風だけが残る
「……疲れましたよ」
汐里が椅子に座る
だが顔は少し笑っていた
海の駅戸倉は 今日はかなり賑わった
奥崎とは違う
だがどちらも人が流れる場所だった
私は静かになった港を見る
冬の空はもう薄暗い
波恵は海の家戸倉へは
今日は来ていなかった
朝から一日幼稚園の保護者行事で
近くの海岸清掃へ参加していた
二月の海は冷たい
だが空は良く晴れていた
小さな子供たちが軍手をはめ
砂浜を歩いている
拾うのは 貝殻ではない
流れ着いたペットボトル
発泡スチロールのかけら
古いテープ
色の抜けた浮き
「こっちにもあるよ!」
子供の声が海風の中へ響く
波恵はしゃがみ込み
小さな手へ軍手を直してやる
「危ないものは 触っちゃダメよ」
その横で園の先生がごみ袋を押さえていた
遠くには冬の瀬戸内海
静かな海
そして海の駅戸倉のある港もみえている
今日は水産祭りで賑わっているはずだった
炭火
牡蠣
人の声
だがこちらの海岸は静かだった
波恵は子供が拾った
小さなプラスチック片を見る
綺麗に見える海でも
波が寄せるたび少しずつゴミは流れ着く
海で働く人たちがいる
海を利用する人達がいる
そして片付ける人もいる
冬の海風は冷たい
それでも子供たちの声だけは
何処か温かかった
二月下旬
冬の海はまだ冷たい
だが 風の匂いは少しだけ
変わり始めていた
朝の空も 一月よりは明るい
奥崎大橋の工事足場には
以前より人影が少なくなっている
長く続いた耐震補強工事も
終わりが近づいていた
その日
橋でも工事終了前の交通試験が行われていた
一時的に片側通行を解除し
通常に近い流れへ戻してみる
信号切り替え
誘導確認
最終点検
春前の確認作業だった
午前十時
道の駅奥崎
シャッターを開ける
暖房
ホット飲料
いつもの準備
だが今日は少し違った
「……車 流れていきますね」
汐里が橋を見る
以前みたいな信号待ちの列が無い
車が止まらない
そのまま橋を渡っていく
配送バン
軽トラ
観光客らしい車
全部 流れていく
午前十一時
利用者は少なかった
配送業者が一人
工事関係者が二人
それだけだった
「やっぱり減りますね……」
汐里が小さく言う
私は窓の外を見る
静かな橋
止まらない車
それは ある意味 正常 だった
「これが本来の流れや」
私は静かに答える
道の駅奥崎は
工事の流れに助けられていた部分がある
それは最初から分かっていた
だが 実際に目の前で人が減ると
やはり少し重かった
昼前
波恵が棚を整理しながら言う
「でも 寄る人は寄りますね」
私が振り向く
「ん?」
「さっきの配送の人とか
もう習慣みたいに入って来てました」
確かにそうだった
缶コーヒーを買い 窓際へ座る
少し休み また出ていく
以前より自然だった
「スーパーでもありました」
波恵が続ける
「全部のお客さん取ろうとすると
無理なんです
でもいつもの人が残る店は
意外と続くんです」
私は少し黙る
汐里も聞いていた
午後
店内は静かだった
だからこそ 小さい事が見える
「ホット
入り口近い方がやっぱり動きますね」
「電子レンジ 結構使われます」
「サイクリストの人
空気入れ探してました」
汐里がメモを書く
波恵も横から付け足す
空気入れ常設
電子レンジ案内表示
ベンチ追加
地元みかん少量販売
全部 小さい
大改革ではない
だが 止まる理由にはなるかもしれなかった
午後三時
橋の試験運用が終わる
再び片側通行へ戻る
すると 少しだけ車が減速し始めた
その中の一台が 道の駅奥崎へ入ってくる
以前から来る配送業者だった
「今日 橋 流れよかったですね」
汐里が言う
「逆に休む場所無くて困ったわ」
男性が笑う
「ここあると 助かるんよ」
その言葉に 私は少しだけ橋を見る
風はまだ冷たい
だが空は少し高くなり始めていた
夕方
閉店準備
私は入り口近くへ 小さな棚を置く
そこへ島のみかんを数袋並べた
大量ではない
地元農家から預かった分だけ
「売れますかね?」
汐里が聞く
「分からん」
私は正直に答える
「でも 試してみる価値はある」
波恵が少し笑う
「そういうの 結構大事ですよ」
外では 奥崎大橋の工事灯が少し減っていた
長かった冬も
少しずつ終わりへ向かっていた




