田植えの日の
五月
青空の下
雨実村では恒例の田植え体験の日を迎えた
今年も朝早くから参加者が集まり
受付には笑顔があふれている
都市部から訪れた親子連れや 夫婦 学生等
およそ三十人
ふるさと振興課の菫と新田は
受付や長靴の貸し出しに追われていた
「皆さん おはようございます」
菫が笑顔で声をかける
新田は地図を手に
「田圃までは徒歩五分です
足元に気を付けてください」
と参加者を案内していく
田植えは例年通り
地元農家の指導が始まった
最初は泥の感触に戸惑っていた子供達も
次第に笑顔になり 田圃には歓声が響く
「こっちも植えられた!」
「まっすぐ並んだよ!」
地元の農家が優しく頷く
「秋には立派な稲になるからな」
古川村長は少し離れた場所から
その光景を穏やかに眺めていた
毎年変わらない春の風景
しかし
その積み重ねこそが雨実村の宝だと
村長は思っていた
午後
旧小学校を利用した移住体験施設では
今年最初の移住体験説明会が開かれた
参加したのは五家族
菫が施設の案内を担当し
新田が体験スケジュールを説明する
「今夜はこちらへ宿泊していただき
明日は村内をご案内します」
参加者たちは熱心に耳を傾けていた
その中に古川村長は見おぼえのある顔を
見つける
「……あれ?」
思わず足を止める
一組は阪神地域から来た家族
もう一組は京都地域から来た家族だった
どちらも数週間前
京阪神で訪問した企業の担当者だった
向こうも村長に気づき 笑顔で近づいてくる
「村長さん お久しぶりです」
「その節はありがとうございました」
村長は少し驚いた表情で頭を下げた
「本当に来てくださったんですね」
阪神地域の担当者が笑う
「村長さんが何度も
『一度 村を見に来てください』と
おっしゃっていましたから」
隣にいた奥様も微笑む
「主人から雨実村の話を何度も聞いて
一度家族で来てみたいと思ったんです」
京都地域から来た担当者も続ける
「仕事だけでは
その土地の本当の姿は分かりませんからね」
「今日は家族みんなで楽しみに来ました」
古川村長は照れたように笑った
「ありがとうございます」
「今日はありのままの雨実村を
ご覧ください」
「特別なおもてなしはできませんが
この村の日常を知っていただけたら
嬉しいです」
二人の担当者は静かに頷いた
「それが一番見たかったんです」
その様子を少し離れた場所から見ていた菫が
新田へ小さな声で話しかける
「新田さん」
「村長さんの週末の出張って……」
新田は穏やかに笑う
「あぁ」
「こういうことだったんだ」
「名刺一枚 出会い一つを大事にしてきた
結果なんだよ」
菫は改めて古川村長の背中を見つめた
派手な成果はまだない
工場が建つ話も
契約が決まったわけでもない
それでも 一歩ずつ人との縁を結び
その縁が今日こうして雨実村へ人を運んで
来てくれた
その光景は 五月のやわらかな風の中で
静かな新しい未来の始まりを
告げているようだった




