第596話 混沌の女王
まさか、湖の中から人間が現れるとは思わなかった。
スイカが“亡霊”と言っていたものだから、てっきり以前戦った亡霊騎士ランスロットのような怪物かと思ったが、人の形をした綺麗な女性だった。
「…………」
漆黒ドレスに身を包み、頭にはティアラのような装飾品。
まるで女王様みたいな……そんな雰囲気があった。
「あ、あのお方がスイカさんのお母さま?」
「はい、リースさん。……ですが、今は敵です」
「て、敵!?」
なんてこった。鎮めて欲しいと言うくらいだから、そんな気はしたんだが……。この分だと戦う羽目になりそうだな。
身構えていると、スイカは珍しく声を張り上げて叫んだ。
「ディアナ母さま。どうか、怒りを鎮めてください。そして、聖地マーリンに再び光を」
となると、スイカの母親――ディアナがこの聖地を闇に染めた張本人ってわけか。
そう分析しているとディアナは一歩踏み出し、スイカに対し静かに口を開く。
「ならぬ。この聖地――もはや世界は未来永劫に闇に閉ざされるのだ」
「もう復讐などお止めください!」
「……やはり、お前はもう我が娘ではない。この悲しみ、怒り……そう簡単に消せるものではないのだ。それに、どうせあと数時間足らずで世界は破滅する……。そうであろう、女神よ」
ディアナは、まさかのメサイアに視線を向けた。確かに、この中では一番厄介な存在だろうからな。警戒しているようだな。
「ええ、そうよ。その為にもスイカを連れて行かなければ……でも、その前に貴女を止める必要がありそうね」
「無駄な足掻きだ。私は“混沌の神バテンカイトス”に祈り、闇の力を得たのだ」
バテンカイトスからだと? そういえば、ミクトランがバテンカイトスは混沌だと断言していたことがあったな。
「ま、まずいですね、兄様。あの方の言うことは本当だと思います」
「分かるのか、フォル」
「ええ。この闇はバテンカイトスのものでしょう。でも、兄様も一部のスキルを扱えますよね」
そうだ。俺はユメからスキルを受け継いだ。今もまだ習得済みとなっている。……最近は使用していなかったので感覚が薄れていたが――言われてみれば、この聖地やあのディアナの放つ闇は、バテンカイトスのものだ。
なぜ、スイカの母親が使えるんだ?
ただの祈りで得られるものなのか?
「どうかお願いです……お母さま!」
「スイカ……言ったはずだ、お前はもう我が娘ではない。処女懐胎によって生まれた娘なのだからな」
な、なんだって? スイカが……?
だけど、ディアナの腹の中から生まれたんだろう。なら、母親だ。なぜ否定する。スイカがあまりに可哀想じゃないか!
「あ、あのぅ……処女懐胎ってなんですか?」
「……リースは知らないのか」
「あぅ。空気を読まなくてごめんなさい……でも、気になって」
「いいよ。処女懐胎ってのはな、交わりなしに子供が生まれる奇跡のことだ」
「ほえー!」
なんか驚いているけど、理解してるのかなあ? そや、エルフ族って長寿だから性欲とか薄いんだっけ。このリースの反応からして、性教育もほとんどないに等しそうだ。
そんな微妙な空気の中で、フォルがリースに捕捉した。
「いいですか、リース。普通はあ~んなことや、こぉ~んなことをして赤ちゃんが産まれるんです!」
「えぇっ!? 赤ちゃんってコウノトリさんが運んでくるんじゃ……!?」
どんだけ純粋なんだよ! そんな昔話ってか、言い伝えを信じているとは可愛すぎるって。てか、リースの父親であるベラドンナの教育だろうな。
つか、フォルは詳しすぎるだろう。さすがヘンタイ聖女!
ちなみに、メサイアはドン引きしていた。なんで俺をヒエヒエな目で見るっ!
「説明に必要なんだから仕方ないだろう!」
「そうね。それより、話しの続きを聞きましょう」
それもそうだな。
「……っ。母さま。あたしは、それでも……」
「くどい。……くどい、くどい、くどい! あぁ、むしゃくしゃする! お前のような存在が不快極まりない! なぜ、お前は私を母体に選び、勝手に生まれたのだ! 出来損ないなど欲しくなかった!」
怒り狂うようにディアナは叫ぶ。なんて声量だ。まるで今までの鬱憤を吐き出すかのような狂乱。この光景、もはや恐ろしいとさえ俺は思った。
「……」
スイカは項垂れ、押し黙る。ショックも大きのだろうな。
「……だが、チャンスをやろう」
「チャンス?」
小さく声を振り絞るスイカは、再び顔を上げる。……チャンスって、なんだ?
「スイカ、お前の連れてきた仲間を『魔法』で殺すのだ」
「…………え」
「いいことを教えてやろう。弱体化しているお前の魔法、それは私が制限を与えたのだ。だが、今は違う。親しい者、愛する者を殺す術を授けた。そう、闇の力だ」
……なんだって!?
バテンカイトスの力を分け与えたとでも言うのか。
それが本当ならマズいぞ。
闇の力は計り知れない。それは俺がよく理解している。
「そ、そんな……」
「さあ、仲間を殺すがよい。ならばお前を我が娘と認め『混沌の女王』の座を譲り渡そう。そして、世界の王となるのだ」
それが“条件”ってことか。馬鹿げている。
もちろん、スイカはそんなことを望まないはずだ。
俺たちはそれをよく分かって……え。
くるりとこちらを向くスイカ。その手には杖。
お、おい……マジか。
「…………サトルさん。ごめんなさい」
「スイカ、おまえ!」
なぜこうなるんだ。スイカ、お前は間違っているぞ!




