第四十三話 自称信長軍団
「フハハハハ!! 我は織田信長!! 世界の統べる覇王である!!」
髭もじゃの人間が叫んだ。黒い鎧を身に着けて右手には槍を携えている。赤いマントを羽織っていた。そんな人間が数千人もずらりと並んでおり、全員織田信長を自称しているのだ。
織田信長は戦国・安土桃山時代の武将で信秀の子である。桶狭間に今川義元を討って尾張一国を統一した。のち、京都に上って比叡山を焼き、浅井氏・朝倉氏を破り、将軍足利義昭を追放、武田勝頼を三河の長篠に破ったのち、安土に築城した。中国出陣の途中、京都本能寺で明智光秀の謀反にあって自殺した、戦国時代で最も有名な人物である。
彼等が取り囲んでいるのは、巨大なビッグヘッドだ。学校の体育館ほどの大きさで、手足がくっついていると思ってくれればいい。
大頭城といい、タイクーンヘッドが住んでいるのだ。
この地はかつて新宿と呼ばれた土地である。百年前に起きたキノコ戦争によって不治山は大噴火し、地形が変わってしまった。新宿周辺の土地は液体化現象を起こし、周辺は湖と化したのである。
大頭城は一人の女子小学生によって生み出されたものだ。それは神が起こした偶然であった。ビッグヘッドと言う遺伝子改造で生まれた生物に、彼女の遺体は食われた。だが彼女の意識は人間が生まれながらして持っている神応石に宿っており、人間の身体は消えたが、ビッグヘッドに自分の人格を復活させたのだ。
現在少女の意識は巨大な花に宿っている。人呼んで花主人。人間の時は金城真咲と言う名前であった。
「ふむ。自称・織田信長か。まったく頭の悪そうな連中じゃのう」
一人の女性が答えた。赤毛の短髪にすっきりした顔立ち、手足はすらりと長く、腹筋は割れていた。身に着けているのは虎の毛皮でスイカのように豊満な胸と、ミツバチのように膨らんだ臀部だけを包んでいた。
頭には牛のような角が二本生えている。彼女は鬼であった。手には金棒を握られている。
その横に人間の体以上に巨大な花が立っていた。菫色の根っこの部分は足になっており、絵本に出てきそうな花の擬人に見える。
「彼等はクリプトムネジアで自分が織田信長と思い込んでいるわ。なぜなら今の世界は混とんとしているもの。亜人たちが跋扈し、人間は少数派なのだから無理はないわ」
答えたのは花だ。大頭城の花主人である。鬼娘は西から来た客人であった。
「で、自称信長をあれだけ集めたのは一体誰じゃろな? 今のアマテラス皇国で人間に協力する者などいないじゃろう?」
「人間に対して生活を支えはしますが、武器の所持は認めておりません。そもそも多くの人間たちは衣食住が満たしております。反乱する意味がありません」
花主人が答えた。アマテラス皇国は東側だとラミアやハーピー、ケンタウロスなどの西洋の怪物が多く住んでいる。逆に西側だと鬼や天狗、濡れ女などの妖怪が多く住んでいた。
そして少数派の人間たちは太平洋沖にある孤島に押し込められていた。
電気は通っておらず、文明の利器は一切なかった。だが水力や風力を利用した冷蔵庫や農機具などがあり、真っ当な生活を送れていた。中世ヨーロッパ風の世界観に水車や風車を活用し、きちんとした医学によって人々は暮らせている。
一方で亜人たちの住む場所は違う。広い大地に、ビッグヘッドを改良して、ガスや水道、電気が使えるようになっている。はっきり言って生活基準はこちらの方が上だ。
日本人は格差社会を認めない。人間は平等で自由を少しでも汚してはならないと、百年前はテレビで芸能人や評論家が口うるさく訴えていた。
しかし今は違う。花主人は各種族に厳しい身分制度を命じた。血縁ではなく家督を重要視するようになった。極度な自由は毒でしかない。キノコ戦争が起きる前の日本は自由に毒されていたのだ。
「だが奴らは狂人じゃ。自由を汚されて怒り狂っておるわ。ちょっと煽てられたらすぐ乗り気になるであろうな」
「まったくですね。おや、彼等が動き出しましたよ」
鬼娘がぼやいていると、花主人が声をかけた。自称信長たちが動き出したのだ。
彼等の身体は燃えていた。人間が持つ燐を燃やしているのだ。彼等は人間の姿をしているが人間ではなかった。
「恐らく神応石の影響ですね。人間だけでなく生物でも火を吐くことは可能だと思っています」
花主人が答えた。相手は人間の額にある神応石に影響を与えられる人間だ。
これはヒュー・キッドが率いるスプーキー・キッズたちと、情報を交換してある。
特に全身が植物の蔓で出来ている人造人間バオバブは花主人の父親であった。
花主人は人造人間ではないが、ビッグヘッドも人造生物だ。生まれて50年は過ぎているが、まだ衰えを知らない。タイクーンヘッドは未来の大頭城である。
「ヒャッハー! 燃えろぉぉぉぉお!!」
自称信長が花主人に切りかかった。その瞬間、男は無数の矢が突き刺さった。
男は仰向けになって、大の字に倒れて死んだ。口から火を吹き出し、腹が蛙のように膨らむと爆発する。
背後には茸武士たちが弓を構えていた。白っぽい色のキノコ人間である。彼等は大頭城から生まれた分身である。つまり花主人その人なのだ。
城の護衛は花侍女たちが待機している。外も中も万全というわけだ。
茸武士たちは花主人を守るために矢を放った。鬼娘も大量生産される信長たちを金棒で殴り殺す。
「うーひょいひょい!!」
突然空から声がした。何事かと花主人は上を向くと、彼女は茎ごと切断された。
ぼとりと花弁は地面に落ちると、何者かが落下してくる。花主人の顔は無残に踏みつぶされてしまった。
そいつは月桂樹の亜人であった。
月桂樹とはクスノキ科の常緑高木で、全体に芳香がある。多数の枝が分かれ、長楕円形の葉を密生する。雌雄異株で、春、黄色の小花が密集して咲くのだ。葉から香料をとり、干した葉は香辛料とする。元は南ヨーロッパの原産で、日本には明治末期に渡来し、各地で栽培されるが雌木は少ないそうだ。
そいつは巨大な葉っぱの腕を持っていた。花主人を殺したのはその腕だ。
「むむ!! ちょこざいな!! 名を、名を名乗れ!!」
「明智光秀よ」
亜人はそう答えた。明智光秀と言えば安土桃山時代の武将である。織田信長に仕え、近江坂本城主だ。天正10年(1582)京都の本能寺に主君信長を襲って自害させたが、まもなく山崎で羽柴秀吉に敗れ、敗走の途中で農民に殺された逸話がある。
「キンカンじゃと!! お主大層な名を名乗るのう!!」
「貴殿ほどではありませんよ。我が主」
月桂樹の亜人はじっと鬼娘を見てつぶやいた。その言葉に鬼娘は目を鋭くしている。
「お主がこの戦の首謀者じゃな? なんのためにこのような真似をした?」
「世界を救うためですよ。私に力を与えた男は人間を滅ぼすことで、人間の本能から解放することが望みなのです」
「勝手な話じゃな。人類が嫌いならお主が自殺すればよいじゃろうが」
鬼娘は切って捨てた。あまりにも勝手な言い分に腹が立ったのだ。
だが自称光秀は答えない。
「……自称信長たちは、今の暮らしに不満を抱いています。美しい人間が醜い亜人共の命令を受けるなど耐えがたい屈辱だと思い込んでいます。彼等は怠け者で弱い者いじめが大好きなくずです。最強の戦国武将である織田信長になり切ってもおかしくありません。特に比叡山を焼き払った話が大好きなようですから」
自称光秀は薄く笑う。自称信長たちを見下しているようだ。
「あなたは私の手で止めを刺したかった。だがそのおかげで今日まで人々の記憶からあなたの存在がこびりついている。なのであなたは歴史とともに消えてもらいます」
自称光秀が襲ってきた。鬼娘は鋭い葉っぱを金棒で受け止めている。
茸武士たちは花主人を失っても連携は崩れない。彼女が死んでも軍隊は機能している。そういう風に教育しているからだ。鬼娘はそれを見て感心した。
アマテラス皇国では珍しい植物系の亜人だ。恐らく葉っぱは体毛の一部が変化したのだろう。
それらは鋭く、よく切れる日本刀のようである。対する鬼娘は金棒だけだ。丸太のように太い金棒を軽々しく持っているが、葉っぱに比べれば動きは鈍い。
鬼娘の身体は次々と切り刻まれていった。
痛みはあるがどうってことはない。どれも致命傷ではないからだ。鬼の身体は頑丈でこの程度の傷なら丸壱日かければ治る。
だが傷を増やし続けられたら危険だ。血液を大量に流出してしまえば、例え鬼でも出血多量で死んでしまう。
自称光秀は攻撃の手をやめない。決定的な一撃は放てないが反撃することもできなかった。
「うーひょいひょい!!」
まるで修羅だ。鬼娘の執着が強い。なぜ彼をそこまで闘争に駆り立てるのだろうか。
「てい!!」
その瞬間、自称光秀の頭は潰された。潰したのは花主人だ。彼女は自称光秀の凶刃にかかって死んだのではなかったのか?
自称光秀は何が起きたのかわからず死亡した。本能寺で主君を殺しても三日天下しか取れなかった彼らしい最後と言えた。
「あの身体は数多くある私の身体の一つにしか過ぎないのですよ。もっともこの身体は司令塔なので普段は保存しておりましてね。時間がかかりました」
「ふぅ、やっときてくれたか。すっかり息が切れそうじゃよ」
鬼娘は地面に座り込んだ。さすがに身体中傷だらけで、体力の限界だったようだ。
「……自称明智光秀にとって、あなたは最高の敵ですからね。織田信長様」
「よせよせ。儂も自称であるぞ。第一鬼で女人の身体ぞ。ありえんじゃろが」
なんと鬼娘の中身は織田信長だったのだ。もっとも本人は自称と思っているようだ。
「こいつをけしかけたのはモンロークラウトですね。中華帝国の士官学校に通っていた人間だそうです。現在も生きている皇帝のために、世界中の人間の抹殺を狙っているそうですね。私を狙ったのは皇帝に近いからかもしれません」
中華帝国の皇帝はビッグヘッドから進化したものだ。彼女は使節団を送っているが昔の事を何度もぶり返すそうである。当然だ、彼は百五十年以上も生きているのだ。過去の事は忘れず、かといって恨みに固執して国益を損なう真似はしなかった。
「機械女帝やディーヴァも心配ね。連絡しなきゃ」
花主人はそう言って空を見上げるのであった。
なんとなくですが自称信長軍団を出しました。明智光秀が月桂樹の亜人なのは、花言葉が裏切りだからです。
鬼娘が織田信長本人なのは思い付きでした。




