最終曲 血まみれ輪舞曲(ロンド) D.C.
ガツン
ガツン
音がする度、扉が激しく震える。
ガキン
一際大きな音と共にノブが脱落する。
軋んだ音と共にゆっくりと扉が開く。
手斧を持った美加が肩で息をしながら部屋に入って来た。
正面をライトで照らすと貴婦人の肖像画と青色の服が暗闇に浮かび上がる。
美加は服を乱暴にひっ掴む。
「出てきなさい。
いるのは分かってるわ。」
美加は大声で叫ぶが何も起きない。
両手で服を引っ張りながらもう一度叫ぶ。
「あんたと話がしたいの。
出てこないならこの服を破り捨てるわよ。
わたしは本気だよ!」
しかし、何も起きない。
美加は両手に力を込めながら部屋を見回す。
部屋には何に使うのか想像もしたくない拷問器具で溢れていたが、ただ、それだけだった。
何の異変も起きない。
ビリッ
服が音を立てる。
美加は待つ。しかし、何も変わらなかった。
美加は渾身の力を込める
ビリビリビリ
服は大きな音を立てる二つに裂けた。
それでも、何も起きない。
「そんな、
そんな事って・・・」
美加はがっくりと膝をつく。
両目から涙が溢れる。
服は何の関係もなかったのか。
自分がやった事は全て無駄だったのか。
彦ちゃんの最後の言葉が蘇る。
『ネズミで打ち止め?』
何で何も起きない。
本当にこれで終わってしまったのか?
わたしは一人で生き残ってしまったのか。
沢山の犠牲の山を築いて一人だけ生き残ってしまったのか。
このまま、一人でずっと生きていくのか。
美加は絶叫する。
「ふざけんな!
克っちゃん返せ!
つくちゃん返せ!
彦○返せ!
みんなを元に戻せ
わたしの、わたし達の場所を返せ
大事な わたしの大切なもの みんな返してよ!!」
涸れ果てたと思っていた涙が止めどなく溢れて、握りしめたエリザベートの服を濡らす。
何の権利があって自分の大切なものを全部奪うというのか?
抑えきれない怒りと哀しみに美加は体を震わせる。
ずっと一緒にいたかった大切な仲間。
片時も離れたくなかった。
・・・ふと、美加は微かな違和感を感じる。
美加は腕の中でくしゃくしゃになった服に目を落とす。
その目は服に付いた赤い宝石に注がれる。
美加は懸命に悪夢の事を思い出す。
最初、エリザベートが着ていた服は、青だった。
今、手に持っているものに似ている。
次は・・・、白っぽい細かな刺繍が施された全く別物だった。
服は毎回違っていた。
衣装が大切ならば同じ服を着るのではないだろうか?
しかし、エリザベートは毎回違った服を着ている。
だが、服とは違い変わらない物もあった。
「あんたの大事な物が何か分かったわ。」
美加は服についている宝石を引きちぎり、床に置く。
そして、斧の背中で叩き割ろうと振りかざす。
「待て、待つのじゃ。
その宝石に手を出してはならぬ。」
不意に女の声が部屋中に響き渡る。
顔を上げると夢の中で見た女、エリザベートがいた。
半透明で微かに後が透けて見える。足元もおぼろげで宙に浮いているように見えた。
「その宝石に手を出してはならぬ。
手を出せば八つ裂きにするぞ。」
「良いわよ。やれるものならやりなさい。
こんな思いを抱えたまま生きるぐらいなら死んだほうがましよ。
でもね、死ぬ前にわたしもあんたの大事な物を壊してやる。」
美加は再び、斧を振り上げる。
「待て!
願いを言え。
お前の願いを叶えてやる。
富でも名声でもお前の力では手に入らない望外の望みを叶えてやる。」
「じゃあ、元に戻して。」
「なに?」
「みんなを元に戻して。
克っちゃん、つくちゃん、彦○、それに近藤さん。
みんなを返して。」
「ふざけた事を申すな。死んだ者を元に戻すことなど出来ぬわ。」
「ああ、そう。」
美加は斧を降り降ろす。
ゴキ
鋭い痛みが美加を襲う。
脳天をハンマーで殴られたような激痛だ。
美加は頭を押さえて、うずくまる。
一体何事か?
「止めよ。
宝石を打てば、同じ痛みをお前に返す。」
成程、自分で自分を殴ってるってことだ。なんか地味だなと美加は思う。
「うるさい!」
再び、美加は斧を降り降ろした。
ガキッ
宝石を打つと同時に頭に衝撃が走る。
「くぅう、イ、イタイ・・・、」
美加は頭を押さえて呻く。宝石には傷一つついていない。
「だから、止めよと言っておる。
宝石が砕けたら、お前の頭も砕けるぞ。」
美加は歯を食いしばり意識が飛びそうになるのをこらえる。
「上等よ。
みんなを元に戻せないなら、あんたも一緒に死んでしまえ。」
斧が宝石に打ち降ろされる。
ガキッ
ピシリ
宝石に一筋のヒビが入る。
同時に美加の額が割れる。一筋の血がゆっくりと美加の顔を赤く染める。
「止めよ。それ以上すれば本当に死ぬるぞ。」
「うるさい!
うるさい!
みんなを戻せ。
できなきゃ、あんたもわたしも、ここで砕け散れ!!」
美加は渾身の力を込めて斧を宝石に打ち降ろす。
その瞬間。
美加の視界がぐにゃりと歪んだ。
「美加、美加、美ィー加ァー。」
肩をつつかれ美加は我にかえる。
すぐ横に克美がいた。
「え、あれ、克っちゃん・・・、克っちゃん?!」
美加は突然大声を上げると克美に抱きつく。
「克ちゃん、克ちゃんだよね。
生きてる?生きてる!
夢じゃないよね?」
美加は克美の頬をピタピタ叩き、更にぎゅーと横に伸ばす。
「な、なにゅふるか、ひゃめ、ひたひ、」
「あはは、痛い?痛いの?
じゃ、夢じゃないよね。良かった。」
ニコニコ笑いながら克美の頬を引っ張る美加。
「ひゃめ、ひたひ、
ひや、ひや、やめんかーー!」
ようやく美加の手を振りほどく克美。
「ステージ前のアイドルの顔に何しとんじゃ!」
はぁ、はぁと荒い息をつきながら克美は美加に雷を落とす。
「え、ああ、ごめんなさーい。つい、嬉しくて。」
そういいながら、美加は克美や自分の衣装、楽屋を素早く確認する。
そして、確信する。
理由は良く分からないが時間が巻き戻っている。
エリザベートが折れて自分の言うことを聞いたのだろう。
出口付近につくちゃんや彦○もいるのを横目で確認できた。
「ね、ちょっと美加。
あんた、大丈夫?」
目の前で手をヒラヒラさせている克美に美加はニッコリ微笑んで見せる。
「うん、すっごく大丈夫。
悪いけど、三人で先に行っていて。わたし、ちょっと近藤さんに話があるから。」
怪訝そうな克美達を強引に送り出すと美加は近藤さんを探す。
近藤さんはすぐに見つかった。
「近藤さん、テレビの深夜枠の話があるでしょう。」
美加は単刀直入に切り出す。
「え、何でそれ知ってるの?」
「それは長い話になるから良いとして、その仕事、もって来ないように。」
「え?え?!
何で、いい仕事なのに。」
「何でも。
もしも、その話みんなに持ってきたら、わたし、近藤さん刺して、自分も舌噛んで死ぬから。
じゃ、そういうことでよろしくね。」
美加は言うことを言って、そのまま走り去る。
後には呆然とした近藤さんだけが取り残された。
一体全体、どういう風の吹き回しか良く分からないがあの剣幕では仕事を持っていったら本当に刺されかねない、と近藤さんは肩をすくめる。
とはいえ、オファーは受けてしまっていたので今更断るのは難しい。
誰か代役を立てる必要がある。
「ゴールデンハニーズにでも持っていくか。」
近藤さんは一人呟くとゴールデンハニーズの楽屋に向かうのだった。
2017/08/02 初稿
最後までお付き合いいただきありがとうございます。
美加達は助かったのか、それとも今だ悪夢から脱していないのか、それともお馴染み運命を繰り返しているだけなのか・・・
それは、皆様の思いにお任せしようと思います。