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School Savage VS. Identity Fragment  作者: ジョシュア
第三話:方舟のランデヴー
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荒砥静志:重力の井戸

 ある学校の体育館に、風紀委員の捜査本部が置かれていた。

 頻発する先駆者の暴走事件が、ついに最悪の事態を迎えていた。〈方舟〉内の各地で一斉に発生したために、風紀委員会は学校の垣根を越えて集まり、対策へ当たっていた。

 風紀委員会の実力もまた、学校の実力に依るところがあった。優秀な学校で立場を持つ者もまた、相応の実力を持つ者である。特に〈聖鎧学園〉とそれを追う五校〈叛逆の五将〉は風紀委員会も優秀である。

 彼らを中心にして〈方舟〉内の暴走事件収拾へ向けて動いていた。

 しかし、やはり不和はあった。

 そもそもの校風が大きく違う学校同士である。事件収拾という目的があろうと、やり方が異なれば、その目的の形も異なっている。

 特に皇ノ木学園が顕著であった。彼らの校訓は「自立、闘争、剛健」である。風紀委員もまた、その校訓に則っていた。

 強引な捜査、連行、取り締まり。皇ノ木学園だけでは問題なかっただろうが、彼らの指示に従う者たちの中には士気の低下が見られ、持ち場を放棄する者もいた。


「捜査方針を変えろ、だと?」


 皇ノ木学園新風紀委員長、重鳴(かさなり)諷護(ふうご)

 彼の言葉には力があった。相手を圧倒するほどの重圧が。

 響く怒号は、学校そのものを動かすと言われている。本人の実力も、生徒会と並ぶほどであるとさえ言われていた。力こそすべて、という〈方舟〉の絶対のルールを特に重視している皇ノ木学園の、ひとつの組織のトップなのであることから、当然、伺える。

 そんな彼に反抗できる者は、少なくとも皇ノ木学園の風紀委員ではいないし、他校であっても表立って言うことはできない。


 いや、一人、いる。


「そうだ。これ以上、人員が減るのは見過ごせない」


 聖ヴァルドル学院風紀委員長、荒砥静志。

 この日、事件の捜査については非番であったが、事件が激化したことを受けて緊急で復帰した。しかし捜査が遅々として進まないことを受け、その原因を現在捜査を主導している皇ノ木学園にあるとして乗り込んできたのだ。

 たった一人で、である。


「……知ったことか。捜査を続けられねえ貧弱ならいらねえ」

「事件の真相は別にある。それを追うことが近道だと進言する」

「はっ、じゃあ目の前で暴れてるやつらはどうする? 建物の損壊、道路の崩壊、学生の負傷。そういうものはどうするって言うんだ?」


 それこそが、諷護の新年であった。

 いま暴れている者たちを一刻も早く取り押さえること。それによって被害を押しとどめること。事件解決の最大の目標をそこに置いている。


「わかっている。それを含めて、提案をしに来た」

「聞くと思うか? そんなことを協議しているうちに被害が出たらどうする? いいか、暴走してるやつは、昏倒させたくらいじゃ止まらねえ。目が覚めたらまた暴走する。いまは捕まえた端から催眠能力者が眠らせてるが、このままじゃジリ貧なんだ。誰かが死ぬかもしれねえってときに、悠長なこと言ってるんじゃねえ!」


 諷護は言った。そのことは静志は承知している。

 どちらも間違っていないだけに、諷護も静志も引くことができずにいた。

 静志は無言でタッチパネル式携帯端末"VS-Drive"を取り出した。

 画面に対戦(バーサス)と表示される。

 戦闘の意思、アリ。これは決闘の申し込みであった。

 話し合いで決着がつかなければ、戦いで。それがこの人工島のルールだ。

 対戦相手が検索される。

 相手はもちろん、目の前にいる人物。


「重鳴諷護に申込(アタック)


 諷護もまた、己の端末を見た。答えは決まっている。 


受付(コール)だ!」


 戦闘開始の合図。

 両者は同時に体育館の窓を突き破って、校庭へと躍り出る。

 静志の手にはサーベルが握られて、諷護の手には戦斧があった。

 諷護の能力、それは『重力操作(グラビコンプレッシャー)』。一定範囲の重力を操るという、類を見ない非常に強力な能力である。重力という、何者も抗うことのできない力を自由に振るう彼を止められる者は少ない。

 彼の言動をそのまま形にしたかのような能力であるとも言える。

 一方の、静志の能力である『廻転風車ウィンドミル』は、本人の心臓から半径五メートル圏内の空気を操るという限定的な能力。十分に強力であるが、『重力操作』と比べられれば、見劣りする。

 しかし、それは能力に限った話だ。戦闘において重要なのは、それを振るうセンス。

 〈方舟〉での順位は、戦いをいかに上手く立ち回れるかであった。強力な異能を行使できようと、社会的に有用であろうと、意味はない。ただ戦いによってのみ、活かされる。

 静志はその空気を操る能力で、己を加速している。背中を押し、脚を浮かせ、空気の抵抗を減らす。諷護の重力に囚われぬように、細かく座標を変える。

 隙を見ての一撃。そのたびに諷護は防御の構えをとるが、体力と精神力は削られ続けられる。

 攻めて、攻めて、攻める。それが諷護が得意とし好む戦法である。

 己の重力で屈服させる。それが流儀のはずなのに目の前の男は捕まらない。


「てめえ……むっつり野郎!」

「ッ!?」


 重力がついに静志を捕らえた。身体が急激に重くなったのか、がくりと動きが止まる。

 その隙を突いて、諷護が迫る。必殺の一撃を喰らわせるべく、疾駆する。

 しかし静志は、視線だけ諷護に向ける。嫌な予感がして、諷護は後ずさる。

 空気が炸裂した。目の前に空気が圧縮され、渦が出来上がる。

 そうか、ここは静志の()()()()だ。

 速度を上げるだけが芸ではない。静志は手札を一枚切って、諷護を牽制した。


「やるじゃねえか、驚いたぜ。ちょっとだけ」

「そちらこそ」


 一見、静志が圧倒しているように見えても、やはり諷護の方が有利であった。

 重力に捉われないように絶えず動かなければならないという縛りに加え、戦斧という力勝負にも不利な相手の武器。

 そして諷護の、戦いにおける技巧の高さ。

 追い詰められていた。大事なカードである近距離射撃を見せてしまうほどに。


「はっ、なあおい。お互い、こうも能力に差があったら小賢しい真似をせざるを得ないって考えられないか?」

「何が言いたい」

「ハンデをくれてやる。ただただ、殴り合おうじゃねえか」


 そう言って、諷護はしてみせた。

 飛行することそのものが能力である。しかし、諷護は自らの力のひとつとして、飛んでみせたのだ。

 彼の切り札のひとつであるが、能力のことを考えるに、飛行時はそれ以外に能力を使うことはできない。

 一方、静志もまた飛んでみせた。

 背中には翼のように空気が渦巻いていた。

 それそのものが能力とさえ扱われる飛行を、難なく行って見せたのだ。

 さながら、聖騎士。天使に祝福されたかのような姿だった。


 二人は同じ土俵に立つ。

 空中で向かい合った両者は、己の持つ純粋な武技でもって戦うと、決めた。

 一息で近づく二人。金属音が鳴り響く。

 あまりに高レベルな能力を使った、馬鹿みたいな泥仕合。

 そして互いの意地の張り合いのような、そんな戦いだった。

 交差し、螺旋を描き、刃鳴が散る。

 先に、その空から墜ちたのは。


「ぐっ!?」


 静志だった。空中戦において、上を取られればそのまま墜とされる。

 大地に叩きつけられるも、能力で落下の衝撃を和らげ何とか着地する静志であったが、一方の諷護は重力を伴って一撃が落下してくる。

 上からの落下エネルギー。己の能力による重力。戦斧という重量のある武器。諷護は勝利を確信している。

 だが、静志は膝を屈さなかった。己の能力で自分の肉体を持ち上げる。嵐を起こして、諷護を弾き飛ばそうとする。

 拮抗する二人を中心にして、校庭に風が吹き荒れた。

 諷護の瞠目。

 重力を押し返すほどの何か。それの正体はわからないが、諷護は自分の力が圧倒されていると知り、さらに驚く。

 再び開いた間合い。満身創痍で、肩で息をする二人。

 しかし、まだ戦える。渾身の一撃を放つべく、諷護は戦斧を肩に構えた。

 双方の息が整い、吐き出すとともに技を放とうとした。


「武器を引け!」


 声とともに間に入る人影。

 その正体に、皇ノ木の風紀委員長は目を剥いた。


「……聖鎧生徒会副会長、火鷹(ひだか)双葉(ふたば)七聖曜輝(ワンウィーク)か、また大物が」


 背中にある『希望の剣』が、その存在をなによりも証明していた。

 「方舟」の中でも、最強と目される一人である。


「現場指揮をとる聖鎧風紀委員長の代理としてここに来た。この戦闘は中断しろ。犯人の目星がついた」


 諷護はその姿を見て、次いで静志を見た。


「てめえ、最初からそのつもりだったか!」


 聖ヴァルドル学院や聖鎧学園にとって、不本意なやり方を止めるための時間稼ぎ。

 皇ノ木学園のやり方では犯人を捕まえることができないと考え、ヴァルドルの管轄区にもいないと知って、聖鎧が見つけると考えて。

 そして皇ノ木、ヴァルドル、聖鎧の名誉を守るために。こうした形に持ち込んだのか。


「さあ? やり方に疑問があったから、止めに来ただけだ。それに勘違いするな。俺は負けるつもりなんかない。……次は、心行くまでやりたい。そのときは、見せてやる。最後の一撃を」

「へっ、その前に墜としてやる。覚悟しろ」


 そう言って、諷護は体育館へ去っていった。

 嵐が過ぎたかのような静けさが戻る。

 静志は、双葉へと頭をさげる。


「感謝する。貴重なSPがなくなるところだった」

「どうだかな。君の実力は、私たちも測りかねている。……っと、そうだ。本来の要件を伝えよう。皇ノ木にも、今後の指示をしなければな」


 双葉はそう言って、VS-Driveを静志へと渡す。

 表示を見ると、すでに通話中であった。「コールサインで応答してくれ」と双葉が言う。静志は頷いて、VS-Driveを耳に当てた。


「こちらオーディンワン」


 果たして、通話の向こうから返ってきた返事は。






『初めまして、オーディンワン。わたしは……ユグドラシル』







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