蝶ノ芽惰烙?:恐ろしい子
「ねえねえ、これからどう? お姉さんといいことしない?」
古典的な文句であった。
加えて言えば、それはいわゆる、逆ナンパ、というやつだった。
ともすればそれは時代錯誤であるし、勘違い甚だしい文言である。
だが、例えば、そう状況による効果というものはあるはずなのだ。
側から見ると、女子大生が男子高校生へ声をかけている。夜のネオンが輝く歓楽街で、そんなお誘いの言葉だ。
男子高校生と言えば、すでに性に関して経験豊富な者もいなくはない年齢ではあるが、それでもどんな男だって女の誘いには弱いものである。それが年上の女のひと、となれば、効果は絶大であった。
まして、相手は純真無垢な男子高校生であった。うっかり声をかけられた側は、顔を真っ赤にしてしまっていた。
「ねえ、暇かな? もしかして、お相手が来なかった……とか?」
この少女が声をかけた理由は、そこであった。
先ほどからあちこちをきょろきょろと見ている男子高校生が、少し哀れに見えてしまった。
もしかすると、今晩、デートする相手にも置いていかれてしまったのではないか。
そんな風に思わせるほど、必死な形相を浮かべていた。
ともすれば優しさかもしれない。ひとを癒すのは、ひとであるのだから。
いかに巧みに言葉を操って弄しようと、相手の弱点を突こうとしても、誘った側は優しさであった。やり方を間違えても、とるべき手を間違えていても、優しさであった。
ただ、この場面から言えば、それはとんでもない間違いであった。
「ひとを、探してるんです。妹を見ませんでしたか?」
「……妹?」
「こんな子なんですけど」
その男子高校生が見せたのは、一枚の写真だった。
化粧気のない女の子だ。私服であるから学校はわからなかったが、育ちはいいのだろう。活発でなくとも、思慮深く、儚げであることがうかがえる。
言葉に窮したのは女子大生の方であった。
もしこれで、同級生であったり、恋人を探しているなどと言われてしまえば、余計に燃え上がったかもしれない。そういう趣も悪くない、と。
しかし、妹ときたか。これには弱ってしまった。
「ねえ、この子、名前は? なにをしてたかとか、わかる?」
だから、これはお節介だ。
自分の身と重ねてしまったから、つい手を差し伸ばしてしまう。
頭がずきずきとする。何をしているんだ、と叫んでいるのだ。
うるさい、で一蹴もできない。
ただ、次の言葉を聞いたときに、それらは静まり返った。
「鬼門悠果、と言います。ある占い師と会ってたみたいなんです。大切な相談ではない、とは言ってたらしいんですが。いま、妹の友達と二人で探してるんです」
それを聞いて、にやり、女子大生が笑った。
「それを早く言いなさい」
一人のひとが言葉を発したはずなのに、その声音はまるで、たくさんの意思があるかのようであった。
「友達というのは、一緒に占い師のところへ行ったの?」
「い、いいえ、たまたま違うひとと一緒にいたみたいで、そっちへ。妹も、さすがに占い師に相談することを、友達には知られたくなかったみたいで。あっちの提案で、二手に分かれていて」
「でも、占い師のいる場所を知っていた、のね?」
はっ、と男子高校生の顔が変わったのがわかった。
気が動転していたのだろう。単純なことであるが、気付いていなかった。
鬼門悠果の動向の最後を知っているのは、その友達である。そしてその友達の方から、別行動をするように打診された。
これを怪しまずに、どうしろというのか。
「素直な男の子はポイント高いけど、だめよ、女の子を信用したら。いつだって利己的なんだからね。もちろん、自分の安寧に必要だと思えば誰かを助けることもある。他ならぬ私が、いましているようにね」
恋愛経験のない男の子への、アドバイスであったが、果たして届いているだろうか。
唇をふるわせる男子高校生は、ぼそりと言う。
「あの子は、僕を騙してたってこと?」
「半分はね。大方、責任を感じて、先走ったってところでしょう。でも、占い師の手先ではないわ」
「占い師が、妹を!?」
「ええ」
頷くと、男子高校生はまた驚いていた。
あまりに素直すぎて、心配になるくらいである。
いつか悪い女に騙されやしないか、といまさっき騙そうとした女が思うのだから、世も末だ。
くすり、と妖艶に笑う。男子高校生はまた顔を赤らめた。細かい動作でいちいち反応するのは大変見ものだった。できればベッドの上で見たいものね、と思う。
「どうして、そんなことがわかるんです? もしかして、あなたも占い師を追っている、とか」
今度どきり、としたのは女子大生の方であった。
突然として察しが良くなる。
これはまずい、と思った。こういうタイプは、非常によくない。
普段は鈍感で気づくとあれこれ騙されているような人であるくせに、大切な局面では急に理知的に、あるいは勘が鋭くなるのは、よくない。
それは彼の将来を少し案じさせる。
普段はこっちのことを一切考えないのに、泣きたいときに限って寄り添ってくれたり。
ぶっきらぼうなくせに、相手の好きなものはきちんと覚えてたり。
普段は攻められっぱなしなのに、ベッドでの攻めが激しかったり。
いわゆる、ギャップ、というやつだ。
萌えと言ってもいい。
男子が持つ特有の、萌えである。
きゅんきゅんするのである。
「……ええ、そうよ。私も探してるの。まあ、飽きちゃったから、男でも引っ掛けようと思ったんだけどね」
でも思いがけない収穫だった。まさかこんなところで足跡を追えるなんて。
「あなたも、誰かを?」
ああ、最後まで。そうやって追い詰めるのね。
「ねえ、その占い師を捕まえたら、デートしましょ。明後日の夕方とかどう?」
「え、あ、は!?」
「そこは頷いておくものよ」
くすり、と笑う。たまらないわ、こういうタイプは、初めて。
そもそもこの体を普段使っているあの子は、まったくそういうものには無頓着であったから。
女子大生は……蝶ノ芽美色は思った。
脳内で会議を開く。結論は一瞬であった。
「私も助けたいのよ、妹を。あの占い師の手からね」




