荒砥静志:いつか舞う天使へ
包帯をあちこちに巻いて、静志はぼうっとベッドで眠っていた。
暴走するエリュースへ放った最後の一撃を放って、意識を失った。そこまでは覚えていて、気づいたら他校の保健室で寝ていた。それから病院へと移されて、いまは点滴を打たれていた。
傍らには。ぼろぼろになったサーベルがあった。新調しなくては、と思いながらも、ここから立ち上がれずにいる。
はあ、とため息を吐いた。それはなにも、入院生活のせいだけではない。
「なんで目を覚まして最初に見る顔が、君なんだ」
「んだよ、女の方がよかったってか?」
「当たり前だ」
「やっぱりムッツリじゃねえか!」
そう、病室を訪れていたのは重鳴諷護だった。あの日、事件の捜査本部の担当であった皇ノ木学園の風紀委員長は、自ら直々に怪我をした風紀委員の元を回っているのだと言う。
優しいな、と言えば怒るだろうから、口にはしない。
かしこまった態度で、諷護は言う。
「……お前は特別だ」
「率直に申し上げて気持ち悪い」
「言ってくれるな!? 俺だって恥ずかしーんだからよ!?」
ごほん、と咳払い。
「事件は無事に収束した。怪我人は何人かいるが、大したことはない。一番の重症者は目の前にいる」
「鏡はいるか?」
「茶化さないで聞け!? 俺への態度だけ変だぞお前!?」
実のところ、諷護もあちこちに包帯を巻いている。捜査本部の指揮をしながら、前線で暴れる先駆者たちを取り押さえていたらしい。
だが、疲労の具合は静志の方がずっと上であった。無理を押しての能力行使が相当にきつかったようだ。
空気抵抗をなくし、背を押すように風を吹かせる能力と言えど、基本は普通の人の肉体である。肉体強化系能力の真似事であるが、それが負担にならないわけがない。しかも連戦し、最後の集中力を振り絞っての、全力のエリュースと戦いであった。
無茶でない、など言えまい。
「それで、事件は収束。犯人の確保は、お前が助けたエリュース・ディネラによるものだ。はっ、雀瞬の奴らはなにもしてねえくせに『貸しということにしてもよくってよ』だとよ」
「彼女たちもわかっているさ、あまり責めてやるな」
「ヴァルドルの騎士らしい優しさだ」
皇ノ木の風紀委員長は、皮肉を込めて言う。
「だが、ともあれ被害が最小限に抑えられたのは、お前の手柄と言えなくはない。そっちの方で雀瞬の方に何か言ってやれ。そっちの財産を守ったのはお前だとかなんとか」
「そのために助けたわけじゃ、ないけどね」
苦笑して、静志は言った。
なにせ、最後の現場に踏み込むべきだった静志は、その任務を放棄してエリュースを助けに向かったのだ。
本来ならば責められるべき立場にあるのは、静志の方だった。
「だが、わかんねえこともいくつかある。まず、どうしてエリュースが暴れてるってことがわかったんだ? んで、その場所もよ」
察しがついてるくせに、そういう問いかけをする。
聖鎧学園の火鷹双葉が告げてきたのだ、と言うのはわかっているのだろう。本当に聞きたいのは、その先のことである。
だが、言うのは憚られた。助けられたのは静志の方であるのだから、ここで告げ口のように言うのはよくないだろう。
けれども、これだけは言いたかった。
「……重鳴、聖鎧学園に気をつけてくれ。彼らは、俺たちが思いもしないことをするだけの力を持っている。次に何か起こるとしたら、あそこだ」
リーグ一位の聖鎧学園は常勝を誇っている。
ひとえに、火鷹双葉の実力であるだとか、生徒会長の指揮が上手いとだけでは片付けられないなにかがある。
それは前から感じていた疑念であった。
そこへユグドラシルと名乗る彼女の登場だ。もし彼女の力が……ユグドラシルの名の由来が静志の思う通りであって、火鷹双葉たちがそれを承知で使っているのならば。
「答えになってねーけど、許す」
諷護はそう言った。ありがとう、と静志は頭をさげる。
本当にそれを伝えるべき相手は、その火鷹双葉とユグドラシルであるのだが。
いつか会うことがあれば、きちんと言おう。そう思った。
「んでもって、もうひとつだ。お前、どうやってエリュースを助けた。〈蕩ける毒夢〉は、能力者の意思によってしか解除できない。他に方法があるとしてもわからない、そういう力だった。その破った方法は、なんだ」
それはあまりにも当然の質問だった。彼自身、その能力のせいでかなり苦戦を強いられている。昏倒させても、目が覚めたらまた夢に囚われる。
あまりにも強力で、しかし〈方舟〉のルールでは運用が難しい能力である。
それを破る方法を見つけたのだとしたら、教えて欲しいと諷護は言っているのだ。
「そんなものはないよ」
「は?」
口をへの字にする諷護であった。
きちんと伝えよう、と静志は思った。自分の奥義に関わることになるが、まあ、他にも奥義と言える技はある。そのひとつくらい、明かしても構わないだろう。
「俺の一撃……雷によって、一度だけ彼女を殺した。心臓にめがけてビリビリっとさせて、心臓を止めたんだ。そしてその一瞬の後、具体的には心臓の一拍数分を置いて、もう一度叩き込む。蘇生させたんだよ」
これにはいよいよ、諷護は開いた口が塞がらなかった。
めちゃくちゃである。〈廻転風車〉によって発電が可能なのは、諷護の知るところである。それによる強烈な一撃は、硬い装甲を簡単に抜くこともできる。
だが、その能力でさえ相当に難しいものだ。似たような大気操作系能力者でさえ真似できない、静志の才能、あるいは努力の為せる荒技である。
しかし、いま、静志が言ったのは、さらに先。細かな制御でさえしてみせるという事実であった。むしろ、それは電気系能力者であっても難易度の高い技である。よもや他の能力者がそこまでできるとは思いもしないだろう。
「馬ッ鹿だなあ」
「言っておけ」
静志はそう言って、手をひらひらとさせた。これ以上、話すことはない、とでも言うように。
だが、言いたいことがあるのは諷護の方であった。
ここにきて、彼はまだ問うていないことがある。
この操作についてはあまり重要ではなく、諷護にとっても重要でない事柄であるから、確かめる必要もないと思ったが、一太刀やり返さなければ気が済まないのも事実だった。
「お前さあ、実はエリュース・ディネラみたいな子、タイプだろ」
なっ、なっ、なっ、と静志は、ここまで大きく表情を変化させなかった男の顔がみるみるうちに赤くなった。
「図星か? お、図星か?」
「ち、ち、ちゃうわ! そんなことないわ! なんてことを言うんだ君は!?」
「口調が変になってるぞ」
そうやって、二人は言い合う。
その会話が誰かに聞かれていることなど、気にもせず。




