05 体力づくり
こっちの世界に来て一週間ちょっとが過ぎようとしていた。
大掃除が終わってからは特にすることもなくほどんど暇を持て余していた。
皇位継承から外れているため書類やらなんやらは回ってこず、何かの招集があるわけでもなく客の訪問もない。
確かにこういったのんびりした生活を望んでいたが、何もすることがなさすぎるのは考えものだった。
「はっ・・はっ・・きっつ・・・・・」
暇つぶしというわけではないが、俺は離宮の庭園を走っていた。
一応体力づくりのつもりだ。
初めてこの姿を目の当たりにした時も思ったが、この身体は実に細い。不健康極まりない見た目をまずはどうにかしようとルードに頼んで食事の回数を多くしてもらった。
そうお願いした後のルードが運んできた量には頬を引きつらせたが。
元ルシエルは少食だったらしく、最初はあまり食べられなかったがだんだん慣れてきていて今は一日4食食べるようになっている。
この世界の食事はけっこう美味しかった。今までもルードが作ってくれていたらしく、ルードにはもう頭が上がらない気がする。
甘味に関しては物足りない気もするが。
ルードが作ってくれているのは甘さ控えめのクッキーなどの焼き菓子だ。この世界ではクッキーが最大の甘味らしい。
甘いものが好きな俺にとしてはちょっと信じられない。今度一回キッチンを借りておやつを自作したいところだ。
食事に加えて健康を維持するために必要なのは運動だ。見かけからしてスポーツ向きの身体ではどう考えてもないし、体力はないんだろうと思っていたが、まさか庭園を一周しただけでギブアップするとは思っていなかった。
掃除の時もけっこう息切れしていたのでだいたい予想はしていたが、その予想の遥か上だった。
庭園はだいたいサッカーのフィールドと同じか少し大きめの広さで、美しい並木道や噴水、バラ園 などが広がっている。走った後も庭園を散歩をするのが日課になってきているほど気に入っている場所だ。
花の甘い香りが漂う中、限界まで走ってその場に倒れ込む。全力疾走を維持していたのでもちろん心臓への負担は半端じゃない。
気持ちの良い感触の草の上に大の字になって目をつむり、乱れまくっている呼吸を整える。
走り出して今日で四日目だが、もともと体力がないからか体力がついてきたことがすでに実感できる。庭園を20週以上は余裕で出来るようになったし、呼吸が整うまでの時間の感覚も短くなっている。
常時全力疾走で息が整ったらすぐ再開、という超過酷な特訓を一日に数時間は続けているのでそれくらいは成長してくれないと割に合わない。年齢もあるのかもしれないけど。
人間窮地に追い込まれたときほど本領を発揮するというのは本当だと身を持って感じる。
食事の方も順調なので、見た目にも変化が出てき始めている。
「ルシエル様、また走っておられるのですか?」
寝そべったまま目に見える効果を喜んでいるとフッと影とともに声が落ちてきた。目を開けるとポットとカップを乗せたトレイを持ち、タオルを俺に差し出しているリリアの姿があった。
リリアは離宮で働いているメイドたちのメイド長だ。
澄んだエメラルド色の瞳に上品さがにじみ出た整った容姿をしている。聡明だが芯の強さがあり、ちょっとした過保護だ。
俺への嫌がらせに対しては最初は何度も止めていたがルシエルが大丈夫だと言い切り、ルシエルの意思を尊重したいために黙認していたらしい。
あの掃除の一見以来、メイドたちとよく話すようになった。俺から話しかけることが多かったが、いつのまにかメイドたちから話しかけてくれる方が多くなっていた。
おかげで難なく全員の名前を早いうちに覚えられた。
単純に話しかけてくれるのは嬉しいことだし、その理由の中には俺が常に感謝を伝えることを怠らないようにしていることもあるのだろう。そもそもこれは日本人にとってはごく当たり前のことなので、普通に生活してれば無意識にクリアできることなのだが、皇族は普通従者に感謝なんて言わないものです、とメイドたちに言われた。
言われる分には彼女たちも恥ずかしそうだが嫌そうではないのでこれからも伝えていくつもりだ。
それがきっかけとなったのか、彼女たちの俺への態度が激変したのだ。
「ありがとうリリア、助かるよ。体力つけたいし、なんならけっこう楽しい」
よいしょ、と余力がある身体を起こしてタオルと水の入ったカップを受け取る。カップに口をつけて一気に水を飲み干した。
カラカラだった喉がちょうどいい冷たさの水に潤されていくのが分かる。
「うまー・・・」
「体力をつけるのは良いことですが、やりすぎではありませんか?少し休まれたほうが・・・」
俺の横に座ったリリアが顔を覗き込んでくる。
前世ではあまり運動は好きな方ではなかったし、なんならなるべく動きたくないタイプだった。
スポーツが好きな人の気がしれなかったが、こうして運動してみると運動後の独特な気持ちよさにすっかりハマってしまった。
心配してくれるリリアには申し訳ないが、もう少し追い込むつもりだ。
やれるうちに何でもやっておきたいしね。
「限界になったら休むよ」
「絶対に休む気ありませんよね。もし何かあったらどうするのですか!」
もう、と手を腰に当てて怒った仕草をするリリアに苦笑して「そのときはよろしく」とリリアの肩をポンッと叩いた。




