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大嫌い、からの逆転  作者: 安芸
後日談
33/33

最愛の名の下に

「はい、あーん」


 レイノルズはニコニコしながら、ライジーアの口元にケーキを運ぶ。

 だが周囲の眼を気にしてか、ライジーアは口を開かない。

 頬を染めて、恥ずかしそうに言う。


「あ、あの、レイ。じ、自分で、食べるから」

「そう? 残念」


 隣のテーブルで、ライジーアの父親が額に青筋を立てて引きつった笑顔を浮かべている。

 差し向かいの席では、ライジーアの母親が「あらあら」と呟きながら、微笑ましそうにこちらを眺めている。


「お茶のお代わりはいかがですか?」


 レイノルズはそつのない笑みを振り撒いて、隣のテーブルの賓客に訊ねた。


 今日は両家が絶縁宣言してから初めての、和解の茶会だ。

 庭の見える全面ガラス張りのサンルームで寛ぐのは、レイノルズの両親とライジーアの両親。

 もてなしているのはレイノルズで、「手伝いたい」と自主的に動いてくれたのはライジーア。

 テーブルと椅子、テーブルクロスやカトラリー、飾る花とフレグランス、茶葉に菓子。どれも招待客であるライジーアの両親の好みに合わせている。


 接待する側とされる側が同一のテーブルでは失礼なので、と建前を述べて、レイノルズはライジーアと二人、ちゃっかり小さなテーブルについている。イチャイチャするには最適な距離感を保てる、偉大な小テーブルだ。



 塔での秘密会議終了後、早速レイノルズは動いた。

 まず両親に『災厄』からの解放を報告すると、泣いて喜ばれた。次に再びライジーアと婚約をしたいと告げると、険しい顔で唸られた。その反応は想定済みだったので、一歩も引かず、真正面から熱意を訴える。どうしてもライジーアと結婚したいと。レイノルズは長子で爵位継承の件もあり、かなり渋られたが、弟の件を持ち出してなんとか説得に成功する。


 アズウィンにも協力を仰いだ。

 両親と一緒にアズウィンも証人としてライジーアの家に同行してもらい、二年前の婚約破棄の一件も含めて、包み隠さず事情を打ち明ける。公爵家の一員であるアズウィンの威光もあって、「そんな突拍子もない話を信じるものか」と一蹴される事態は避けられた。


 その上で、膝を折って懇願した。

 ライジーアと結婚したいと。婿入りを望むので、一考を願うと。

 当然ながら難色を示され、その場でいい返事はもらえず、レイノルズは足繫く伯爵家に通った。


 レイノルズが頼んだわけではないが、ライジーアの泣き落としも功を奏したようだ。『災厄』がどんなにレイノルズを苦しめたか訴え、涙ながらに許してくれるよう再三頼んでくれたらしい。


 社交シーズン中ということもあり、レイノルズはエスコートを申し出て、ライジーアも受けたがるものだから、父親である伯爵は娘の願いを無下にはできず、また伯爵夫人である母親も娘の味方についてくれたので、二人は婚約未満にも関わらず、どこへ行くにも一緒だった。


 こうなると、自然と人の噂に上る。

 更にアズウィンも好意的に二人と接する姿があちこちで目撃され、世間の眼は『王子殿下公認の仲』と見るようになる。波が引くように双方とも縁談話は数を減らし、極々稀にちょっかいをかけようという強者(つわもの)はレイノルズの氷点下を下回る視線と鋭い舌鋒の前にスゴスゴと退散していった。

 現在は、外堀を埋め、内堀をせっせと掘り進めている。


 

 レイノルズはお茶を飲みながら、お菓子を摘まみながら、おしゃべりしながら、とことんライジーアを熱い瞳で見つめ続けた。愛情全開、溺愛上等、無我夢中、という恋心ダダ漏れ状態である。

 ライジーアはレイノルズから注がれる、甘い雰囲気に幸せそうに酔ってくれている。


「レイ。このケーキ、とってもおいしい」

「ありがとう。気に入ってくれて嬉しいよ」


 レイノルズは甘く甘くライジーアに微笑みかける。

 彼女の父親は、茶器を持ったまま、フルフルと小刻みに震えている。


「よ、よくも、この私の目の前で堂々と……」


 地を這うように低く響く声は、娘を取られる悔しさでいっぱいだ。


「あなたったら、少し落ち着いてくださいな。ほら、お茶でも召し上がって」


 夫を窘めるライジーアの母親は、レイノルズの両親とも和気あいあいと喋り、楽しそうだ。

 レイノルズは、ライジーアがおいしそうにケーキを食べる様子を見ながら、爆弾を落とした。


「実はそのケーキ、私が焼いたんだ」

「えっ。レイが作ったの!?」

「そうだよ。最愛の君のために」


 こっそりとこちらの会話に聞き耳を立てていたのだろう、ライジーアの父親が突然激しく噎せた。口に含んだお茶を噴かなかったのは、さすがだ。

 言外の意味を的確に理解したのだろう。


 普通、『最愛ケーキ』は花嫁から花婿に『こんな風に私を食べて』と愛を込めて贈るものだが、花婿から花嫁に贈っていけないわけではない。料理の腕に自信のある男は、『こんな風に君を甘やかしてあげる』という意図を込めて、『最愛ケーキ』を贈り返すのだ。


 ……まだ婚約の許しを得ていない以上、『最愛ケーキ』とは公言できないけどね。


 だがレイノルズの意志は十分に伝わっただろう。

 まだまだ娘を奪われたくない父親の、声にならない怨嗟の声が聞こえてくるようだ。

 ライジーアは単純にケーキを高評価し、レイノルズのお菓子作りの腕前を褒めてくれる。


「次でいいから、このケーキのレシピ教えてほしいな」

「いいよ。君になら教えてあげる。なんでも、ね?」


 今度はガシャン、と茶器が割れる音がした。

 レイノルズは内心で「早くジアを私に寄越せ」と強面で催促しつつ、穏やかな上辺を取り繕って、未来の義父の不始末を処理するために悠然と立ち上がった。


ありがとうございました!

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