第96話 談合
結局、リフォームは2LDKになった。
工事は2週間ほどで終わり、あとは部材待ちの一部を残すのみだ。
俺は、葛城と物件の確認にきた。
バルコニーに続く大きな部屋。
その真ん中に壁を作って2つに分けた。
パッと見は新築の2LDKだ。
葛城は部屋に入ると、くるくると回った。
「わぁーっ。すごーい。新築マンションみたい! あれ、これ。どうやって開けるんですか?」
だが、3枚開きの窓サッシは共有部のため、交換ができない。だから、少し使い勝手が悪い。
床の張り直しに、キッチン交換。
そして予定外のバス交換。
かなり予算オーバーしてしまった。
「これで850万か。自社施工でこれって……価格会議が怖いよ」
俺は工事の見積書をファイルに戻した。
「このマンション、幾らになるんでしょうね!」
葛城も見積書を見た。
「さぁ? 専務は欲張りだからな。一億とかにされないことを神に祈ってるよ」
売り出し値は上司が決める。
俺に決定権はない。
「でも、駅から近いし。景色も抜群じゃないですか。あっちに遊園地の観覧車が見えますし」
立地が小高く、遊園地が見える。
都心とは思えない、のどかな眺望だ。
「この景色を気に入ってくれる人がいたら良いんだけど」
葛城は窓際で、グラスを傾ける真似をした。
「こうやってワインとか飲んじゃって。日曜日の目覚めに景色を眺めるんです」
「日曜の朝からワイン飲むなよ」
葛城の指先が震える。
「……です。……です」
そう繰り返して、葛城は俺の方を見た。
「どうした?」
「先輩っ。下のお墓で、お坊さんがお経を読んでます。あっ、あっちの人は何か箱みたいなの持ってる」
「あぁ。法事が何かだろ?」
「先輩。あの箱ってお骨ですか? わたし、お墓が見える家、嫌です……」
俺は葛城の肩を叩いた。
「気にするな、葛城。もう後戻りはできない」
「まぁ、わたしが住む訳じゃありませんし?」
葛城は舌を出した。
「それにしても遅いな」
俺は時計を見た。
15:21。
もう20分も過ぎている。
「誰か来るんですか?」
「あぁ、仲介と約束してるんだよ」
「えっ。うちの仲介部門に頼むんじゃないんですか?」
葛城は首を傾げた。
「この物件はヤバいから。地元に強いところにお願いしたんだよ」
今回の物件は、文京区を得意とする仲介に専任で頼むつもりだ。
「部長、文句言いませんか? 自分のところでやれば手数料かからないし」
「あれっ。仲手のこと考えるなんて、葛城も成長したじゃん」
葛城は頬を膨らませた。
「わたしだって、もう半年ですよ?」
ピンポーン。
インターフォンが鳴った。
仲介だ。
「遅れちゃってすみません。お客様の内見が長引いてしまって。あっ、新人さんですね。私は山田と申します」
山田さんは頭を下げると、葛城に名刺を渡した。
「いえ。それで内見はどうでした?」
山田さんは微かに笑った。
「いやぁ。そこそこ感度出てたんですけどね。片手だからねー。できれば、ここに流したいかな。ここって、今の段階で見せられますか?」
山田さんが目を細めた。
瞳に影が落ちている。
「工事終わってないけど。それでも良いなら、可能です。さすがに私の立ち会いにはなりますが。きっちりトークで感度出してくださいよ?」
「両手ですからね。任せてください! 価格が決まったら教えてくださいな」
「承知しました。あの件、お願いできますか?」
「なんとかしますよ。ちょっと写真を撮らせてもらって良いですか?」
山田さんは、俺の肩を叩くと写真を撮り始めた。
ギュッ。
葛城に袖を引っ張られた。
「どうした?」
「あの。両手って、手数料を両取りできるってことですよね? どうしてですか?」
「え? どういう意味?」
「だって、他の仲介さんがお客さんを見つけたら、山田さんが窓口でも手数料は半分ずつになっちゃうじゃないですか」
良い機会だ。
葛城の勉強になるかもしれない。
「あぁ。前に、媒介契約したらレインズに登録しないといけないって話はしたよな?」
「はい。それを見て他の業者さんがお客さん見つけるって」
「そそ。だから媒介契約する前にお客さんをできるだけストックしてもらうんだよ」
「ウチのために、なんでそんなにお世話してくれるんですか?」
葛城はメモ帳を出した。
すると、山田さんが戻ってきた。
「それはね。うちに情報を独占させてくれる見返りですよ。仲介にとって、これほどのご褒美はないです」
山田さんはガッツポーズをした。
「それで、先日、お話しした竣工前の事故のことなんですけれど……」
「教えてくれてありがとうございます。仲介と売主さんは運命共同体ですので。信頼第一。ここだけは隠し事はなしでいきましょう」
「いけそうですか?」
「あの程度のことなら何とかしますよ。うちはこのエリアは得意ですので! じゃあ、私は近隣の調査をして帰りますので」
山田さんは手を振ると、鼻歌混じりで出て行った。
♦︎
翌日のオフィス。
今日は価格会議だ。
この会議で、売り出し価格が決まる。
資料には幾つも折り目がついている。
俺は唾を飲み込んだ。
トントン。
俺は会議室のドアをノックした。
「あー、山路君? もう少し待ってて」
中から部長の声。
俺は廊下の椅子に座った。
「資料でも見直しておくか」
すると、スマホに着信。
山田さんだ。
向こうから連絡なんて、どうしたんだろう。
背中にぞわりという違和感。
俺は通話を開いた。
「あっ、山路さん? あの物件、死んでますよ」
電話越しに山田さんの声。
声に余裕がない。
「えっ。だから作業員の事故の話はしたじゃないですか」
「違うんです。それとは別件の……飛び降り自殺です」
……え?
バサッ。
落とした資料が、床に散らばった。




