第76話 配管
「こういう時は、まず配管業者、次に管理会社。水を止めることが最優先」
「は、はいっ」
葛城がついてくる。
うちの物件は5階建ての最上階だ。
苦情が出たのは、4階の隣の部屋。
「ちょっと待って」
俺は集合ポストで立ち止まった。
名前を確認する。
うちの階下は『山形』
隣室の階下は『谷川』
同じ5階の隣室も『谷川』
……あれ? 同じ名字?
「先輩!やばいですよ。早く行きましょう」
葛城に引っ張られて、ポストに背を向けた。
回り階段を駆け上がる。
「まだ、どこのせいか分からないんですよね?」
葛城は納得いかない様子だ。
5階に着くと、管理人が給水管の元栓を止めた後だった。
住人がギャーギャー叫んでいる。
あの人が通報したらしい。
70代後半くらいのお爺さん。
薄毛で色白。額には血管が浮き出ている。
あのタイプに有効なのは、平謝りだ。
相手に気づかれるより先に、俺は鞄で葛城の足下を隠した。葛城の首筋を押さえて、一緒に謝る。
右手がググッと押し返される。
右を見ると、葛城の唇は固く閉じられていた。
ひたすら謝って、現況を確認させてもらえることになった。
バタン。
管理人と住人が先に入り、鉄扉が閉まった。
キッ。
葛城の視線。
目が合うと、睨まれた。
「どうした?」
「なんでもありませんっ」
葛城はそっぽを向いた。
悔しいんだろ? 分かる。
でも、これがこの仕事だ。
だから、俺は何も答えなかった。
バタンッ。
ドアが開いた。
ナフタリンのような鼻につく匂い。
玄関先には、女性物のサンダルと小さな革靴。その上には、抜き捨てられた大きなビーチサンダルが転がっていた。
靴を脱ぐと、まっすぐ和室に通された。
天井には、まだ新しい染み。
「どうしてくれるんだ!」
住人が詰め寄ってくる。
白い壁紙がグレーになっている。
俺は顎に指を当てた。
やっぱ、おかしい。
「ほんとにうちの部屋からなのかな」
「はぁ? どう考えても、アンタの部屋が原因だろ! どうせ工事で配管壊したに決まってる!」
住人は怒鳴り散らした。
配管?
あぁ、工程表を見たのか。
ここは、回り階段で1階あたり2部屋しかない。この年代の団地らしく、水回りは縦管に集約されている。
基本、横には流れない。
なら、漏水の原因は上しかない。
うちの部屋は、ずっと空家だった。
ほとんど排水管は使われていない。
さっき、臭い上がりを止めたくて水を流したが、赤水だった。
で、あれば。
天井の染みも、錆の色になるのではないか?
俺は管理人を見た。
面倒臭そうな顔をしている。
漏水の量は多くない。天井の染みなんて、古い物件ならよくあることだ。このまま自然に止まって終わる可能性もある。
漏水の原因特定はすごく難しい。
お金も時間もかかる。それにここは4階だ。なまじ調査したせいで、屋上の防水不良なんて不都合な事実が出てくるかも知れない。
俺はまた管理人を見た。
なるほど、うちに責任を押し付けて終わりにしたいのだ。
俺は住人に言った。
「いや、実は工事の工程が遅れていて、まだ弊社の業者は入ってないんですよ」
「はぁ?」
「本当です。この物件の年代からすると、埋設配管の可能性が高いですからね。現況確認ができなくて、工期をずらしたんです」
「何をでまかせを」
「いやいや。本当です。普通に考えて、うちよりも真上の部屋が怪しいでしょ。うちは関係ないんじゃないですか?」
さぁ、楽しい泥試合のスタートだ。




