第74話 団地
葛城君には、まずは手持ちの物件を見てもらうことにした。まだリフォーム前の物件だ。都合がいい。
目的地までは、電車の移動だ。
「ええと、葛城くんは。第2新卒?」
すると、葛城は右手をあげて手のひらを返した。
「留学してて。新卒です」
「そうなんだ。専攻は?」
「Urban Analytics……、都市分析です」
「なんだか難しそうだね」
「統計などから、都市の実情について分析するんです。最近では、AIの活用についても研究してました」
葛城は眼鏡を直すような仕草をした。
「ごめん、聞いたら余計に分からなくなった」
「ふふっ、例えば」
葛城は口を綻ばせた。
柔らかな笑顔。
桜の花びらみたい。
ガタンッ。
電車が揺れた。
「キャッ」
葛城はよろめいて、吊り革に体重をかけた。
俺は葛城の足下を見た。
「葛城君。もしかしたら、靴はもっとヒールが低い方がいいかも」
葛城の目が細くなる。
太もものあたりをパンパンと叩いて、スカートを直すような仕草をした。
「はい。でも、規則は守ってますし。服装についてまで口を出されたくありません」
唇はキュッと閉じられていた。
「いや、なんかごめん」
やっぱ、この子。
桜藍に似てないや。
「あ、いや……すいません」
葛城は、鼻先を擦った。
2人で、窓の外を眺めた。
今日は曇り空だ。
横目で葛城を見た。
(若い子って、こんなものなのかな)
葛城は、厚底のストラップサンダルを履いている。踵が高くて、俺が履いたら、すぐに転んでしまいそうだ。
気まずい。
すると、葛城が俺の方を向いた。
「あの、うちではAIの活用はどんな感じなんですか?」
「使い始めたのは、ほんの最近だよ。契約書の下書きとか。ミスも多くてさ。まだ試行錯誤」
「ふむふむ。不動産では、うち以外もそんな感じですか?」
「うん。街の仲介は高齢だしね。『AIってなんですか?』って雰囲気」
「葛城君は、どこの国に留学してたの?」
「アメリカです」
アメリカか。
俺は、どこかでほっとした。
「何の研究を?」
「わたしは、心理的瑕疵指数(PSI)について研究してました」
へぇ。
正直、関心がある。
「心理的瑕疵も数値化されるんだ?」
「はい。心理的瑕疵指数というのは……」
『まもなく菊名駅〜。出口は右側です』
車内アナウンスが流れた。
「ここだ。降りるよ」
物件は駅から10分ほどだ。
西側の緩やかな坂を上っていく。
途中、何度か小さな子供を乗せた自転車が通り過ぎた。
目的地は、少し上がったところにある団地だ。
建物が見えてくると、葛城は早足になった。
「わぁ。お婆ちゃんの家みたい!」
「だよね。中に入ろう」
エントランスに入るとすぐ階段が見えた。
北向きで狭くて暗い。
階段を上がりながら、葛城が言った。
「ここ、団地なのに販売なんですか?」
「古い団地には多いんだよ。最初から分譲の場合もあれば、途中から販売に変わる場合もある」
俺は雨樋のキーボックスから鍵を取り出した。
暗証番号は……。
隠語の語呂合わせだ。
俺は葛城を見ながら、ため息をついた。
(この番号も変えないとな)
俺は葛城に声をかけた。
「あっ、これ。マスクして」
葛城は首を傾げた。
不思議そうな顔をしている。
ギィ……。
鉄製のドアをあける。
ドアが5センチほど開くと、南風にのって生臭い匂い。
葛城は両手で鼻を覆った。




