87 ドラゴン
インフィは、俯瞰機能を最大限まで引き上げて戦っていた。
魔物の攻撃を至近距離で受けるやいなや、「呪縛」と唱える。その瞬間、ドラゴンの動きが一瞬だけ止まった。
ヨパラは、あらかじめ構築していた魔法を即座に発動する。
「氷の矢よ、貫け!」
魔法の詠唱よりも早く、すでに光の矢がドラゴンに向けて次々と放たれていた。
敵の強靭な防御により、最初の矢は弾かれた。だが次第に、その鋭い光が肉体に刺さり始める。
それを嫌うように、大きく羽ばたいて横へと移動した。
インフィが再び「呪縛」と唱える。
ドラゴンは、インフィに向けて強力なブレスを放とうとしていた。
ヨパラが、その口の中へと光の矢を連続して撃ち込んでいく。
しかし、ドラゴンは攻撃をものともせず、ついにブレスを吐いた。
だが──そのときには、すでにインフィの姿はそこにはなかった。
ドラゴンの全身は、すでに傷だらけとなっていた。
インフィは空中に浮かんだまま、「重力」と唱える。
ドラゴンは、その力に逆らえず、地面へとゆっくりと落ちていく。
ヨパラは、これを好機と捉えた。
ドラゴンの目を狙い、光の刃を鋭く突き立てる。
だが、ドラゴンは苦悶の咆哮とともに大きく身をねじり、羽ばたいて再び空へと舞い上がった。
皮膚がはげ、肉が切られているという傷だらけの姿でありながらも、全身から光の粒が漏れ出し、どこか幻想的な美しさを放っていた。
ヨパラに向けてブレスを吐こうとしていたが、インフィの強力なかかと蹴りがドラゴンの口元を叩き、ブレスの方向がわずかにずれた。
ヨパラはミスリル製の巨大な盾で、その余波をなんとかしのいでいた。
その身は全身、ミスリル製の装備に覆われている。──ドラゴンの直撃を受けても、おそらく死なないだろう。
最後のあがきのように、ドラゴンは再びインフィに向かってブレスを吐こうとする。
だが、ヨパラがその口の中に光の槍を連続して叩き込んだ。
大地に響き渡る絶叫とともに、巨大なドラゴンは光の粒となって空へ舞い上がり、幻想的に消えていった。
ヨパラは──戦いの緊張、魔力の消耗、そして精神的な疲労……すべてが重なっていた。
肩で息をしながら、ふらつく体をなんとか支えている。
一方、インフィは空中に浮かびながらも、まるで何事もなかったかのように平然としていた。
そのとき──ヨパラの体がほのかに光を放ち始め、レベルアップの音が何度も鳴り響いた。
「……インフィ、ちょっと待っ……」
魔法切れ寸前のヨパラは、そう言いたかった。
けれど──疲労のあまり、声にはならなかった。
インフィはそれを、ヨパラがレベルアップして喜んでいるのだと勘違いしたようで、うれしそうに笑っていた。
フィディアとシャリーネは、インフィの放つ魔法が「勇者のものか、魔王のものか」で、お互いに交代で喜んでいた。フィディアはインフィの姿絵を描いた団扇を振って、シャリーネは十字を切ることで喜びを表していた。
フィディアとシャリーネの様子を見て、レイヴァンは思った。
まるでインフィに夢中なコンサートの女性観客のようだ、と。
だが、もはや諦めていた──二人には、死にかけのヨパラが見えていないのだと。
けれど──もう火花を散らすことはない。
今の二人はただ、魔法を操るインフィの姿に、心を奪われるように見とれていた。
その空気を打ち消すように、レイヴァンが困った顔で言った。
──そのドラキュラのような口元が困ったようにゆがむと、いっそう不気味だった。
「インフィ様、ひとまず戻りましょう」
いつものように丁寧な口調で、そう声をかけた。
その少し前の出来事に、話を戻すことにしよう。
ヨパラがレイヴァンに連れられてインフィのもとに姿を現すと──
インフィは、彼の姿を見て、とても嬉しそうな表情を浮かべた。
しかしヨパラは、インフィの姿を目にした瞬間、背筋にひやりとしたものを感じていた。
見た目も、笑い方も──少年のインフィと何ひとつ変わっていない。
それなのに、インフィのまわりの空気は、まるで別人のように変わっていた。
その気配は、あまりにも重く、そしてあまりにも神聖で──
ヨパラの体は震えが止まらず、小刻みに身を震わせていた。
すると、レイヴァンが何かに気づいたように、落ち着いた声で告げた。
「インフィ様……力が、あふれ出ています」
その一言を境に、まわりの空気は──まるで嘘のように、ふっと消えていった。
インフィは、どこか不安げな表情でレイヴァンに問いかけた。
「ヨパラさん、来てくれたけど……大丈夫だったの?」
「はい。ヨパラ様も、インフィ様と共に旅をしたいと仰っていました」
「でも、ヨパラ様には事情ができたようです」
「何なの?」
「──パルヨザードです」
「……その国、三十年前に滅びたよね?」
「はい。ヨパラ様は、その国の王子でした」
インフィは少し驚いたようだったが、すぐに淡々と語り出す。
「ドランザーク帝国は……人にとっては、無い方がいいかもね」
そして、ふっと笑みを浮かべて続けた。
「ヨパラさん、だから魔力が強いんだ。消去の魔法も消えちゃってる。魔力が強くなった証拠だね」
まだ寒気が抜けきらないヨパラが、震える声で尋ねた。
「……インフィ、お前、俺の魔力が見えるのか?」
「うん、見えるよ。消去と封じの魔法の痕跡も。お母さん──すごい魔法使いだったんだね」
そして、まっすぐな目で訊ねてくる。
「ヨパラさんは、仇を討ちたいの?」
あまりの状況に、逆にヨパラの方が冷静さを取り戻していた。
「……まあ、できればな。でも、無理だろ」
「たぶん、大丈夫だと思うよ」
「ヨパラさんのレベルを上げないと無理だけど、ちょっと時間をかければいけると思う」
「もし、ヨパラさんの手じゃなくていいなら──今から行こうか?」
その無邪気すぎる提案に、ヨパラは寒気どころか頭痛を感じながら答えた。
「いや……俺の手でケリをつけたい。インフィ──できるか?」
「じゃあ、そうしよう」
その瞬間だった。
ヨパラの目の前に、体長三十メートルはあるドラゴンが現れ──唐突に戦闘状態へと突入していた。
……インフィは、人との接し方を少し忘れていたようだ。
ヨパラが来てくれて嬉しかったのかもしれない。
だが──これは、完全にダメなやつだと思う。
かなりレベルが上がったインフィは、少年の姿のままでありながら、この大陸のことと、あらゆる魔法の知識が完全によみがえっていた。
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