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雨合羽のお買い物

 若い連れ合いが手をつなぎながら品物を吟味している。大きな手編みの服を手に取ると広い肩に合わせ、二人で楽しそうに語らっている。ここは、魔塔大通りの高級男性服屋であった。


一人のおっさんと一人の少年、そして黒色で少し使い古した感のあるスイギュウマーの革で作られた渋い雨合羽が、手をつながずに立ち尽くしている。


 おっさんが、一番安いレインコートを雨合羽に勧めているが、「カカカ(いいえ)」という音しか返ってこない。


 雨合羽はおもむろに眼鏡陳列コーナーへ行くと、垂れ目型の青いサングラスを掛けた。そして店内を回り、藍色の細かなメッシュの柔らかい布を顔に巻き、手にはシロヘビラーの革で作られた美しい蛇柄の白い手袋をはめ、最後にエナメラーの革で作られた、表面がエナメル光沢の明黄色の長靴を履いた。


 そして姿見で自身のコーディネートを確認した雨合羽は、その場でくるりと回り、顎を上げて「ケケケ(はい)」と笑った。


 黒の渋いレインコートに青いサングラス。エナメルの黄色のブーツ。蛇柄の白いグローブ。顔を隠すように巻かれた藍色のスカーフ。がっしりとした肩幅にすらりと伸びる手足(骨だけなので)、身長は2メートル。まるでメンズモデルを目指しているかのようだ。


 実は、骸骨のために剣と盾と鎧を買いに来たのだが、「カカカ(いいえ)」と笑って持とうともしない。仕方なく大通りを歩いていると、この高級男性服屋に入ってしまったのだ。この骸骨もかなりの自由人である。


 余談だが、黒のレインコートはヨパラのお気に入りの一品である。中級冒険者になった祝いとして仲間から贈られた物で、数多の冒険を共にした思い出深い品だった。そのため、浮浪者に落ちぶれても売ることはなかった。グレードも名品で、ヨパラの数少ない名品の一つである。他はすべて売り払い、酒代となった。ヨパラが取り返そうとしたが、雨合羽は頑として返そうとしない。よほど気に入ったようだ。


 まったく、わがままで見た目にこだわる骸骨である。


 レジでは、またヨパラの手が震えていた。まあ、剣と盾と鎧を一式揃えるよりはお得とはいえ、駆け出しの冒険者が高級店で服を買うのは珍しい。


「まったく、このバカ骸骨のせいで痛い出費だ。インフィ、しばらくは金策だぞ」


 これまで何も考えずにただついてきていたインフィが、鋭い目で雨合羽を見つめると、雨合羽はこれまでで最も深い姿勢で騎士の最敬礼をし、「カカカ(いいえ)」と蚊の泣くような声で笑った。通行人の子どもがその姿を指さし、親も不思議そうに見ていた。


 粗末な木材を寄せ集めて作られた家。家というより崩れかけの小屋、あるいは物置と呼ぶ方がふさわしい。そんな掘っ立て小屋が立ち並ぶ一角を、魔物が石斧を担いで徘徊している。


 ゴブリンラー。レベル12の魔物。身長140センチ。短い手足に、膨れた腹、細い肩、荒れた肌に醜悪な顔を持つ。


 一人のおっさんと、一人の少年、そして一つの雨合羽が、その群れに向かって駆けていく。


「ぐがぁ、ぐぎゃ、ぐぎぃ、ぐがぁぎゃ、ぐがぁぎゃぎぁ~」


 醜悪な姿にふさわしく、声もまた醜悪。断末魔を上げ、ゴブリンたちは光の粒となって消えていった。


 ゴブリンはレベル12の中でも弱い部類に入り、ドロップするのは重たい石斧のみ。得られる経験値も少ない。


 それでも、見た目が人間に似ているため、新人冒険者の中には倒すのをためらって傷を負う者も多い。


 ゴブリンは、人型魔物に慣れるためだけに狩られる哀れな存在だった。


 インフィにとっては格好の相手だ。やや大柄ではあるが、高さに困ることはなく、一撃で肩から上を吹き飛ばす。彼の辞書に「ためらい」という言葉はない。


 雨合羽も同様に、「ケケケ(はい)」と笑いながら、剛腕で魔物たちを次々に殴り倒していく。人型の方が、より気合が入るのだろう。


 ヨパラも、鈍った感覚を取り戻すかのように数体を狩り、やがて二人の様子を呆れ顔で見守っていた。


「よし、もう分かった。お前らには、そもそも確認なんて必要なかったな」


 ヨパラは、インフィと雨合羽が人型魔物をためらわずに倒せるかを確認するために来ていた。もっとも、自分の勘を確かめる目的も少しはあったようだ。


 ……だがその後、事態は思わぬ方向へと進んだ。


「ケケケ、ケケケ……カ、カ、カカカ、カカカカ~」


 雨合羽に魔物たちが群がっている。鋭い牙で肋骨、腰骨、腕骨、足骨、指の骨にまで食らいつき、よだれを垂らしている。


 三人は魔物に向かって駆けていたはずが、なぜか魔物たちは雨合羽にばかり集中した。最初は殴り返していたが、数が多すぎて次第に押され、見るも無残な姿になっていく。雨合羽には確かに力はあるが、動きが鈍く、囲まれるとその弱さが露呈した。巨大化すれば一掃できるはずだったが、それはインフィに固く禁じられていた。


 渋いレインコートもブーツも破れ、その姿は消えていた。いや、すでに全てがビー玉に戻され、ヨパラの手の中にあった。金に関して、ヨパラも抜け目はない。


 ヨパラとインフィは、雨合羽に群がる魔物たちを次々に斬り伏せていく。インフィの動きには一切の無駄がなく、ためらいもない。倒される魔物たちの方が哀れに見えるほどだった。


「お~、これはいいかもな。骨をしゃぶらせて、肉を断つ。楽だ、ハハハ」

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