ロリア南東砦の結末
敵の野営地には、あの甘い匂いが一層強く漂っていた。
医療部隊が調査したものの、毒や幻覚成分は見つからなかった。エグズ使徒も混乱の最中で、それを気に留めることはなかった。
魔物の殲滅を終えた兵たちが、甘い匂いを身にまとったまま野営地に戻り始めると、数千の魔物がその匂いに誘われるように、四方から速度を上げて押し寄せてきた。
……
その頃、インフィはマタギに導かれ、屈強な兵士や魔法部隊と共に、山岳地帯のある場所へとたどり着いていた。そこは、この山域の象徴である御神石が鎮座する聖域であった。巨大な岩塊が、峰の上に今にも崩れ落ちそうな不安定な姿で横たわっている。
インフィと九十六班はその御神石の上に登り、現場監督のように指示を出していた。
ツルハシを構えた屈強な男たちが、御神石の下の岩盤を崩していく。魔法部隊は、土砂を盛り上げて御神石が転がる方向を定めていく。その先には、敵の野営地があった。
「魔法隊、赤印を破壊」「……よし、今だ」「ツルハシ隊、青印を砕け」
インフィの号令と共に地盤が砕かれ、御神石が僅かに揺れる。やがてゆっくりと滑り出し、ついには重い音を立てて動き出した。
「ギギギギ……ググググ……ガガガガ……!」
御神石は地響きを立てながら峰を滑り落ち、岩を砕き、土砂を巻き込みながら谷筋を転がる。やがて土石流となり、敵の野営地へ向けて突進していく。
……
「なぜ魔物が集まってくる? なぜ敵兵は襲われない? 敵の姿が見えないぞ、奴らやられたか? 南東に増援を! 南西は順調、東はまだか、北は増えているぞ……!」
第二十三神団の兵たちは、四方から集まる魔物への対処に追われていた。どれも低レベルの魔物ばかりだが、その数が尋常ではない。ヴァンダル神国屈指の兵とはいえ、数に押され、疲弊し始めていた。
ふと、遠くの音が消えたような気がしたが、あたりの騒がしさで誰も気づけなかった。エグズ使徒も怒りと焦燥で冷静さを欠きつつあった。
「こんな低レベルの魔物など、何万と集めても無駄だ。さっさと全滅させろ。我が軍の強さを見せつけろ。敵の愚かさを笑え!」
エグズ使徒が兵たちに号令を飛ばした、その時だった。地が揺れた。次の瞬間、轟音が響き渡る。
「ザザザザ……ゴゴゴゴ……ドドドド……ガガガガ……!」
山岳から、幾千トンもの御神石が、岩と土砂を巻き込みながら一気に押し寄せてきた。
『ナ……ド……ワ……ギャ……』
叫ぶ間もない。
それは、一瞬のことだった。
野営地は、跡形もなく消えた。死体すら残っていない。
全てが、岩に砕かれ、石に磨り潰され、土砂に埋め尽くされていた。
……
C作戦は、成功した。
敵野営地に数千の魔物を誘導し、混乱を引き起こす。数だけの魔物ならば、いずれ殲滅されるだろう。だが、その対応に追われれば、周囲への注意は削がれる。
その隙を突いて、魔法部隊が遮音魔法を敵陣に掛ける。地響きまで遮断することはできなくとも、それを隠すのは魔物の群れの役目だった。
いかに高レベルの戦士であろうと、何千トンもの巨岩には敵わない。それが迫ることに気づければ避けられるかもしれない。だが、それをさせないための作戦だった。
何とも“エグい”作戦――武士道の欠片もない。それがC作戦だった。
兵士であれば、戦で命を落とすことに納得できるかもしれない。しかし、岩に砕かれ、土砂に呑まれるというのは、あまりにも理不尽だ。
だが、それもまた戦いである。命を奪いに来た者が、奪われる。ただ、それだけだ。
……
御神石は、野営地から遥か彼方でようやく止まり、地獄のような轟音は静まり、静寂が戻っていた。
ロリア南東砦の司令官、上官たち、そしてインフィと九十六班は、敵の残存兵力と被害状況を確認するため、変わり果てた野営地を訪れていた。
魔物の殲滅により一時離れていた敵兵も、惨状を目の当たりにして戦意を失い、次々と拘束されていく。
あまりの惨劇に、司令官たちの顔は曇る。生き残った敵兵を助けようと駆け寄る者もいた。
「作戦は成功です。戦える力はありません。我々の勝利です」
インフィが、何の感情も感じさせない透き通る声で告げる。
インフィはこの光景を前にして、奇妙な感覚に囚われていた。全てを破壊したことへの歓喜、全てを破壊してしまったことへの慙愧、そしてそれらを押し殺す冷めた心――その三つが、同時に胸に渦巻いていた。
インフィの声に、我を忘れていた司令官や九十六班の面々は、ようやく正気を取り戻し、勝利を実感して安堵の表情へと変わっていく。
「あれは……なんだ! 光が溢れている!」
誰かの叫びに、皆が目を凝らす。
土砂に覆われた大地から光が溢れ出し、一つの屍がゆっくりと浮かび上がってきた。
顔は岩に削られ、原形を留めておらず、片腕も失われていた。ボロ雑巾のような服の断片からは、かすかに金の刺繍と紋章が見て取れる。
やがて、屍から溢れる光と共に、もげた腕が再生し、潰れた顔が憎しみに満ちた表情へと変わり、衣服は煌びやかな軍服に変わっていった。
それは、まさしく――あの『エグズ使徒』であった。
司令官、上官、インフィ、九十六班の誰もが、その光景を呆然と見つめていた。
指揮官がインフィを横目に見ながら、ぽつりとつぶやく。
「……まだ、策は残っているのか」
インフィは、静かに首を横に振った。
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じじいが頑張って書いてはいるのですが、広まりそうにないのでご協力お願いします。
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ChatGPT plusの使い方は、短編にまとめたのでそちらで確認してください。無料版でも応用できると思います。