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44 ロリア南東砦の終焉(しゅうえん)

インフィの戦略は完璧に成功した。だが、ひとつだけ誤算があった。それは、圧倒的なレベル差。この世界では、レベルが『すべて』であり、策謀など、桁違いの力の前では無力だった。


エグズ使徒からまばゆい光が消え、傷一つ、泥の汚れすらない完璧な姿が現れた。その瞬間、揺らめく影とともに彼の姿は掻き消えた。


「さがれ!」


インフィが叫んだ。


「ほう、これを避けるか。思ったよりやるな」


そこには、剣を振り抜いたエグズ使徒の姿と、インフィの警告に反応できなかった数人の上官たちの胴が、身体から離れていた。


「レベル31か……俺の腕も鈍ったか」


エグズ使徒は悠然と剣を構え、司令官を見据える。


咄嗟に司令官たちは反撃しようとしたが、エグズ使徒から赤黒い、纏わりつくような空気が溢れ出した。


「貴様らはこれで終わりだ。我が威圧の前では、指一本とて動けぬ」


司令官、上官、九十六班の皆が、恐怖に引き攣った顔のまま、まったく動けなかった。


「こんな雑魚共の計略に嵌まり、我が二十三神団が壊滅したというのか……まあ、無能の集まりだ。また作ればよいだけだがな」


「司令官。この計略は、貴様が考えたのか?」


皆の視線がインフィに向けられる。


「この子供が? レベル9の子供だぞ。この餓鬼に、我が軍団が敗れたというのか……」


エグズ使徒の顔が怒りと嘆きに歪み、憎悪を滲ませた瞳でインフィを睨みつける。


インフィは冷静に考えていた。なぜ瞬間移動で即座に仕留めようとしなかったのか。なぜ、それが失敗した後に話しかけてきたのか。なぜ、威圧などという回りくどい手段を使ったのか。なぜ、全身を完全に修復して現れたのか。


そのレベル差があれば、なぶり殺しなど造作もないはずだった。


彼は、あえて苦しげな表情を浮かべ、周囲と同様に威圧にかかっているように見せていた。


エグズ使徒がインフィの眼前に現れ、名剣を煌びやかに振りかぶる。


「地獄で我が同胞の慰みとなれ」


恐怖を与えるように、剣をゆっくりと振り下ろす。


インフィの深く濃いエメラルドの瞳は、静かに輝いていた。そして、あたかもその動きを予測していたかのように、彼は剣を避けた。


「なぜ動ける……こ奴め!」


驚愕と共に再び剣を振り上げようとしたその瞬間、インフィの剣の柄(つか)が、エグズ使徒の振り上げかけた剣の背に絡んでいた。


「何っ……消えた? どこだ!」


インフィは、引き戻される剣の動きを利用し、自らも宙へと舞い上がる。エグズ使徒の頭上を飛び越え、体をひねって音もなく着地する。彼の真後ろに。


『司令官、あなたなら勝てます!』


声と同時に、司令官たちの目に闘気が宿る。威圧は解けていた。


「威圧は一度きり。怯えた心にしか効かない。だが、勝気(まさるき)があれば解ける」


司令官が唸り声を上げ、剣を振る。エグズ使徒は辛うじて躱すが、余裕はなかった。


副官や意志の強い者たちも動き始め、次第にエグズ使徒を囲む。まだ、低レベルの兵たちは動けずにいたが、インフィは九十六班の仲間の顔を次々に殴り、威圧を解こうとしていた。


エグズ使徒は、相手のレベルを見抜く力を持っていた。だからこそ、傷を負った今、囲まれた状態で勝てぬことを悟り、威圧という手段に頼ったのだ。それは完全な虚勢、ブラフだった。


形勢は明らかだった。


だが、インフィはひとつだけ読み違えていた。人の執念の恐ろしさを。


指揮官が止めを刺そうと大技を繰り出す。エグズ使徒はそれを受け、完全に打ち負かされ、吹き飛ばされた――と思われた。


しかし、それは違った。彼は最後の命の力を燃やし、インフィへ向かって飛び込んできたのだ。すべてを砕かれた彼に残ったのは、ただ、少年を道連れにすることだけ。


インフィはすべてを悟り、目を閉じた。


『心は穏やかだった。死ぬのは、僕だけで済みそうだと』


その刹那、違和感を覚え、目を開けた。


ゼルの笑顔が、そこにあった。


我が子を守ろうとする、親の笑顔が。


インフィは吹き飛ばされた。


ゼルに。


ゼルの身体は鋭利な刃に裂かれ、胴体が真っ二つに分かれる。


それでも、彼の顔は笑っていた。


『お前が子供と重なって見えた……まあ、気にするな。親の役目だ』


そう言いたげな笑みだった。


「グゥオォォオオオオオオォッ!!」


インフィがこの世のものとは思えぬ咆哮を上げる。


その瞬間、あらゆるものが崩れ落ちた。エグズ使徒の威圧をはるかに凌ぐ、圧倒的な何か。


森の声が消え、虫の音も止む。風までも、静止したかのような世界。


インフィの身体を、どす黒い影が覆っていた。


心の奥底から声が響く。


『殺せ。憎め。恐怖。破壊。すべてを壊せ。新たな秩序をこの世に与えろ。力をやろう。そう、それでいい……もうすぐだ。もうすぐだ』


……


『ゼルのあの笑顔を忘れたのか。破壊から、何を得るつもりだ。周囲を見よ』


……


『真理は破壊から生まれる。より強き種を、神の如く生み出すのだ』


恐怖、歓喜、殺意、愛、虚無、希望……あまりに強く、矛盾する感情が胸を貫き、苦しみのあまりインフィは崩れ落ちた。


……


『まだ、力が足りぬか。何と弱き生き物よ……』


その足元で、エグズ使徒はこと切れていた。


激しい憎悪に歪んだ表情で、インフィを道連れにしたと信じきったまま。

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