表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

27/95

27 なぜか班長に 中盤

また、数日の時が過ぎる。


訓練は容赦なく続いていた。朝から晩まで繰り返される討伐、行軍、連携練習。誰もが疲労の限界に近づきながらも、絶対服従を叩き込まれた奴隷兵として、足を止めることは許されなかった。


そんなある朝、訓練場にいつもよりぴんと張りつめた空気が流れた。教官が、珍しく大きく息を吸い込んで──


「貴様ら。肉だぞ! 今日から一週間、最も討伐が多かった班は──肉食い放題だ!」


教官の怒鳴るような声が、訓練場を突き抜けた。


その言葉に、整列していた奴隷兵たちの喉が反応する。ゴクリ、と生唾を呑み込む音だけが静かに響いた。無表情の中にも、揺れる瞳に欲望が灯る。


「散開!」


号令と同時に、各班が弾かれたように走り出す。全力で、ただ肉のために。


九十六班も、ほかの班に劣らぬ勢いで飛び出した──ただ一人、インフィを除いて。


「チラ」……「チラ」……


もう、ハンドサインも短音も必要ない。各自が役割を掌握し、目線のやり取りだけで、魔物を倒していく。


「今日はすごく倒せたな。おら、なんか、自信があるだ。まだまだやれるだ!」

カイラが満面の笑みを浮かべ、拳を振り上げた。


「あの剣がすっと入る感覚、病みつきだぜ。会心の一撃だな。やっぱり、俺は天才だな」

サギはニヤッと笑いながら、剣を構える真似をする。


「ほんと、ほんと、なんかすっと入って、力を入れてないのに、すごい~」

ダリルがぱたぱたと手を振りながら跳ねている。


「お前のは全然効いてないぞ。ただの棒振りだな」

サギがにやにやと笑いながら突っ込んだ。


「え~、ひどい。僕、頑張ってるのに……」

ダリルが頬を膨らませる。


「アハハ。まあ、本当に、あの筋肉痛が嘘みたいにないな。インフィ様様だな」

ゼルが肩を軽く回しながら、満足げに呟いた。


「だよな。なんか、ガキのくせに……お前、冒険者でもやってたのか?」

サギが横目でインフィを見る。


「……」


インフィは、しゃべるのが苦手だった。口元をわずかに緩めた。その笑みは、得意げというよりも、くすぐったそうで──それでも、どこか嬉しそうだった。

もっとも、魔物の話題になるとマシンガンのように喋り出すため、班の皆はそれを“禁句”としていた。


「まあ、話したくないこともあるさ。でもな、俺たちはもう仲間だぞ。忘れるなよ」

ゼルの言葉に、みんなが一瞬黙り込む。そして──自然と笑みがこぼれた。


「おらたち、三位だぞ! 肉だぞ! 肉が食い放題だぞ! やるだぞ~!」

カイラが興奮した様子で跳ね回る。


「そうだな。明日も頑張らないとな。……さあ、寝るぞ」


ゼルの言葉に、騒いでいた仲間たちも、満足そうにベッドへ潜り込んでいった。皆が、ちょこんと座っているインフィの頭を撫でながら話しかけている。時おり殴られ、たまにキスされ、かなりうざいが、インフィの心には、あの穏やかで温かな遊牧民との暮らしがよぎり、半涙目で笑顔を返していた。心の芯が、ほんの少し温まっていた。


落ちこぼれ、邪魔なだけ、無口で、何を考えているか分からない、飄々と好き勝手な動き、魔物を見ると奇声を上げる、力のない幼い役立たず──そんな評価は、少しずつ変わりつつあるようだ。まあ、教官が居ない時は、呼び捨てのいじりキャラから抜け出せていないが、ボッチは卒業できたのかもしれない。


「現在、七班、百八体。三班、百七体。九十六班、百五体……。今日が最終日だぞ!」


討伐が終わった。


「それでは発表する。第一位は、百三十一体……九十六班。二位は、百三十体の七班。一体差だ。帰還!」


インフィは無限持久力を隠すのを止めていた。そう、皆のよだれ垂らす勢いに押され、俯瞰を使い、いち早く魔物へと誘導していた。最後の一体は、二位の七班も狙ってきたが、九十六班の攻撃が一歩早かった。魔物の横取りは重大規律違反である。


九十六班は、直立不動のまま小さく震え、こぼれ落ちた涙が、頬を静かに伝っていく。


七班は、九十六班を睨みつけるような鋭い目を向けながら、同じく直立不動のまま悔しげに震えていた。


よく見ると、全ての班が直立不動を保ちながらも、足元はわずかに揺れ、疲労に震えていた。誰もが限界まで力を使い果たしていたのだ。


日は傾き、整然と並ぶ奴隷兵たちの影が地を這うように長く伸びていく。焼けつく空の下に沈黙が降り、誰一人として声を発さない。ただ、足元の大地だけが疲れを知っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ