27 なぜか班長に 中盤
また、数日の時が過ぎる。
訓練は容赦なく続いていた。朝から晩まで繰り返される討伐、行軍、連携練習。誰もが疲労の限界に近づきながらも、絶対服従を叩き込まれた奴隷兵として、足を止めることは許されなかった。
そんなある朝、訓練場にいつもよりぴんと張りつめた空気が流れた。教官が、珍しく大きく息を吸い込んで──
「貴様ら。肉だぞ! 今日から一週間、最も討伐が多かった班は──肉食い放題だ!」
教官の怒鳴るような声が、訓練場を突き抜けた。
その言葉に、整列していた奴隷兵たちの喉が反応する。ゴクリ、と生唾を呑み込む音だけが静かに響いた。無表情の中にも、揺れる瞳に欲望が灯る。
「散開!」
号令と同時に、各班が弾かれたように走り出す。全力で、ただ肉のために。
九十六班も、ほかの班に劣らぬ勢いで飛び出した──ただ一人、インフィを除いて。
「チラ」……「チラ」……
もう、ハンドサインも短音も必要ない。各自が役割を掌握し、目線のやり取りだけで、魔物を倒していく。
「今日はすごく倒せたな。おら、なんか、自信があるだ。まだまだやれるだ!」
カイラが満面の笑みを浮かべ、拳を振り上げた。
「あの剣がすっと入る感覚、病みつきだぜ。会心の一撃だな。やっぱり、俺は天才だな」
サギはニヤッと笑いながら、剣を構える真似をする。
「ほんと、ほんと、なんかすっと入って、力を入れてないのに、すごい~」
ダリルがぱたぱたと手を振りながら跳ねている。
「お前のは全然効いてないぞ。ただの棒振りだな」
サギがにやにやと笑いながら突っ込んだ。
「え~、ひどい。僕、頑張ってるのに……」
ダリルが頬を膨らませる。
「アハハ。まあ、本当に、あの筋肉痛が嘘みたいにないな。インフィ様様だな」
ゼルが肩を軽く回しながら、満足げに呟いた。
「だよな。なんか、ガキのくせに……お前、冒険者でもやってたのか?」
サギが横目でインフィを見る。
「……」
インフィは、しゃべるのが苦手だった。口元をわずかに緩めた。その笑みは、得意げというよりも、くすぐったそうで──それでも、どこか嬉しそうだった。
もっとも、魔物の話題になるとマシンガンのように喋り出すため、班の皆はそれを“禁句”としていた。
「まあ、話したくないこともあるさ。でもな、俺たちはもう仲間だぞ。忘れるなよ」
ゼルの言葉に、みんなが一瞬黙り込む。そして──自然と笑みがこぼれた。
「おらたち、三位だぞ! 肉だぞ! 肉が食い放題だぞ! やるだぞ~!」
カイラが興奮した様子で跳ね回る。
「そうだな。明日も頑張らないとな。……さあ、寝るぞ」
ゼルの言葉に、騒いでいた仲間たちも、満足そうにベッドへ潜り込んでいった。皆が、ちょこんと座っているインフィの頭を撫でながら話しかけている。時おり殴られ、たまにキスされ、かなりうざいが、インフィの心には、あの穏やかで温かな遊牧民との暮らしがよぎり、半涙目で笑顔を返していた。心の芯が、ほんの少し温まっていた。
落ちこぼれ、邪魔なだけ、無口で、何を考えているか分からない、飄々と好き勝手な動き、魔物を見ると奇声を上げる、力のない幼い役立たず──そんな評価は、少しずつ変わりつつあるようだ。まあ、教官が居ない時は、呼び捨てのいじりキャラから抜け出せていないが、ボッチは卒業できたのかもしれない。
「現在、七班、百八体。三班、百七体。九十六班、百五体……。今日が最終日だぞ!」
討伐が終わった。
「それでは発表する。第一位は、百三十一体……九十六班。二位は、百三十体の七班。一体差だ。帰還!」
インフィは無限持久力を隠すのを止めていた。そう、皆のよだれ垂らす勢いに押され、俯瞰を使い、いち早く魔物へと誘導していた。最後の一体は、二位の七班も狙ってきたが、九十六班の攻撃が一歩早かった。魔物の横取りは重大規律違反である。
九十六班は、直立不動のまま小さく震え、こぼれ落ちた涙が、頬を静かに伝っていく。
七班は、九十六班を睨みつけるような鋭い目を向けながら、同じく直立不動のまま悔しげに震えていた。
よく見ると、全ての班が直立不動を保ちながらも、足元はわずかに揺れ、疲労に震えていた。誰もが限界まで力を使い果たしていたのだ。
日は傾き、整然と並ぶ奴隷兵たちの影が地を這うように長く伸びていく。焼けつく空の下に沈黙が降り、誰一人として声を発さない。ただ、足元の大地だけが疲れを知っていた。