25(あらがえ)ない魂の定め 後半
あれから、また数日が経ち、今日もキャタピラー討伐の日がやってきた。
「そろそろレベルが上がる者も出るだろう。一番乗りの班は晩めしは肉だぞ。たらふく食え。散開!」と教官が大きな声で指示を出す。
整然と直立不動で整列する奴隷兵たちの間から、ごくりと生唾を飲み込む音が漏れる。そして『散開』の合図と同時に、各班が一斉に駆け出した。九十六班も同様に動くが、インフィだけは、すぐに置き去りにされた。
「おーっし! 今日はやるぞ! 魔物を狩り尽くすぞぉ!」
なぜか、副長のカイラがやけに張り切っている。二十二歳。頭の中はもう“肉”のことでいっぱいだ。他の者たちも、ほとんど同じ気持ちだった。一人を除いて。
「サギは俺に付いてこい。班長とダリルはあっちへ。二手に分かれた方が早いぞ!」
可哀想なインフィ。ついに“ボッチ扱い”されてしまった。もっとも、無口なインフィにも責任はある。少し考えて、インフィは班長ゼルの方へ付いて行く。
ゼルがいつものように盾で動きを止め、ダリルが横から斬りかかる。だが、攻撃を受けた魔物はダリルの方へと向きを変え、ゼルの制止が間に合わず、その場をぐるぐると回るように動いてしまう。これでは、なかなか討伐には至らない。
一方、カイラ班は肉欲に突き動かされたカイラの怪力によって、力任せに魔物を押さえ込んでいた。
「班長殿、盾で押さえながら触角を攻撃してください。」
インフィがゼルの傍らで初めて声をかけた。その言葉に驚きつつも、ゼルは指示通りに動く。すると、魔物は嫌がってゼルに突進し、ダリルの攻撃は通りやすくなる。安定した攻撃パターンができた。
インフィは荷物袋から何かを取り出し、にやりと笑う。まるで新しいおもちゃを手にした子どものように。
それを手にすると、インフィは戦闘に加わった。芋虫の体のうねり、その継ぎ目を狙って、薄く、細く、短く、軽い剣を滑らかに突き刺す。フェンシングの達人が一点を貫くような鋭い動きだった。
魔物の体が歪む。確かに、インフィの攻撃が効いている。
インフィの顔がさらににやける。あどけない笑顔……のはずが、あまりにも嬉しそうすぎて、ちょっと気味が悪い。
インフィは狂気じみた勢いで突き続ける。その笑顔は、もはや幼さの欠片もない。異様なまでの執着が張り付いていた。
ダリルもそれを真似て攻撃すると、魔物は大きく歪み、そのまま動かなくなった。
ついに、倒したのだ。光の粒が、インフィの身体へと吸い込まれていく。
「やった! やった! ついにやったぞ! 次だ、次だ!」
インフィは半狂乱のように叫びながら、次々と魔物を狩っていく。教官たちが何事かと集まり、その戦いぶりに感心していた。
何度か、光の粒がインフィの体に吸い込まれる。そして、インフィの身体が淡く輝き始める。
「やった! やった! レベルアップだ!!」
手を高く掲げて大声で叫ぶと、他の班が悔しそうな顔でこちらを見ていた。九十六班のメンバーは「肉だ!」と大合唱と成り、インフィ抱き着いて来る。ダリルは必要以上に体をインフィに密着させるが、インフィは真っ青な顔に成っていた。
「あっ……まずい……みんなに見られてる……どうしよう……」
インフィはレベルアップしたが、それはレベル6からレベル7への成長にすぎない。レベル11には遠い。自分が異質な存在であることは、インフィも理解していた。もしそれが周囲に知られれば、研究対象として隔離され、レベル上げの自由を奪われかねない。そんな状況は、インフィにとって死よりも恐ろしかった。
だからこそ、食事もきちんと取り、疲れたふりをし、消えた痣はトイレで自分で殴って再現する。前に、レベルアップした時は、わざと草むらに倒れ込んで周囲に悟られないようにしていた。
だが今回は──ミスった。
顔が青ざめていく。あの能天気なインフィが、崩れ落ちるように膝をついた。
「レベルアップ一番か? え、どうしてあの小僧が? 今まで魔物を倒した様子もなかったぞ? でも今、確かに光った……どうなっている……?」
教官たちも混乱し、答えを見つけられずにいた。
一人の教官がインフィの下に駆け寄り、瞳を覗き込む。
「間違いない。瞳の奥に、炎のような光が燃えている。レベルアップの証です。」
九十六班からは「肉だーっ!」の大合唱。ほかの班からは、落胆や誤判定を疑う声が次々と上がってくる。
そう、この世界ではレベルアップすると、その瞳の奥に“一日だけ炎”が灯るのだ。
「なんだこの剣は。軍の支給品だな? ……おい、長さが短いぞ。幅も厚みも半分以下だ。貴様、これをどうした!」
教官たちがインフィの持っていた剣を取り上げ、睨みつける。肉の幻に歓声を上げていた九十六班の顔から、血の気が引いていく。
「剣が重くて……刃が通らなかったので……砥石で削りました! サーッ!」
「このバカ者が! 軍の支給品を勝手に削るとは! 重大な規律違反だぞ!」
直立不動のインフィに、鉄拳が飛ぶ。仲間たちにも同様に。連帯責任である。
「貴様は一週間の独房だ。九十六班は肉なし。次の班に持ち越す。散開!」
九十六班の全員が、直立不動のまま涙を浮かべている。
<肉が消えていく幻を見ながら>
そしてインフィも──
<一週間、レベルアップできないという現実を前に>
だが、今回の一件で、インフィの“異質さ”がうやむやになったのは、不幸中の幸いだった。
『インフィ──常人には到底持ち得ぬ、異様なまでのレベルへの執着。』
『草原の民に伝わるその名の意味、《運命の定め》。
それは、まさに少年が背負わされた“定め”なのだろうか。』
季節は静かに秋へと傾き、風には冷たさが混じりはじめていた。
今にも崩れ落ちそうな独房の奥底から、かすれた声が、風とともに漏れ続ける。
「……レベルアップしたい……レベルアップ……したい……」
それは、亡霊のように乾ききった、熱だけが残った声だった。
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