24(あらがえ)ない魂の定め 前半
朝露で濡れた草が、朝日に照らされて朝霧となり、川のように低く立ち込めて流れていく。その中を、規則正しく整然とした力強い足音が近づいてくる。
「今日の討伐もキャタピラーである。レベル11。心してかかれ」
教官が全体に向けて告げる。巨漢の司令官の姿はない。直接指揮を執ったのは最初の討伐だけだった。司令官ともなれば、他の雑務も多いのだろう。
その後も一週間ほど、カマキリルンを討伐する日々が続いた。行軍訓練、班の連携訓練、魔物との戦い方を教官たちが指導し、班としての動きも形になってきていた。
その中で、インフィだけがレベルを上げ、ようやくレベル6に到達していた。
「カイラ、俺と一緒に盾で動きを止める。ダリルは左、サギは右。インフィは後ろだ」
もはや人形ではない。兵士としての自覚と意志を持った九十六班が動き出す。絶対服従の精神を叩き込まれた奴隷兵ではあるが、それでも確かに“兵士”となっていた。
キャタピラー──人間ほどの大きさの芋虫型魔物。力が強く、硬い表皮に覆われているが、動きは鈍く、毒もない。上に乗られて噛みつかれない限り、安全な相手だ。ただしドロップ品がないため誰も狩ろうとしない。数が多いため、これも新兵訓練用の魔物として扱われていた。
班長ゼルの指示に従って布陣する。動きも格段に良くなり、魔物を安定して討伐できるようになってきた。食事量も増え、体力も戻り、目にも力が宿っている。
だが、インフィだけは違った。こちらへふらふら、あちらへよたよた。一人だけ動きが浮いて見えた。
「インフィ、もっと力を入れろ! 遅れるな、邪魔だ……」
レベル6とはいえ、相手はレベル11の魔物。インフィの攻撃ではもはや傷すらつけられず、動きも遅いせいで班の足を引っ張ってしまう。仲間からの苛立ちが、容赦なく声に出された。
それでも、この九十六班は“幸運の班”と呼ばれていた。なぜか怪我人が極端に少ない。教官たちも、落ちこぼれの寄せ集めで脱落者が続出すると見ていたが、予想に反して順調だった。魔物の討伐数も平均的だ。
その理由は、誰も気づいていなかった。誰一人として。
インフィの、よたよたとした動き。その位置取りはすべて俯瞰から計算された“誘導”であり、魔物の攻撃が仲間に当たりにくくなるよう導いていたのだ。
だが、誰もそれを知らない。教官たちも気づいていない。そして、インフィ本人も、自分の評価など気にする様子すらなかった。
このキャタピラー討伐も数日目。班の士気は高まり、表情も明るさを取り戻していた。だが、インフィの顔だけは沈み込んでいた。顔中に影が差したように、見るからにどんよりとした表情を浮かべている。
そう──いくら魔物を倒しても、経験値が入らないのだ。
「くそ……ダメか……これじゃ通らない……ここも……いや、こっちも……やっぱりダメか……」
インフィの顔はさらに沈んでいった。剣の角度、攻撃箇所、身体の使い方──インフィは、何度も何度も試しながら、ダメージを与える方法を模索していた。
だが、見つからない。そして、今日の討伐時間が終了となる。
「インフィ、勝手な動きをするな。班長の命令に従え!」
討伐後の反省会。今日もインフィに往復ビンタが飛ぶ。体ごと跳ねるように倒れ、それでもすぐに立ち上がる。
インフィの顔は歪み、痛みを堪えるような表情を浮かべるが、心は遠くどこかを見つめていた。やがて殴る側が疲れ、手を止める。最近では、教官すらも、もはや叱る気力を失いかけていた。
……
「インフィは、ちょっと駄目だなあ。あれじゃ畑仕事も怪しいぞ」
カイラがぽつりと漏らす。背を反らせて伸びをしながら、ため息混じりに言った。
「そのうち、また全員まとめて殴られるぞ、ったく……」
サギが肩をすくめ、苦笑いを浮かべながら続ける。
「ほんと、お荷物ってやつは、持ち運ぶのも一苦労だぜ」
「え、それって……もしかして僕のこと? ち、違うよね? だよね?」
ダリルが不安そうに目を泳がせながら、誰にともなく問いかける。
「やめておけ」
ゼルが低く静かな声で制する。
「あの体で、あそこまでやってるんだ。俺には真似できない。大したもんだよ、あいつは」
それでもサギは、ふっと笑って言葉を返す。
「でもさ、インフィ本人はどう思ってるんだろ。なあ、お荷物って言われて、なんか感じねぇのか?」
インフィの方を見やる。だが──
「……シャカ」「……シャカ」「……シャカ」「……シャカ」
砥石が剣を擦る、規則正しい音だけが返ってくる。
「って、おい。無視かよ。ずっと剣の手入ればっかして……なあ、何か言えって」
サギが困ったように笑うが、インフィはまるで別の世界にいるかのように視線を下げたままだった。
「教官が来るぞ」
ゼルが一言だけ言い残し、床につく準備を始めた。いつものように、夜が静かに訪れていく。
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