第13話 婚約者選定と舞踏会と一騒動 ①
舞踏会当日。
アルノルは今日、ライナスの側近としてではなく、一侯爵家の子息として招待されている。そのため入場は殿下とは別で、皇族入場の前に既に会場入りしていた。
会場内は賑わいでおり、アルノルも侯爵家よりも家格が下となる者たちからの挨拶を受けつつ、続いて入場してくる公爵家の面々に向かって最低限必要となる挨拶を済ませに行く。
社交用の貴族的な笑顔を貼り付けて、渡されたグラスを飲みはせずに唇だけを濡らしながら近況などの会話に応じていると、アルノルの婚約破棄の話を聞きつけている面々からの「うちの娘はどうか」という話題もそれなりに出てきていた。
しかし、それがそれなりの量で済んだのは、偏にライナスの婚約者選定の話題が同時期に出ているからだろう。こればかりはあの殿下に感謝である。
疲れの溜まりやすい外向け微笑を貼り付け続けていると、目線の先にラルフがこちらに向かって来ているのを見つけて、今日は騎士服じゃないのか、と意外に思いながら話しかける。
「お前がこういった場で騎士服以外を着ているのも珍しいな」
「今日は非番なんでね。…流石に通常参加で制服は着てこれねぇわ」
ラルフは騎士団の人間なので、こういった身分の高い者が多く集うパーティーでは騎士正装を纏って会場の警備にあたっていることが多かった。
そのためピッチリとした、上品ながらも華美な装飾や刺繍がされた衣装を着用している姿はなんとも見慣れない。
「え、これ似合ってない?」
アルノルの視線と沈黙に不安になったラルフが、自身の来ている服を見下ろして「妻と子供には絶賛されたんだけどな〜」と呟きながら腹や腰のあたりをパタパタと触る。
「んー…」
しかしアルノルは尚も考え込む様子で、顎に手をやって首を傾げたり、一度体を引いて観察してみたりと結構失礼な反応を続けた。
「そんな返答に困る感じ!?」
流石に不安を煽られる反応を続けられすぎて、そんなにヤバいのか?と腕を広げて確認しだしたラルフに、アルノルが思い出したように視線を向ける。
「ああいや、別に似合ってなくはないぞ。見てくれに騙される婦人も多そうだ。馬子にも衣装だな」
安心させるように一つ頷いて言ってやれば、ラルフが何だか複雑そうな面白い顔を浮かべた。
「そうならそうと早く言ってくれ…。最後のも、意味は分からんけど、なんか貶されたのは分かるぞ」
アルノルは半歩後退しながら目を逸らす。
「慣れんなってだけだ」
「…お、騎士服のが似合ってる?」
これは遠回しに褒められてるのか?と良い方向に捉えだしたラルフに、調子に乗るなよ、とアルノルが半眼を向ける。
「どちらがどうとかは好みに分かれるんじゃないか?奥方や愛娘が喜ぶ方を着て見せてやればいい」
「それもそうだなー」
頷きながらも、そろそろ妻と合流しようかと視線を会場内に向けている様子を視界におさめながら、コイツもいつの間にここまで落ち着いたのか、と感慨深く思う。
学生時代なんかは自分以上に乱れた生活を送っていた男なのだが、自分の満たし方を別の正しい方向で見つけられたらしい。
そうこうしていると、一番高いところにある入り口から、第五皇女を含めた皇族の面々が入場するとの合図が響き渡った。
事前情報で今日は皇帝陛下は出席されないとの知らせを受けていたが、それでも皇子皇女を含めて七人の皇位継承権を持つ者たちや、彼らの母となる妃たちが数名入場してくる。
会場内にいる全ての人間が、彼らが足を踏み入れる前に深く首を垂れた。
この世界のこういったパーティーでは、その場で最も位の高いとされる人物の声がけがあるまで頭を上げることは許されないという決まりなのだ。この場では第二皇子がそれにあたる。
全員が顔を上げることを許される言葉の後、第二皇子から始まり、第五皇女の短い話も終わって舞踏会の開始となった。
「そっちはもう皇女殿下へ挨拶に行くのか?」
途端に賑やかになった会場の中で、ラルフがこちらに目を向けてくる。
「…そうだな」
第五皇女殿下への寿ぎの挨拶へと向かう順番は基本的に身分の高い順。なので数の少ない侯爵家であるアルノルに回ってくる順番ははやい。
ラルフの場合は伯爵家なのでその後になるだろう。
「じゃあ、行ってくる」
「おう、お前も舞踏会楽しんで、少しは踊ったりしろよー」
アルノル自身、不得意ではないものの、楽しいと思えないものの筆頭が踊りなのだが。
「気が向いたらな」
小さく口元だけに笑みを浮かべながら、貴族としての振る舞いの見栄えを損なわない程度に肩の横でヒラリと手を振って身を翻した。